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4・わたしも変な魔法使いかもしれない

 

 祭りの日以来、ミアはときどき胸がしくしく痛む。


 これはアレだ。井戸に水を汲みにいったときや小川に洗濯しに行ったときなど、よく村のおねえさんたちが身を乗り出して友達に語ってるアレ。


 その名も「恋わずらい」だ。


 動悸・赤ら顔・涙腺のゆるみあたりからはじまり、やがて息切れ・かすみ目・倦怠感・手足の痺れ、症状が進むと不眠や昏睡などの睡眠障害ももたらすという――。


「手足の痺れ? 不眠はまあわかるとして、昏睡? ミア、それ恋わずらいじゃないよ。なにか悪い病気だと怖いからガウさんに相談しなよ」

「手足の痺れっていうのが気になるよね。朝起きたとき指のこわばりとかない? うちのおばあちゃん、それでだんだん手足がうごかなくなっちゃって……」


 ミアは青ざめた。村のおねえさんたちの恋バナにまざろうと張り切ってやってきたのに、悪い病気の予兆におびえるはめになるとは思わなかった。


 急いで洗濯を済ませてアジトに戻り、涙目でガウに症状を話す。


 「ディーとお祭りに行ってから、ときどき胸の奥が苦しくて」あたりの話は「そういうのは村の娘っ子に話せや」と聞き流す構えのガウだったが、「手足の痺れ」あたりから急に真顔になった。


「どんなふうに痺れる? まず腕全体が重くなるかんじか?」

「うん。なる」

「痺れの前後に動悸がするか?」

「うん。する」

「そのあと急に眠くなったりするか?」

「うん。ほんとに寝落ちしちゃたり」


 ガウは立ち上がり、居間から奥まった部屋へとミアを導くと、少し待つように言って部屋を出た。やがて外から「奥の間にいるから誰も近づかないように見張れ」とエリンとクリンに命じている声が聞こえてきた。


(なんかおおごとなんですけど……)


 ガウが戻ってくる。窓を閉め切り、膝を詰めるようにミアの真ん前に座ると、まっすぐミアの目を見て言った。



「おまえの魔力が発現するかもしれん」



「まりょくがはつげん」

「ああ」

「母さんとおなじ?」

「その可能性が高い」

「ていうか、どういう魔力なの? わたしの症状が魔力発現の予兆なら、教えてもらえるんだよね?」


 どんな恐ろしい魔力が言い渡されるのだろう。

 ミアは息をひそめ、ガウの言葉を待った。



「他人の魔力を封じる魔力だ」



「他人の魔力を封じる魔力?」

「ああ」

「……そんだけ?」


 拍子抜けした。


「人間だけではなく魔物の魔力も封じる。魔力で状態異常を付与された場合に解除することもできる。封印・解除の魔力だ」


「それってあんまり危なくなくない? 誰も傷つけなさそう」

「直接にはな」

「なんの役に立つのかもよくわかんないな~。あっ、魔物討伐には便利か。魔物の魔力封じれば狩りやすいもんね」

「実際うちのパーティーでモニカの役割はそれだったからな。おかげさんでレアな強い魔物たんと狩れたわ。高く売れてガッポガッポよ。アジトも手に入れたし蓄えもできたし」

「ガウの老後は安泰だね」

「お頭様様だわ」

「よかったね」

「よかった」


「これ、こんな警戒して話す話?」

 ミアは閉ざされた窓を見た。ご丁寧にカーテンまで閉めてある。


「この先が言いづらい」

「なんとなく予想ついてるんだけど……。母さん、お尋ね者なんじゃないの? 魔力の種類がめずらしいから、そこから足がついて捕まっちゃうとかじゃないの? でもさ、本人十年前に死んじゃってるんだし、もう大丈夫じゃない?」

「おまえが生きとる」

「娘まで迫害されるほどの大罪犯したの~!? 一体母さんなにやったのよ?」



「あいつなあ……領国ひとつぶっ潰したんだわ」



 ガウは痛む頭を支えるように、額に手を当てうつむいた。




 国王の権力が大きく中央集権的なここハルツェンバイン国と違い、おとなりのゲートルド国は領主たちの力が大きく、内紛の多い国だ。中には絵に描いたような悪徳領主もいて、重税を課し領民を苦しめている。


 モニカがぶっ潰したとされるブランケン領もそんな領地だった。ブランケン領主の身勝手さにはゲートルド国王も近隣領主も困り果てていたが、貧弱な国王軍では武力に物を言わせて従わせることもできないし、領主たちと協力するにはみな疑心暗鬼すぎるし、どうにもお手上げ状態だった。そんなこんなで手をこまねいているうちに、ブランケン領主は民から搾り取った豊かな税収を自軍の増強に充てはじめた。


 各地から有能な魔法使いを高給で釣って、魔術師軍団を作ったわけである。


 魔術師軍は最強だった。


 ひとりの傭兵が戦場に現れるまでは。


 ただ一人の女の登場により、最強魔術師軍はろくに剣も持てないうらなりびょうたん揃いのへっぽこ軍隊に変わり、鍛え上げた兵士たちによって根絶やしにされたという……。




「危なくなくなかった……。ヤバい魔力ってわかりました……」

 ミアも頭を抱えた。これは困った。


「ブランケンの残党も国王も領主たちも、血眼になってモニカを探したろうな。あいつひとり投入すれば戦いがひっくり返る。敵にしたら最悪の駒だぞ」

「ひえ~……」

「隣国の話だが、当然この国の軍のやつらだって話くらい聞いてるだろうよ。ここでミアが娘だっつって出てったらどうなるよ? 力を受け継いだ娘だっつって」


「どどどどどうしよう!? 捕まって利用されちゃう!?」


「だから黙っとけ」

 ガウがミアの両肩に手を置いて、諭すように言った。


「幸いおまえはモニカみたいにアホじゃない。目立つ戦場行ってヒャッハーとかやらんだろ? ヤバくなったら隣国に逃げて魔物狩って暮らせば無問題とか思わんだろ?」


 ミアはこくこくうなずいた。


「古い文献だと封印・解除も癒しと同じ聖なる力なんだとよ。聖女なんて俺らにゃ縁がないからよう知らんけど、お綺麗な宮廷貴族がありがたがるような無害なもんなんだろ? おとなしくしてりゃおまえは人畜無害な古代の聖女様だ。モニカの力を知ってるのはこの国じゃ俺とエリンとクリンだけ。おまえの力を知ってるのも俺とエリンとクリンだけ。そんで今まで通りの暮らしが続く。これでどうよ?」


「そうしたい」

「よっしゃ」

 ガウはミアのオレンジ色の髪をくしゃくしゃなでた。


「老いぼれて死ぬまで俺らがおまえを守るさ」




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