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32・石化魔法と防魔の鱗


 アンネリーゼは王城の奥の間に通された。

 貴賓のための応接の間ではなく、もっと王族の私的な区域に近い部屋だ。

 魔物の魔法に侵されて臥せっているディートハルトの元へ、すぐに行くことのできる部屋なのだろう。


 部屋には王と王宮医師と数人の官吏のほか、なぜか聖堂の大僧正がいた。


(大僧正がなぜここに?)

 もしや、ディートハルトの死が近いのだろうか? 大僧正がここにいるのは、第一王子の死を見届け、安息の祈りを捧げるため?


 アンネリーゼの胸が期待で高鳴る。

 しかし王の次の言葉で、期待はすぐにしぼんだ。


「よく来てくれた、聖女アンネリーゼ。王子は難しい症例なので、文献や過去の事例から参考になることがあるかもしれぬと、大僧正にも来てもらった」

 アンネリーゼは内心がっかりしながらも、王と大僧正にうやうやしく礼をとった。


(大僧正が癒しに同席するなんて。やりづらいわ……)

 見張られながらでは、あまり手が抜けないではないか。

 癒しが追い付かないことにして、ディートハルトにはさっさと死んでもらいたいのに。


「殿下はどのような状態なのでございましょう」

「見たほうが早かろう」


 王の後に付き、別室へ向かう。すぐ背後には大僧正がいる。見張られているようで居心地が悪かった。大僧正もアンネリーゼにとっては「うるさい人」であり、存在が鬱陶しい。


 第一王子のためにしつらえられた病室はすぐそこだった。

 天幕を下ろしたベッドがある。看護婦のほかに、椅子にぐったりともたれかかった第一王子の護衛の魔術師がいた。


 あの日、アンネリーゼが瀕死の状態から睡眠状態に戻した魔術師だ。


 魔術師は眠っていたようだが、人の気配を察して薄目を開けた。王の姿を認めると目を見開き、ガタガタと無様に椅子の音を立てて立ち上がった。


「よい、座っておれ」

 王が魔術師に言う。

「い、いえ……」

「ふらついておるだろう。座れ」

「はい……」

 魔術師は倒れ込むように再び椅子に沈んだ。


「この者が防御魔法で魔法の進行を止めている」

 労わるような視線を魔術師に向けて、王が言った。

「殿下を蝕む魔法とは、どのような」

「天幕を開けろ」

 看護婦がベッドの天幕に手をかける。


 アンネリーゼは悲鳴を呑み込んだ。


 天幕を開かれたベッドに、ディートハルトは――かろうじてディートハルトだと認識できる身体は、横たわっていた。


 それは作りかけの彫像のようだった。

 顔の部分だけは精密に作ってあるが、あとは荒く大まかに彫り込んであるだけの、石でできた彫像。


「石化魔法だ」

 重苦しい声で王は言った。

「石化魔法……。そんなことができる魔物が、王領の森に」


 王領の森は、王都の中心部から馬車で二時間程度で行ける。アンネリーゼはさすがに恐ろしくなった。もし翼のある魔物なら、あっという間に王都まで来てしまう。


「バシリスクではないかと言われている。王領の森から蛇が大量に逃げた報告がある。蛇はかの魔物を恐れる」

「バシリスク……?」

「体は小さいが、特級魔獣だ。魔力が強い。このように……」


 王が痛ましげな視線を変わり果てた姿の息子に向けた。

 ディートハルトは物のように静かに横たわり、息をしている気配も感じられなかった。


「この状態で、殿下は生命を保てているのでしょうか」

「皮膚は石化の影響を被っているが、臓器への魔力の影響は魔術師が押しとどめている。発見が早かったのだ。すべてこの者の機転と手際だ」


 王が再び魔術師を見たが、疲労の激しい魔術師はまた眠ってしまったのか、王の言葉に反応することはなかった。


 ――やはり助けるべきではなかったのではないかしら。


 アンネリーゼは苦々しい思いで、魔術師の寝顔を冷ややかに眺めた。



     *****



「聖女アンネリーゼが帰られたか。兄上の状態は良くなったか?」

 アンネリーゼと大僧正が退去したのち、フェリクスははやる気持ちで王宮医師に問いかけた。


「食物を摂取できないことによる体力の低下は、持ち直したご様子です。さすが、聖女様のお力です。魔術師殿の疲労も回復していただきました」

「そうか……。よかった」

「しかし、石化魔法そのものが解けないとなると……。聖女様の癒しは、こう申し上げてはなんですが、時間稼ぎに過ぎません。魔術師はよくやってくれております。しかし魔法の進行を止めることを越えて、解除の方向に向かうには彼ひとりでは難しいかと思います。かかってしまった魔法を解くには精密な魔法理論で一歩一歩進む以外手がありませんが、今のジェッソには考える余裕が全くありません」


「防御と理論に優れた魔術師をほかに探してはいるのだが……」

 王もフェリクスも手を尽くして探しているが、ジェッソは魔術学院防御魔法科で十年に一人と言われた逸材だ。同様のことができる魔術師がそうそういるわけがない。


 それでもなんとか、ジェッソを補助できそうな卒業生を学院に推薦してもらうことになり、現在学院からの返事を待っているところだ。


 やるべきことはさらにある。

 大方の見方に反して、ジェッソはディートハルトが自らの意志で王領の森へ行ったことに異を唱えている。ジェッソの証言が荒唐無稽だと取り合わない者が多いが、フェリクスはジェッソが嘘をついているとは思えなかった。


 危険な森で命を張ってディートハルトを探し出し、今この瞬間も身を削ってディートハルトを助けようとしている者が、くだらぬ嘘をつくだろうか?


 王もそれは感じているようだ。

 ジェッソが正しければ第一王子の今回の失踪は、仕組まれたものだ。

 だとすれば、慎重に動かねばならない。


(兄上――!)

 フェリクスは両手で顔を覆った。


 こんなとき、いつもなにもできない自分が情けなかった。なにもできずに精霊に祈りを捧げるしかない自分がもどかしかった。


 ――それでも、祈らずにはいられない。


 フェリクスは小卓の上に置かれた兄のお守りを手に取った。

 鎖をつけてペンダントにしてあった青いタラスクスの鱗。


 鎖は壊れてしまったが、防魔の鱗それ自体は石化の影響を受けておらず、青く美しく輝いている。


 ジェッソが、フェリクスに持っていてほしいと持ってきた。

 ジェッソの話では、この小さな防魔の鱗がディートハルトを救ったのだそうだ。ジェッソが王領の森でディートハルトを発見したとき、すでに全身の皮膚に石化が進んでいて、臓器に防御魔法を届かせる隙がないと、あきらめそうになったらしい。


 しかしディートハルトが胸に下げたタラスクスの鱗――防魔の鱗に守られたわずかな面積の皮膚だけ、石化しておらずジェッソの魔法を通すことができた。


 ジェッソはディートハルトの臓器にくまなく防御魔法を施した。

 表面は石化していても、ディートハルトの脳も臓器もジェッソの魔法で守られた。


 この小さな鱗一枚が、ディートハルトの生死を分けたのだ。


 フェリクスは青い鱗を両の掌で握り締め、目を閉じて精霊に祈った。



 どうか兄をお助け下さい。大地の精霊よ。




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