33・ミア、王城へお呼び出し(お義兄様といっしょ)
その日ミアとフローラが聖堂のおつとめから戻ると、馬車止まりに見知らぬ馬車があった。小型で装飾も控えめなのだが、車体も車輪もぴかぴかに磨かれた、高級な造りの馬車である。
「お城の馬車ではないかしら」
フローラがしげしげと馬車を見て言う。
「えっ? 王族が来たの?」
「王家の方がお乗りになるのは、もっと大きな箱馬車よ。お城からお使いの方がいらしているのではないかしら」
「王家がなんか用ってこと?」
「そうかもしれないわ」
何事か知りたくなったが、ドロテアは応接間で使者の相手をしているのか見当たらない。当主もアウレールも見当たらない。落ち着かない気持ちで屋敷内をうろうろしていると、もう一台馬車がやってくる音がして、ミアとフローラは窓辺に寄った。
「えっ。おんなじ馬車なんだけど」
「まあ!」
馬車止まりにあるのと全く同じ、小ぶりで高級そうな馬車がもう一台入ってきた。
すぐに家令が出迎え、乗って来た使者となにやら話している。
「なんだろう? 別件かな。第一王子が魔物の毒にやられたとかって聞いたけど、関係あるのかな」
「あるかもしれないわ。ディートハルト殿下のご容態が心配ね。アンネリーゼお姉様も毎日お城に呼ばれてらっしゃるし」
「アンネリーゼお姉様が癒せば、なんでも一瞬で治っちゃうんじゃないの?」
「一瞬かどうかはわからないけれど……」
あの女、手を抜いてるんじゃないかなとミアは思った。第一王子はあまりいい評判を聞かないし、死んでもらって超絶美青年の第二王子に乗り換えようとしているのでは。
(すごくありえそう……)
あの女ならやる。そのくらいのことは平気でやる。
ミアは見知らぬ第一王子が気の毒になった。婚約者に手を抜かれて救ってもらえないのだとしたら、本当に哀れである。アンネリーゼ以外のまっとうな聖女も治療に参加していることを切に願う。
ミアが哀れな第一王子に同情していると、ヘッダがミアを見つけていそいそと近づいてきた。
「ミア様。応接間で公爵様とドロテア様がお呼びです」
「え? わたし?」
王家の使者と関係あるのだろうか。なんの用だろう?
ミアが応接間に入って行くと、部屋にはカレンベルク公爵とドロテアとアウレール、そして王城のお仕着せを着た使者が二人いた。
アウレールは使者の一人と話していて、「自分に務まるかわからない」などと言っている。
使者たちに礼をとり、ミアはドロテアに視線で促されて椅子に座った。
アウレールと話している使者は「アウレール様は魔術学院を大変優秀な成績でご卒業され」「魔法理論にかけては右に出る者がなく」などと、アウレールを持ち上げまくっている。
(なんの話だろ?)
家族だけの場ではないため、淑女らしくしているミアは口を挟めない。
「でも僕がやっているのは武器防具の研究開発だから、生体はあまり」
アウレールは使者の話に乗りたくない様子だ。
「ジェッソ様の補助をしていただければ結構なのですよ」
「あの孤高の天才の? 僕が補助できることなんてありませんよ」
ジェッソって誰かなーと思いつつもう一人の使者を見ると、にこにこした顔でミアを見ている。
なんだろう。この笑顔は何かを要求してくる顔の気がする。
「アウレールには前向きに検討してもらうとして、ミアにも話を聞いてもらおう」
にわかに、公爵が話の矛先を変えた。
もう一人の使者が、自分の番だと身を乗り出す。
「ミア様には以前、大僧正様からもお話があったと思いますが――」
ミアは身構えた。
あった。
そういえば聖堂初おつとめの日、なんか素っ頓狂な話が大僧正からあった。
「ミア様に第三王子ユリアン殿下の侍女を務めていただきたいのです」
――――やだ!
