62・恋の手合わせ
「わたし、人の恋心には敏感なほうだと思ってるんですけど」
「そりゃあねえな」
ミアの自己分析をユリアンが斬って捨てた。
「あ、そ、そうですか……?」
「うん。ない」
再び断言され、ミアはすごすご引っ込んだ。
ディートハルトは自分のことが好きなんじゃないかなっ?と密かに思っていたミアだったが、こうもきっぱり断言されたら自信がなくなる。
ミアとユリアンは王宮庭園内にある王立騎士団詰所に向かっていた。
聖女ミアの所属はまだ決まっていなかったが、第一王子の補佐ということはほぼ確定している。何を補佐するのかと言えば魔物狩りだ。
国境付近へ特級魔獣狩りに行く気でいる第一王子には、魔力封じと魔法解除の聖女でも付けておかないことには危険でしょうがないと、宮廷の意見がまとまった。
これには王立魔物討伐隊二番隊の意見も入っている。ミアの実力は保証すると、二番隊隊長パウレが言い切った。
というわけで、所属は決まっていないが体を慣らしておくべきとなり、ミアは王立騎士団の訓練に正式に参加できることになったのだ。
アウレールに止められなかったら、自分から「まぜて~」と言いに行きたかった王立騎士団の訓練である。実はちょっとわくわくしている。
そして、ユリアンもついてきている。
ユリアンが「ミアはおれの侍女。おれのそばにいるべき」と言って譲らなかったので、王妃様が「それなら少し早いが、ユリアンも騎士団で剣術を学べばいい」と許可したのだ。ユリアンは最初からそれを狙っていたのだとミアは思っている。
今日から二人揃って騎士見習いだ。
「あにうえ、新しい剣作ってもらってるんだ。おれも魔剣がいい」
「ユリアン殿下はまだ魔力覚醒してらっしゃらないじゃないですか」
「はやく覚醒したい。そんですごい技術者にすごい魔剣作ってもらいたい」
「わかりました。お義兄様に予約入れておきます」
ディートハルトの石化が解けてアウレールの王宮での仕事は終わりになるかと思ったのに、彼はディートハルトに重宝されてあれこれ任されているらしく、あいかわらずの王宮通いだ。王宮にアウレールがいるのがすっかり当たり前になってしまった。
今はなにやら調べものと、本来の仕事である武器の製作を依頼されているようだ。
アウレールは魔法解除でディートハルトの身体を知り尽くしたため、ディートハルトに合った武器ならすごく作りやすい、すごいのができそうとはりきっている。術式で悩んだらジェッソに相談すれば一発で解決するとも言っていた。
ディートハルトとアウレールとジェッソの三人がああだこうだと真剣に武器の話をしていると、「男の子だなあ」と思ってしまうミアである。
しかし国境の村々の惨状を思えば、彼らをほほえましく眺めている場合ではないのだ。
国境にはキュプカ村だってある。ミアにとって他人事ではない。
王宮なんぞでぬくぬくしていることに焦りを感じる。昨晩もキュプカ村が魔物に襲われる悪夢を見て跳ね起きて、うさことくまおに顔をうずめて泣きべそをかいた。
(いくら強くてもガウだってもう歳なんだから……)
衰えは感じないが、いつガクッとくるかわからない。エリンとクリンは幼い子供もいるから無茶してほしくない。モニカが行ってくれたことだけが救いだ。
(わたしも、いつでも駆けつけられるように万全にしておかなくちゃ)
覚醒時の体調不良はほとんど治まっている。戦うべきときに存分に戦えるよう、なまった体を鍛え直さなければならない。
ミアはぎゅっと拳を握り締めた。
お遊びの鍛錬ではない。本気でやるのだ。
……生ぬるい。
イラッとして、相手の騎士の剣を思いきり跳ね上げる。
キン!と高らかな金属音が庭園に響いた。
「あのー。もっと本気出してもらえませんか」
ミアは手合わせを中断して、訓練相手の騎士に文句を言った。
明らかに手を抜かれている。王立騎士団の騎士ともあろう者が、この程度のはずがない。
相手の騎士は困った顔をして、助けを求めるような視線を騎士団長に送った。
「万が一にも聖女様を傷つけるわけにはまいりませんので。訓練にご参加いただこうとも、現場で聖女様に魔物を斬っていただくことはございませんでしょうし」
壮年の王立騎士団団長はおだやかに言った。
「いやいやいや、斬りますよ。いくらでも斬ります」
「聖女様に戦闘員として参加していただく例など、いまだかつてありませんです」
「『聖女』ってこと、とりあえず除けといてもらえません?」
「そのようなわけには……」
埒があかない。
(なんてめんどくさいんだ聖女!)
