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25・第一王子と護衛の魔術師


 ディートハルトは小ホールを出ていく第二王子を見送っていた。

 護衛の魔術師に「待たせてすまなかった」と声をかけている。あんな陰気な男ほっときゃいいのにと思うのだが。


(フェリクスがもうちょっと野心家で嫌なやつだったらなあ……。王位も婚約者も押しつけてトンズラするのに)


 フェリクスは真面目で物事をわきまえていて、何より性根が清らかだ。清らかすぎて危なっかしいくらいだ。人を疑うことを知らないから宮廷に巣食う腹黒貴族どもに容易にそそのかされそうだし、性悪聖女なんか娶ったら手玉にとられるだろう。


(腹黒貴族や性悪聖女にだまされて傷つくフェリクスなんて、絶対見たくない)


 十五歳の逃避行から戻ると、一歳半下の弟はやせ細っていた。

 ディートハルトの無事を願って、時間の許す限り礼拝堂に籠って精霊に祈りを捧げていたらしい。


 さすがに胸が痛んだ。


 自分はなにもかもフェリクスに押しつけて逃げる気でいたのに、弟は食事も喉を通らないほどディートハルトを心配していたのだ。


 以来ディートハルトは心を入れ替えて真面目に第一王子としての務めを果たすように――は、ならなかった。しかし少なくとも、もう弟たちに余計な心配をかけたくはない。


「なんか用か?」

 ディートハルトは護衛の魔術師にぞんざいに声をかけた。


 魔術師の名はジェッソだが、あまり名を呼んだことがない。呼ぶまでもない距離に控えていることが多いからだ。ほとんど気配を感じさせないままに。


「いえ……陛下が、殿下のおそばにいるようにと」

「城内だぞ? なんの危険があるんだよ。俺が逃げる危険?」

「いえ……そのようなわけでは。陛下の命令です」

「父上もいつまで監視する気なんだか。――まあ俺が悪いんだけど」

「……」


「王領の森に強い魔物が出た話をきいた。もしかして、父上は俺がこそこそ魔物退治に行くとでも思ってるんじゃないか? 俺を狩りがしたくてしょうがないやつだと思ってるから。そんなわけあるか」

「……」


「王領の森の魔物なんて、王立魔物討伐隊に命じてなんとかするだろ。大事な大事な王都を守るために。地方の魔物被害ならほったらかすとしてもさ」

「……」


「俺だって好きで魔物狩りしてんじゃないぞ。地方に視察に行くと頼られるからだよ。民間魔物討伐隊は、手に余る魔物は狩らない。商売でやってるんだから、死んだら元も子もないからな。だからって王立魔物討伐隊がほいほい地方出張してくれるわけでもない。領主が討伐隊を組んでちゃんと領民を守ってくれればいいけど、そんなよくできた領主ばかりとは限らない。そんな現状を宮廷貴族はしらんぷりだ」

「……」


「お前相槌って知ってる?」

「はい」

「知ってるんだ。ならいいや」


 王に選ばれしエリート魔術師は、青二才の王子の幼い国家批判なんて、そりゃ相槌も打たず聞き流すだろう。ディートハルトはやさぐれた気持ちになった。


 なにもかも自分ひとりで空回りしている。そんな気持ち。


 無意識に、胸に下げたお守りを触る。魔法をはじく魔獣の鱗。

 ミアがなでて、ガウがなでて、エリンとクリンがなでた鱗。


(パーティーのみんなに会いたいな……)

 あれから五年近く経つなんて信じられない。ミアなんてすっかり娘らしくなっただろう。



 けれどディートハルトの中のミアはいつまでも十歳のまま、子犬みたいに元気に駆け回っている。



 