二人の使者が帰った後は、カレンベルク家の家族会議となった(アンネリーゼを除く)。
「命令って。どういうことですかドロテアお姉様」
「使者は召請の体で話をしていましたが、こちらの文書をごらんなさい」
使者の持って来た文書には、国王のサインまである。
「王様、達筆でいらっしゃいますね」
「見るところはそこではありません」
「承知しています。ただの逃避です……」
古文調のいかめしい文体で書いてあるが、その文書は要するにこう言っている。
『おまえんちの娘のミアを第三王子ユリアンの侍女にするよ。これ王様の命令だからそこんとこよろしく』と。
「どうして命令してまでわたしを」
「第三王子は非常に活発で、並みの女性では侍女が務まらないそうだ」
公爵がもっともらしい顔で答える。
「なら騎士でもつけとけば良くないですか?」
「王家は魔力発動もしくは十二歳まで、王子にも侍女をつける決まりなんだ。乳母が侍女を兼ねる例が多いけれど、乳母にはとてもではないが務まらないらしい。ユリアン殿下のやんちゃが過ぎて」
「だからって魔物狩りの子でいいんですか」
「第三王子は魔物狩り経験者にしか従わないらしい」
「ぐぐぐ……。で、でもわたしには聖堂のおつとめが。フローラを守らなくっちゃ」
「ミア、私なら大丈夫よ。仕事にも慣れたし、ヤスミン様もいらっしゃるし。こんなにもミアを求めてくる場所があるのだもの。ミアはミアにしかやれないことをすべきだわ」
フローラの真剣なまなざしに押され、ミアは「ぐぐぐ……」としか言えない。
「でっ、でもほら! わたしなんかが王宮に入るとか、カレンベルク家の恥さらしですよ。あんなのが公爵令嬢だなんてありえな~いって言われちゃいますよ!」
「あなたは公爵令嬢に見えますよ、ミア。わたくしが徹底的に指導したのですから」
「えっ……。そんなバカな」
ドロテアの言葉にミアは固まる。
「喋らなければですが」
「ほら、やっぱりダメですよ!」
「あなたは身体能力が高いから、体で覚える立ち居振る舞いに関しては問題ないのですが……」
「ね、やめときましょうよ!」
「王の命令には従うしかありません。あなたが余計なことをしでかさないよう、誰か見張ってくれればいいのですが……」
ドロテアはアウレールを見た。
公爵もアウレールを見た。
みんなが見ているからか、フローラもアウレールを見た。
「ぼ、僕……?」
皆の視線にアウレールが後ずさりする。
「アウレール。ミアを見張るためにも、第一王子の治療団に参加してくれませんか?」
まっすぐな瞳で、ドロテアが言った。
公式の場に乗り付けるときに使う公爵家の一番立派な箱馬車で、ミアはアウレールと共に王城へやってきた。
「ほわ~。近くで見ると大きいなあ」
巨大な本館といくつも聳え立つ尖った棟。遠くから眺めるだけでも威風堂々としたハルツェンバイン城が、間近で見上げるミアを圧倒してくる。
このまま回れ右をして帰りたくなったが、保護者役の義兄に後ろからがっしり肩を掴まれた。
「ここまで来たからには覚悟を決めよう、ミア」
アウレールはアウレールで悲壮な顔をしている。
ミアは詳しい話を知らないのだが、第一王子がやられたのは毒ではなくて魔法であるらしい。魔法を解除するには魔法理論の応用に長けた魔術師がパズルのように少しずつ進めていかなくてはいけないそうで、学院時代その筋の優等生だったアウレールが推薦されたらしい。
アウレールはドロテアと共に公爵家の管理をするほか、魔力持ちに特化した武器や防具の研究所で仕事を持っている。魔法理論に関しては一流なのだが、生き物を対象にするのに慣れていないため、今回の仕事にあまり乗り気でないらしい。
(ほかにもやりたくない理由があるっぽいけど)
ドロテアに言われると嫌とは言えないアウレールである。
恐妻家ではない。愛妻家だからだ。
一見怖げな女性が見せる素直さや優しさに弱い男性っているよねえとミアは思う。
(わたしが封印・解除の聖女だったら、こういうとき真っ先に呼ばれるんだろうな。覚醒しなくてごめんね、第一王子)
見知らぬ王子に遠くから謝っておく。
義理の兄妹は、戦々恐々としながら城内へ足を踏み入れた。
「国王陛下、王妃殿下におかれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます。このたびは枢要なお役目を賜り、義妹ともども恐悦に存じます。重責を全うすべく全力で努力してまいります」
アウレールの言う挨拶の口上を聞きながら、ミアは「ついに王様と王妃様に拝謁してしまった」とのぼせあがっていた。
じろじろ見ると失礼に値するので、ときおり目をあげ遠慮がちにお姿を拝見するだけだが。
(王様めちゃくちゃかっこいいなあ)
フェリクス殿下は父親似だと思った。あの容姿端麗な第二王子の父親なのがすとんと納得できるほど、王様は華やかで、しかも威厳がある。これぞ王様というかんじ。まるで絵の中から抜け出てきたようだ。宮廷画家はさぞ腕が鳴ることだろう。
王妃様はもっと親しみやすい雰囲気だ。王様が自ら妻に選んだという噂もあるからどれほどの美女かと思ったが、近寄りがたいほどではない。きりりとした顔つきではあるが、目が笑っているかんじで優しそうだと思った。
(誰かに似てる気がするけど、はて?)
知り合いの女性をいろいろ思い浮かべてみるものの、なかなか該当しない。
(でもこの目元のかんじ、どこかで見たんだよなあ……)
もう一度お顔を拝見しようとミアが顔を上げたら、ちょうど王妃もこちらを見ていて、ばっちり目が合ってしまった。
目を細めて笑顔になる王妃様。
つられてミアもえへらっと笑う。
「ミア」
どちらかというと低めな張りのあるお声で、王妃に名前を呼ばれた。
「はい」
ミアも負けじと張りのある返事をする。
「第三王子ユリアンに遠慮はいらない。思い切りやってほしい」
「思い切りですか?」
「そうだ。思い切りだ」
「はいっ」
気っ風のいい姉御風の物言いにミアも元気に返事してしまったが、思い切り?思い切りとはいかほど?と疑問が湧き起こった。そして疑問は疑問のまま、両陛下との謁見は終わったのだった。