ハルツェンバイン国の聖女信仰がこんなに厄介だったとは。
「でもほら、わたし癒しの聖女じゃないから。もっと雑に扱ってもらって大丈夫ですよ」
そう訴えても騎士団長は首を横に振るばかりである。
(うーん困ったな)
困り果てたミアは訓練所の柵の外に目をやった。そこには宮廷に勤める貴族や官吏が通る石畳の通路があって、誰かこの窮状を救ってくれる者が通らないかと思ったのだ。そしてタイミングよく、アウレールがカレンベルク家の騎士を護衛に連れて通りかかったところだった。
「お義兄さま~~~!」
ミアは声を張り上げて義兄を呼んだ。アウレールは声に気付くと、ぎょっとした顔になって近づいてきた。
「何やってるんだミア。王立騎士団に『まぜて~』とかやめろってあれほど……」
「大丈夫ですって。陛下の許可とってます。それよりお義兄様、ハウル貸してください」
「へっ? 俺?」
アウレールが連れていた護衛の騎士が、自分の顔を指さしてきょとんとする。ミアはこの若い騎士と毎日のように手合わせをしてきた。ボッコボコにしたりされたりの仲だ。ちなみに、聖女精察の儀の前にグッと親指を立ててきたのも彼である。
「ハウルに何をやらすんだ」
「今ここで、手合わせしてもらおうと思って」
「はあ?」
事情を飲み込めないアウレールが怪訝な顔をする。
「俺ならいいっすけど。でも大丈夫かな」
ハウル本人は余裕の受け答えだ。
「大丈夫って、なにが」
「俺の剣裁きの華麗さに、王立騎士団が俺を引き抜きに来てしまう」
「……いいから来なさいよ。手加減なしね」
「手加減なんかしたらボッコボコにされるじゃないですか。デキる俺を王立騎士団に見せつけないと」
「いいから来なさいって!」
*****
そのころディートハルトは、騎士団詰所の一室で騎士団長気付ディートハルト宛ての手紙に目を通していた。地方の町や村などからの陳情は、騎士団を通して受け取っている。高位貴族の集う宮廷より騎士団のほうが信用できるからだ。
(まずいな。暗殺者をとっちめるよりこっちが先だろ)
王と王妃は、暗殺犯を処分するまでディートハルトをどこにも行かせない気でいるが、敵を探している間にも国境の魔物被害は広がっているのだ。
(魔力持ちの魔物だけでも先に討伐できたら、民間や私設の討伐隊に依頼しやすいのに)
民間魔物討伐隊――いわゆる冒険者パーティーだって依頼内容次第で遠方に出張してくれるところもあるし、少しずつではあるが領主や土地の名士が討伐隊を持つことも増えてきた。ディートハルトはそういった討伐隊の情報を集め、協力を募っている。反応はぼちぼちだが、「魔力のある魔物には対応できない」との返事が多い。
毒や石化のような魔障をもたらす魔物は多くないが、火や風といったわかりやすい魔力であっても、剣や弓など通常の武器で対抗するのは難しい。しかし魔力で対抗しようにもハルツェンバインの魔法使いは貴族が多くて、貴族は形ばかりの討伐演習のほかには、魔物討伐の経験など持っていない者がほとんどだ。
(貴族は全員、建国神話の第一巻を読み直せと言いたい)
一体なんのための魔力だ。
高位貴族の証か?
かつて魔力は魔物に対抗するための力だったのに。
力なき人々を魔物の脅威から守るための力だったのに。
人間という種が生き抜いていくための力だったのに。
いつからハルツェンバインはこんな――。
(やめやめ。今は自国批判してる場合じゃない)
ディートハルトは手紙から顔を上げた。気持ちをすっきりさせるために立ち上がって窓を開けると、外から歓声が聞こえた。
(なんだ?)
歓声は戸外の訓練所のほうからだ。騎士たちが模擬試合でもしているのだろうか。それにしても盛り上がりが大きい。この窓からは訓練所広場が見えないのがもどかしかしい。
そういえば、今日からミアが訓練に参加するんだった――。
ディートハルトは耳を澄ませた。
「ミア様~~~! いっけぇぇぇ! 王立騎士団ぶっとばせぇぇぇ~~~!」
聞こえてきた若い男の声援に、ディートハルトは棒立ちになった。
(ミア!? 何事だよ!)