 家族との晩餐を終え私室に戻ると、ディートハルトはようやく一息ついた。ドア一枚向こうには護衛の魔術師がいるのだが、私室にいれば直接監視されるわけではない。


 建国神話第二巻を本棚から抜き出す。明日第三王子に読んでやる約束をした本だ。


 近隣三国はかつて同一の大国で、建国神話の第一巻は各国でほぼ共通だ。建国の勇者ディータスが仲間とともに次々と魔物を倒して人の住める地にしていく冒険譚である。


 第一巻には、魔物を従える従魔術や、魔力の封印と解除ができる聖女や、特級レベルの多種多様な魔物、魔性に堕ちた魔法使いやそれを救う聖人など、創作なのか今はもう失われたのかわからない派手な要素がたくさん盛り込まれている。


 男の子がこのわくわくに満ちた第一巻を好むのは、当然と言えば当然だった。


 自分だってユリアンの歳には第一巻が好きだった。

 民衆人気だって一巻が一番高い。旅芸人の必須演目でもある。


 第二巻以降が編まれたのは、もっと時代が新しい。大国が三つに分割されてからだ。

 だから、第二巻から先は各国で内容が違う。


 ハルツェンバイン国は武官よりも文官が力を持った国で、二巻の内容は統治と行政と法整備の話が多く、一巻と比べると地味で人気がない。


 第三巻はほぼロマンス小説だ。各時代の王族を愛し支える聖女の逸話がいくつも収められている。当然、女性人気が高い。


 ちなみに、隣国ゲートルドの第二巻は群雄割拠の話だ。領国間の戦の話で、戦う相手が魔物から人間になっている。現在に至るまで内紛の多い国なので、これもお国柄だと言えるかもしれない。


 ゲートルド国の第三巻は、個性豊かな偉人奇人列伝のような味わいである。聖女も数多く出てくるが王を支える妻や恋人というロマンチックな扱いではなく、あくまでも戦の駒だ。ディートハルトは王族のたしなみとして各国の神話に全て目を通したが、ゲートルド国の第三巻が一番面白かった。人間いろいろ人生いろいろと感じ入ることができるので。


 それはそうと、問題はこの地味で人気のないハルツェンバイン国第二巻だ。


 支配層としての教養と結びついているため、避けては通れない。概要だけでも第三王子に触れさせておかなければならない。あの勉強嫌いの末っ子に。


(うーん、どう語って聞かせたものかな)


 子供に勉強を教える経験はミアで積んだが、ミアは物覚えがよかったし学習意欲もあった。誰が教えても教えやすい子だったと思う。あまり比べるのもなんだが、ユリアンはやんちゃが過ぎる。教師の手には負えなくなっているらしい。


 自分の言うことはきくから、なんとかしなければいけない責任を感じる……。


(なんだかんだ言って俺って長男気質だよな)

 ディートハルトは自嘲のため息をついた。



 ドアがノックされたのはそのときである。



「勉強中だよ」

 用事は護衛の魔術師が中継ぎをするので、ノックの主はジェッソだろう。

「御文が届いていると、メイドが」

「手紙? 誰から?」


 返事はなかった。

 返事の代わりに、どさりと重いものが倒れるような音がした。


 嫌な音だった。


「ジェッソ?」

 滅多に呼びかけない名を呼ぶ。やはり返事はない。


 ディートハルトはすぐ抜けるよう短剣をベルトに差し込み、ドアを開けた。


 まず、長い黒髪が床に広がっているのが目に入った。


「ジェッ……」


 倒れた魔術師の横顔を見て、ディートハルトは絶句した。



 目は見開いているが何も見ておらず、顔色は死人のような土気色になり果てている。辛うじて呼吸はあるようだが、この顔色では時間の問題だった。



 魔術師の首筋には棘のようなものが刺さっていた。


 ディートハルトはその棘がなんであるか知っていた。かつて冒険の日々に、ガウ達と狩ったことがある魔獣の背に生えていた、毒のある棘だ。


(ペルーダの棘!? なぜこんなところに)


