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31・姉妹のお茶会


 九歳にして聖女として覚醒したアンネリーゼが、同い年の第一王子の婚約者となるのは当然のなりゆきだった。


 在位中の王はあまり力の強い聖女を娶っていない。

 当人の望みによる結婚だったとも、続けて同じ家から妃を選ぶことによる血族婚を避けるためだったとも言われているが、コルドゥアはその力の強さにも関わらず妃に選ばれなかった。


 誰もが、次はカレンベルク家の番だと考えていた。コルドゥアの娘の番だと。

 カレンベルク家の縁者である王太后は、とりわけアンネリーゼを推したようだ。


 第一王子の婚約者に決まったと報告を受けた日、アンネリーゼはこの世のすべてが自分のものになったような気がした。


 大聖女と呼ばれた母コルドゥアでさえ、王族にはなれなかった。王妃の椅子に座れなかった。でもアンネリーゼは、第一王子の婚約者になったのだ。


 姉にも勝ったし、母にも勝った。

 あとは――。


 アンネリーゼが窓から外を見ると、秋の色濃い庭の片隅で、フローラが乳母に付き添われて遊んでいた。


(ねえ、わたくし、一番目の王子様と結婚するのよ。いつか王様になる王子様よ)


 アンネリーゼはフローラにそう言ってやりたくてたまらなくなった。

 だから、初めて――本当に初めて、アンネリーゼは自分からフローラに近づいたのだった。


 アンネリーゼは庭園へ出て、枯葉をかさかさ踏みながら、座り込んで何かをしている六歳の妹に近づいた。

 フローラは芝生の上に大きな葉っぱをいくつも並べて、その上に小さな木の実や花びらを乗せていた。

 子供らしい、たわいもないままごとだ。

 アンネリーゼの足音に気付いて、フローラが顔をあげる。


「アンネリーゼおねえさま!?」


 フローラは驚き、ぱああっと顔を紅潮させた。そして乳母に「ねえ、ねえ、アンネリーゼおねえさまがお茶会にきてくださったわ!」と興奮した口調で言った。


「お茶会?」

 アンネリーゼが鼻先で笑う。なるほど、この木の実や花びらはお茶会のお菓子なのだ。


「どうぞ、どうぞおすわりになって。ああうれしいわ、アンネリーゼおねえさまがお茶会に来てくださるなんて。わたしとてもうれしいわ!」

 普段ならば芝の上になんてと思うところだが、その日のアンネリーゼは気分が良かった。言われるがままに、フローラの向かいに座る。


「お菓子をどうぞ」と言われても食べる真似をしてやる気はないので、アンネリーゼは「話をするわ」と返した。フローラは「おはなししてくださるの?」とわくわくした顔つきで、アンネリーゼが話し出すのを待っている。


「わたくし、王子様と結婚することになったの」

 アンネリーゼは澄ましかえった顔で、もったいぶってフローラに告げた。


「まあ! まあ、すごいわ! なんてすてきなの、アンネリーゼおねえさま!」

 頬を真っ赤にしてうわずった声で、フローラが感激する。


「そうでしょう」

「ほんとうにすごいわ! アンネリーゼおねえさまが王子様とけっこん! すごいわ。すてきだわ。アンネリーゼおねえさまが王子様のはなよめになるの! なんてすてきなの!」

「うらやましい?」

「ええ、うらやましいわ! 王子様のはなよめのアンネリーゼおねえさま、きっととってもきれいだわ。はやくみたいわ。ああ、すてき……。とてもすてき……」


 妹のあまりの感激ぶりに、アンネリーゼはすっかり機嫌が良くなった。


「わたくしが結婚する王子様は、王様になる王子様なの」

「まあ! すごいわ、アンネリーゼおねえさまは王妃様になるの?」

「そうよ。わたくしはハルツェンバイン国の王妃になるの。王様にならない二番目の王子様もいるわよ。あなた結婚したい?」


 気を良くしたアンネリーゼは、そんなことまで妹に言ったのだ。


 フローラはあまりピンとこないのか、きょとんと首を傾げた後、



「そうしたら、けっこんしてもアンネリーゼおねえさまと家族でいられるのかしら?」



と、輝く湖面のような瞳でアンネリーゼを見つめて言った。




(おかしなことを思い出したわ)

