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51・ディートハルト再起動


「待ってください、起き上がらないでください、立たないでください!」


 アウレールがあわあわと押しとどめようとする。やんわりとその手をはずして、ディートハルトはベッドから立ち上がろうとした。

 何日寝たきりだったかわからないが、立ち上がって歩くくらいできそうだと思った。

 が、掛物をのけようとしたら父親に両肩をつかまれ、強引にベッドに座らされる。


「何をする」

 ディートハルトは父親を見据えた。


「何をする? 数分前まで寝たきりだった自覚はないのか?」

「ある」

「ならまだ寝ておけ」

「それどころじゃない。王領の森がえらいことになってて……げほげほ」

 喉の調子が戻らなくて、長くしゃべろうとすると声がかすれてむせてしまう。


「行くつもりなのかお前は!」

「さすがに行きはしない。フェリクスはどこだ? 頼みたいことが」

「まず私に頼んだらどうだ?」


 父親が――国王が正面から見つめてくる。

 国王だけあってそうやすやすと動いてはくれないし、どちらかというと邪魔してくることのほうが多いので、あまり頼りたくないのだが。


「あの……まずお体を検査させていただきたいのですが」

 アウレールがおずおずと口を挟んでくる。


「後でいい。父上、至急フェリクスを呼んで欲し――うわっ!」

 急に視界が暗くなったと思ったら、顔面をガッと手のひらで押さえつけられていた。母の手だ。


「少し黙れ。癒す」

「もががが」

 これから癒しを施す聖女の優しい触れ方ではない。指先が顔側面にギチギチ食い込むし、完全にこっちの動きを抑え込みに来ている。


「この半病人が。治療者の言うことを聞け」

 力強く荒っぽい手つきでありながらも、母は聖女だ。癒しの力が流れ込んでくると、身体の各所が傷んでいることにディートハルトはようやく気付いた。


「マルガレータ、もう少し握力を緩めてやれ……。ディートハルト、お前は生死の境を彷徨っていたことに自覚を持て。第一王子であることにもだ」

「特級魔獣が出た。バシリスクだ」

 いつもの説教節が戻ってきた父親の言葉を無視して、ディートハルトは言った。

「王立魔物討伐隊から報告は上がってきている」

「始末はついたのか? 手負いの状態にしてある」

「まだだ」

「何やってるんだよ……」


 口から王立魔物討伐隊への非難がずらずら出てきてしまいそうになるのをディートハルトはぐっとこらえた。隊員が悪いわけではないのだ。

 現状、討伐隊の上層部が王都派で占められており、地方への討伐になかなか出向かないため隊全体が上位魔獣と戦い慣れしていない。王領の森は本来、上位魔獣の少ない平和な森だ。王都ばかり守っていても討伐隊の戦闘力は上がらない。

 分隊長や隊員には手腕のある者も多いというのに、もったいない話だ。


「それに特級魔獣だけじゃないんだ。まずいのは」

 この話をここでしてもいいのか?と思い、ディートハルトは室内を見渡した。

 従魔術師に関しては機密扱いになるかもしれないから、森で見たことをアウレールとミアに聞かれても大丈夫か今は判断できない。部屋に医師や看護婦が控えていたら、なおさら慎重にならなければ。