 ペルーダは、王領の森でも近頃目撃されたという、蛇に似た頭部と獅子に似た体を持つ等級の高い魔物だ。


 しかしペルーダが背の棘を敵に飛ばすことはない。つまりこれは、魔物の棘を使った人の手による犯行であるのは明らかだった。


 ディートハルトは人の気配がないのを確かめると、警戒しながら廊下へ出た。早く助けを呼ばなければ魔術師の命が危ない。


 メイドが手紙を持ってきたとジェッソは言っていた。

 ただのメイドか。それとも敵か。


 ディートハルトは足音を忍ばせて廊下を進んだ。


 廊下の角を曲がる。廊下の先にメイドの後ろ姿が見えた。

 ディートハルトがぎくりとして足を止めると同時に、先をゆくメイドがふりかえる。


 見たことのない女だった。腕が立つようには見えないが、魔法を使うこともあり得る――。


「うわっ!」


 突風が来た。


 あやうく背後の壁に打ち付けられそうになったが、なんとか踏みとどまる。


 メイドの顔が悔しげに歪んだ。


(敵の顔だろ、そんなの)

 敵だし、魔法使いだ。魔法防御の巧みな護衛の魔術師は気を失っている。もう死んでいる――かもしれない。


「くっそ。こっちだって風魔法使いだ!」


 定まった目標に向けての魔力発動のため、強風でよろける体を固定させようとして、ディートハルトは背後の壁に手をついた。


 しかしそこはただの壁ではなかった。転移魔法陣が描かれていたのだ。





(ちくしょう。してやられた)


 ディートハルトは箱の中の暗闇に閉じ込められていた。

 転移魔法陣で飛ばされた先が、棺桶のような箱の中だったのだ。

 短剣でひととおり合わせ目をほじったが箱はびくともしない。随分と頑丈なつくりだ。


 ディートハルトは無駄な抵抗をするのをやめ、短剣を鞘に戻した。


(ジェッソがいたらこんなことには)


 倒れた魔術師の土気色の横顔が目に浮かぶ。


 第一王子の護衛に抜擢されたばっかりに、命の危険にさらされた哀れな魔術師。


 当人が生い立ちを語ったことはないが、貴族の出ではなく魔術学院防御魔法科の首席だと王から聞いた。貴族が縁組をちらつかせれば、すぐになびきそうな経歴だと思った。


 ディートハルトは宮廷に敵が多い。身近で裏切るならあの男だと思っていた。



 でも違った。



(もっと名前、呼べばよかった)


 危機に陥ってやっと護衛のありがたみに気付くなんて。


(ほんっと俺って何やっても駄目)


 敵の目的は自分をこの箱に閉じ込めることだったのだろう。

 人間ひとり飛ばせるほどの魔法陣は、一日二日で描けるものではない。魔法陣が描かれていた壁には普段大きな絵が掛けられている。魔法陣は絵で隠されつつ、密かにこつこつと描き進められていたのだろう。王子と護衛の地方視察中に。


 敵は、護衛の魔術師を排除したのち、ディートハルトを突風で魔法陣に叩きつけて箱の中へ送ろうとした。突風はこらえたのに、反撃しようとして自ら魔法陣に手をついてしまった。

(アホだ……)


 しかし、少なくともここは城の敷地内のはずだ。

 王宮には結界が施されていて、転移魔法は通さない。


 転移魔法は通さないが、しかし……。


 ヒヒンと馬のいななきのような声が聞こえた。箱がわずかに揺れる。


 転移魔法は通さないが、物理的に人や馬車の出入りはできる。あたりまえだ。城には官吏も客人も通いの使用人も来るし、食料や物資の仕入れだってある。


 ディートハルトを閉じ込めた箱を乗せた馬車が、静かに動き始めた。


 第一王子は、元から王族のプライドなぞ持ち合わせていない。

 箱の中でわめき散らすことに恥もなければためらいもない。



「出せえええこらああああああ!」



 出せと言ったところで出してもらえるわけがないことは、百も承知だ。




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