ディートハルトがジェッソを伴い訓練所広場に着くと、そこは黒山の人だかりだった。騎士だけではない。官吏や使用人まで見物している。
激しい剣戟の音が聞こえて、一瞬の間を置き音が途絶え、またわっと歓声が上がる。
「勝者、ミア・カレンベルク!」
ディートハルトはジェッソと顔を見合わせた。
数人のメイドが「きゃー!」「ミア様ぁー!」「素敵ー!」と嬌声を上げている。
「きゃっ、殿下!」
メイドの一人がようやくディートハルトに気付くと、人だかりの面々が一斉にこちらを向いた。ディートハルトは咳払いを一つし、「何事だ?」と問うた。
「聖女ミアが騎士団の若手と模擬試合をしておられます」
「現在三人抜きで」
「素晴らしい腕前ですね」
「騎士のお姿である理由がわかりました」
「殿下の護衛騎士になられるとか」
「十人力ですね」
「おかわいらしいのにお強くて」
興奮気味の人々が口々に言う。一度に言われても困るが、ミアが剣の模擬試合で場を沸かせたのは分かった。
「なぜ模擬試合になったんだ。団長がミアの実力を見たかったとか?」
「いえいえ。王立騎士団が本気を出さないので、うちのお嬢様がお怒りになりまして。あっ、私はカレンベルク家の騎士でございます」
調子の良さそうな若い騎士が、ディートハルトの前に歩み出た。
「怒った? ミアが?」
「はい。それで、通りがかった私に本気で手合わせしろと。それをご覧になった王立騎士団の騎士様が、なら大丈夫だろうと本気を出されたところ、お嬢様がその騎士様をボッコボコに」
「ボッコボコ……」
「ボッコボコのギッタギタに。それが王立騎士団のみなさんを刺激したのでしょうか。一気に試合の流れに」
「……」
「お強いんですよ。うちのお嬢様」
「知ってるよ」
カレンベルク家の若い騎士が得意げにミアを語るのが、なぜかディートハルトの気に障った。
俺だって知ってる。
ミアが強いことくらい。
キュプカ村にいたころミアには百十一戦全勝したが、正直負けるかと思った回もある。
「はい次! どなたでも遠慮なくどうぞ!」
ミアの澄んだ声が訓練所広場に響き、再び場がわっと湧いた。広場内にいる騎士たちは第一王子に気付かず、皆ミアに夢中のように見えた。
皆がミアを見るのはいい。
だけどミア。
君は俺を見ろよ。
(俺だけを見てろよ。ミア)
ディートハルトは広場に引き寄せられるように歩を進めた。柵の外のざわめきに、ようやく騎士たちがディートハルトに気付き、次々と頭を垂れ跪いていく。
ミアも目をまんまるにしてこちらを見た。
ディートハルトはまっすぐミアを見据え、堂々と告げた。
「手合わせ願おう。聖女ミア」
「百十二戦百十二勝だ」
尻もちをつくミアに手を差し伸べながら、ディートハルトは小声で言った。
「よく回数覚えてらっしゃいますね……」
肩で息をつき、差し出された手に縋るように立ちあがりながらミアが応じる。
「前回111で覚えやすかった」
「前回わたし十歳ですよ。百十一回まではチャラにしましょうよ」
「駄目」
「ずるい~」
ミアは文句があるようだったが、ディートハルトは取り合わない。ユリアンと観衆は派手な試合に大興奮だったが、騎士団の連中は唖然とした表情だった。
無理もない。
ディートハルトとミアの模擬試合は、途中から正統な「剣術」ではなくなったのだから。それゆえ審判も判定を下せず、ミアが「参った」と言うまで打ち合いが続いてしまった。
「殿下も聖女ミアも、騎士団ではなく魔物討伐隊向きでございますね。我々は人間ですから太刀打ちできませんです」
騎士団長の軽口が場をとりなす。
魔物討伐隊向き。それはそうだ。長年魔物の相手ばかりしてきたから、意識していないと人間相手の剣術ではなくなってしまう。それはミアも一緒なので、お互いルール無視の軽業のような試合になるのだ。
「殿下、剣筋変わりましたね……」
ミアがくやしそうにディートハルトを見上げる。
「いつまでも正統派じゃいられないさ」
「また手合わせしてくださいね」
「いいよ。何度でも。さあ何戦目でミアが勝つかな」
「百十一回まではチャラにして」
「駄目だって言ってるだろ」
チャラになんかしてやるもんか。俺とミア、二人で刻んだ大切な歴史だぞ。
心の中で、ディートハルトは言った。