 そう思い室内を見回していたディートハルトは、いきなり立ち上がった。

 母の手をかいくぐって、一点めがけて走り込む。


 間一髪で、隅に退いていたミアが床に崩れ落ちるのを受け止めた。


「あっぶな! ミアどうした……。って、意識がない」

 腕の中のミアの顔色は真っ青で、気を失っていた。

 そういえば、ミアはしばらく体調が悪かったと話していなかったか? 特殊な魔力が発現するから、そのせいだと。


「殿下! 申し訳ございません!」

 アウレールが大慌てでぐったりとしたミアを引き受ける。


「ミアは大丈夫か? 呼吸は正常か?」

「はい、少し早いですが。……いえ殿下。殿下はご自身を心配なさってください」

「ん?」

「ご自身のお体を……」

「別に動けるけど」


 ジェッソとアウレールがおろおろしているので、大きな傷でもあるのかと自分の体を見てみて、ディートハルトはミアが気を失っていてよかったと思った。


 全裸だったのだ。




 ジェッソとアウレールに全身を調べられつつ、ベッドに横たわったまま、ディートハルトはフェリクスに王領の森での出来事を語り、指示を出した。


 騎士団を窓口にしている、地方民からのディートハルト宛ての手紙を届けて欲しいこと。

 魔物を従える術に関する書籍や記録をありったけ集めて欲しいこと。

 その二点だ。


「従魔術ですか……。にわかには信じられませんが、封印・解除の聖女が現れるくらいですからね」

「神話の時代に逆戻りだぜ」


 傍らでは、王が難しい顔をしている。

 ミアとミアの母親のことを含め、近況は王から聞いた。

 王妃と倒れたミアは部屋を出ていた。王の判断で、ディートハルトが目覚めたことはしばらく伏せておくことにしたため、医師と看護婦は呼んでいない。

 部屋にいるのはディートハルトのほかに、王とフェリクスとジェッソとアウレールだ。


「従魔術師はゲートルド人でしょうか」

「その可能性は高いよな。ゲートルドは技術開発に熱心だから、失われた魔術の再生に成功してたって不思議じゃない」


 内紛が絶えないから、常に領国間で技術競争しているのがゲートルドだ。

 隣国の新技術は、時にハルツェンバインにも影響を及ぼす。良くも悪くも。


「アウレール。何か知らないか?」

 従魔の術も魔法技術の一つなので、技術者のアウレールに話を振ってみる。


「特に聞き及んでおりません。しかしながら、研究所にゲートルドの古書が数多くございます。従魔術に関するものも複数あったはずです」

「ゲートルドの古語を読める者は」

「私もジェッソも読めます。もっと人員がご入用なら呼び寄せましょう」

「頼りになるなあ。アウレールもジェッソも」


 そう思ったままを口に出したら、アウレールは照れたように頬を染めた。王に頼み込んでアウレールをこの場に残してよかった。倒れる前までは警戒していた相手だが、信頼できそうだ。

 アウレールはディートハルトが飛ばされた魔法陣の存在を突きとめ、あの夜はジェッソも魔法陣で飛ばされた可能性があると見抜いて、既に調査している。手際がいい。


(魔法陣の調査のおかげで、王都派の貴族が一枚噛んでる証拠が一つ上がったからな)

 ディートハルトはにやりとした。


「そうだ、フェリクスにもう一点頼みが。騎士団に調べてほしいことを文書にするから、手紙の回収ついでに団長に届けて」

「どのような調査ですか?」

「捕まって森に移動させられる途中で、賊の手を斬りつけたんだよ。右手の甲を横に深めに。該当する傷のあるやつか聖堂に傷の治療に行ったやつを探せないかな。体格の特徴も覚えてる」

「なるほど。承知しました」

「父上は王立討伐隊にはやくバシリスクを捕まえさせてくれ。上位魔獣まで石化させるヤバいやつだぜ」

「彼らも努力している」

「俺が行ったほうが早そう」

 本音を漏らしたらにらまれた。


 従魔術師の遺骸は魔物に食われたかもしれないが、彼の持ち物と石化したペルーダは回収できないだろうか。実際、自分が行って指示すれば効率がいいのだが。ミアの母親であるモニカが城にいるなら、一緒に来てもらえば安全だ。バシリスクの魔力を封じてもらえばいいのだから。


「お前の考えていることは分かるが、今は養生に専念したらどうだ」

 ため息まじりに王がぼやく。


「俺は動けるぞ」

「私からもお願いいたします、殿下。殿下がお目覚めになってからまだ一時間も経っていないのです。お元気なのは喜ばしいですが、まず検査を済ませていただきたく」

 縋らんばかりにアウレールが懇願してくる。


 そうは言ってもなあとジェッソを見たら、真摯な目でこちらを見ていた。

 ジェッソなら、頼めば協力してくれそうな気がする。魔物の状況がいよいよとなったらジェッソの手を借りて城を抜け出そう。出来ることならモニカの手も借りたい。


(ミアも同じ能力持ちか。封印・解除の聖女。それに、ミアって剣でも戦えるんだよな。鍛錬もずっと続けてたって話だし)


 五年前のように、ミアとまた組んでみたい。

 成長したミアと、同じ現場に立ってみたい。


(成長したミアと……)


 成長したのは、能力や剣の腕だけではなかった。

 予想外の成長を見て盛大にうろたえてしまったではないか。


 花がほころぶようなミアの笑顔を思い出す。吐息は甘く、潤んだ緑の瞳はまるで磨き抜いた宝石のようで。支えたとき触れた体はしなやかで。


 予想外に美しく成長したミアが、自分のことを立派だと言い、「そんな立派な王子様の思い出の中にいることができてうれしい」とまで言ってくれた……。



「ああああ~っ!」



 先ほどのミアの面影を振り払うように、ディートハルトは手で顔を覆ってうめいた。


「どうしたんだ、ディートハルト!」

「兄上、大丈夫ですか!」

「殿下、どこか痛みますか!」

「……!」


 顔を上げると、心配顔の男四人に取り囲まれ見つめられている。

 ディートハルトは我に返った。


「なんでもない」

「脈を失礼。……だいぶ早いです」

「マルガレータを呼ぶ。自分の体力を過信するなディートハルト。まだ寝ておけ」

「ち、違……」


 違うのだが、どう違うのか説明するわけにもいかない。

 先刻のミアを思い出したせいでこうなっただなどと、この場で言えるわけがない。



(ああああ~っ!)



 自分でも制御できない事態に、ディートハルトは心の中でうめいた。




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