 王からの呼び出しを受け王城へ向かう馬車に揺られながら、アンネリーゼはディートハルトとの婚約が知らされた日のことを考えていた。


 今思えば、あの日が――あの秋の日のままごとのお茶会が、喜びの頂点だった。


 婚約式で初めて会ったディートハルトは、整った顔立ちはしていたものの、アンネリーゼが思い描いていた「王子様」とは違っていた。物腰があまり優雅ではなかったし、地味な髪色のどこにでもいる普通の男の子というかんじがして、がっかりだった。


 「王子様」というのは、もっと特別に輝いているものではないのか――そう思ったアンネリーゼの目に飛び込んできたのが、婚約式に列席していた第二王子フェリクスだった。


 まばゆい金の髪に天使のような清らかな顔立ち。ディートハルトより一歳半年下のフェリクスは、まだ幼くて女の子のような愛らしさを残していた。けれどきりりと前を向く引き締まった表情はまぎれもなく男の子のもので、アンネリーゼは一目で心を奪われた。


 ――王子様だわ。


 アンネリーゼの目には、フェリクスこそ理想の王子様に映った。

 あっちの王子様がいいわ。あっちの王子様と結婚したいわ。どうしたらあっちの、二番目の王子様と結婚できるかしら――。



 そうね、第一王子がいなくなっちゃえばいいのよ。



 九歳の自分が下した結論も、二十歳の自分が下した結論も、変わりはなかった。

 変わったことと言えば、九歳のアンネリーゼはフェリクスがほしいだけだったが、二十歳のアンネリーゼには別の理由もあるということだ。


 アンネリーゼは馬車に揺られながら考える。

 ディートハルトは地方に重きを置きすぎる。ハルツェンバイン国の隅々にまで気を配るのは王族として当然なのかもしれないが、王都の富を削ってまでやることではないと大臣たちは言っている。王都の富を削ったら国防にだって影響が出る、ゲートルドという好戦的な国が隣にありながら、国の兵力を縮小するなどとんでもないと。


 大臣たちに諭されて大人しく引き下がればいいものを、ディートハルトは自ら地方へ視察に行き、調べたことを議会に持ち帰ってくる。魔物被害の惨状やら、王都と繋がる商人による買い叩きの現状やら、領主によって地方ごとの差が大きいことやらを。


 最初は侮っていた大臣の中にも、ちらほらとディートハルトに同調する者が出始めた。

 徐々に同調する者が増えてきて、近ごろは「地方派」などと派閥として扱われる始末だ。


(問題児だったくせに)

 家出したり、魔物狩りにうつつを抜かしたり、あんなに大臣たちに愛想を尽かされていたではないか。手に負えない馬鹿王子だと笑われていたではないか。


 社交界で馬鹿王子とささやかれていたからこそ、アンネリーゼはディートハルトに遠ざけられていても我慢ができたのだ。

 皆が馬鹿にする愚か者の王子に愛されなくたって、どうってことはない。


 けれど、もし皆がディートハルトに価値を感じ始めたら――。

 ディートハルトが立派な王子と言われるようになってしまったら――。


 「立派な王子」に愛されない自分は、皆にどう思われるだろうか。


(わたくしの価値に傷をつける存在なんていらないわ)

 ディートハルトが「立派な王子」になり、旗印となって地方派を率いるようになったら困る貴族たちがいる。アンネリーゼと彼らの利害は一致したのだ。


 第一王子は消えたほうが都合がいい。




「ご到着です」

 馬車は王城に到着した。


 特級魔獣の魔法に侵され、果たしてディートハルトはどのような状態になっているのだろう。

 どのような状態であっても、アンネリーゼのやることはひとつだけれど。


 本気で癒さないだけ。

 状態の悪化に抗うふりをして、抗わないだけ。それに気付かれないようにするだけ。


(ディートハルト。あなたは愚か者のまま死んで)


 侍従に手を引かれて馬車を降りる。

 重々しい王城を見上げ、アンネリーゼはかすかな笑みを浮かべた。




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