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20・先発ミア、いざ聖堂へ


 主人思いの侍女クララは、フローラのこととなると熱意がすごい。


 フローラの願いを叶えたいクララの気持ちはわかる。不安要因のひとつ、「身の危険」を取り除くために護衛をつけるという発想もわかる。聖堂は男子禁制の場所があるから、女性の護衛をつけるのが順当だ。


(そこでわたしかぁ。まあ、適任だけど)


 しかし、ミアが護衛になったところでドロテアが許すかどうか。カレンベルク公爵家は代々聖女を輩出する名家で、聖女を補佐する格下の雑用係になるなどもってのほかであるらしい。聖女でないなら、家でおとなしく花嫁修業をしていろということか。

(どうでもいいじゃんね、名家とかそんなことは)


 お茶会の後、ミアも一緒に行く条件でもう一度ドロテアを説得しに行くとクララは息巻いていた。

 主人思いのクララに信用されている。

 なんだかこそばゆい。


「よ~し、フローラを守るためにも鍛錬に励むぞう!」

「着いて早々鍛錬ですか? それより先に売り物の準備しちゃいましょうよ」


 狩りの獲物を山盛りにしたカートをごろごろ押しながら、シシィとヘッダが部屋にやってきた。


「準備って言っても、値付けくらいでしょ。適当で良くない?」

「物によります。コロコッタの牙など希少な品は抽選にしたほうがいいと思います。先着順だと混乱が生じます。前回は徹夜で並ぶ者までいましたから。タラスクスの鱗などは数がありますが、市場価格が高騰しているため一人当たりの数量制限が必要です。闇転売を防がなくてはなりませんし」

「ううっ。なんだか本気の店みたいになってきた……」

「注目されてますからね~、青空ミア商店。私、看板作りますよ」

「シシィはそういうの得意だもんね。ヘッダには事務方を頼みたいな」

「お任せください」

「おお頼もしい。わたし良いメイドを持ったわ」

「お店、楽しいですからね~」

「ヘッダも楽しい?」

「私は楽しいとかではなく。混乱が生じるとドロテア様に禁じられてしまいますから。そうしたら楽しみがなくなって……あ」

「楽しいんじゃん」

「ミア様、言葉づかい」

「楽しいのね」

「……はい」

 ミアとシシィは笑いながらヘッダの肩をぽんぽんした。




 メイドふたりとざっと商品の仕分けをして、ミアは夕方の鍛錬のために騎士の詰所へ向かった。


 カレンベルク家へ来たばかりのころは庭でこそこそやっていた鍛錬だが、ミアの素質を見抜いた団長の口添えで騎士団の訓練に交ぜてもらえるようになり、三年以上経つ。


 今ではすっかり騎士団になじみ、剣の腕前は上がり団員とも仲良くなり、ミアを慎ましやかな令嬢に育てるつもりだったドロテアにため息をつかせている。


 しかし、おかげでドロテアが心配していた使用人からの嫌がらせはない。庶民あがりの令嬢というより騎士団員見習いみたいに思われているからだろう。ドレスでいる時間より男物の訓練着でいる時間のほうが長いくらいなのだ。


「あっミア様。今日からもう鍛錬ですか」

 馴染みの若い騎士が声を掛けてくる。

「うん。馬車でなまっちゃったから。ドゥルとデリとリオは元気かな」

「裏にいますよ。ミア様がいないからさみしがって、毎日クンクンいってましたよ」

「ちょっと会ってくるね~」


 ミアは詰所の裏へ回った。

 繋がれた三匹の真っ黒い犬が、気配を察してピンと耳を立てる。ミアを認めた瞬間、激しく尻尾をふって突進してくるも、ロープに引っ張られて立ち上がったようになる。


「わ~みんな元気~。ただいまだよ~」

 ミアはべろべろ舐められながら、わしゃわしゃと三匹をなでまわした。

「かつて死闘を繰り広げた仲とは思えませんねえ」

 この三匹には噛み殺す勢いで追いかけられたが、そんなことは昔の話だ。アウレールと団長に「勝ったミアになら従うかも」と提案され、しつけをし直したら人が(犬が)変わったようにみんないい子になった。犬たちは領地に送られることも処分されることもなく、カレンベルク邸の番犬として役立っている。


 しかし、あのとき犬小屋の鍵を開けた不審な魔法使いの正体は結局わからずじまいだった。

 アンネリーゼの息がかかっている可能性があるから、不気味な後味が残る。


 アンネリーゼを恋い慕っていたあの騎士も、カレンベルク家の騎士団を辞めたらしかった。その後の彼の行方は誰も知らないそうだ。


「ミア様、手合わせしませんか」

「うん、すぐ行くよー」


 ミアが十六歳になるまであと一年と少しだ。

 やれと言われれば貴族の令嬢の擬態ができる程度には、教養やら礼儀作法やらを詰め込まれた。故郷を守るには貴族や大商人とも渡り合わなくてはいけないようだから、ここで学んだことはきっと役に立つだろう。


 十六歳になったらカレンベルク家を去る。嫌な思い出しかないアンネリーゼのことなど、忘れてしまえばいいだろう。


(でも、フローラは)


 ミアは、フローラの力を封じろと言ったときのアンネリーゼが忘れられない。


 アンネリーゼはフローラを憎んでいるのだろうか。

 フローラのせいで母親を亡くしたから?


 それとも、彼女はフローラを恐れていたのだろうか。

 自分と同等の力を得たら、自分の立場を奪われるかもしれないから?


 フローラは聖女として覚醒しなかった。だからきっと、アンネリーゼがフローラに危害を及ぼすことはないだろう。ミアはそう信じたかった。


(姉妹なのに)

 アンネリーゼとフローラが姉妹らしく一緒にいるのをミアは見たことがない。フローラは、「アンネリーゼお姉様とまたお茶会がしたい」と言っていたから、ミアが来る前はお茶の席をともにすることがあったのだ。


 アンネリーゼは今もまだこの屋敷で暮らしているが、聖堂やらお妃教育やら夜会やらに出掛けて留守がちだし、家にいるときは自室に籠っている。ごくたまに、アンネリーゼを庭園などで見かけると、フローラは片想いの相手を見るようなせつない目で姉の姿を追うのだ。


(フローラがかわいそう。あんな人でもフローラにとっては家族だし、仲良くしたいんだろうな……)


 あんな人でも。フローラは優しいから。


(それに、もしかしたらアンネリーゼだって昔は優しかったかもしれないし……いや、ないか? いや、でも、これから優しくなるかもしれないし)


 ミアは目の前の犬たちを見た。犬だって変わるのだ。人だって、変わるときには変わるだろう。関わり方次第で。


「……でも関わり自体がないからなぁ」

 ミアはぼそっと独り言を言った。

「関わり? なんのですか?」

 若い騎士が聞き返す。


「いやあのね、アンネリーゼお姉様とフローラって全然関わりなくない?」

「そうですね。こちらとしては、どちらもお美しいので是非ともツーショットを拝みたいところですが。残念です」

「あんたに聞いたのが間違いだった」

「あ。ミア様もお美しいです」

「おまけか! 手合わせでギッタギタにしてやろっと」

「ほめたのに!」




 若い騎士をギッタギタにしてひと汗かいた後、ミアは早めに鍛錬を引き上げて屋敷へ向かった。


 庭園を突っ切っていると、馬車止まりに馬車が停車してあった。


 アンネリーゼの馬車だ。


 アンネリーゼが従僕にかしずかれて馬車から降りてきた。地味な色合いのフード付きのマントをまとっている。地味な装いのときは聖堂に行ったときだ。


 アンネリーゼは立ち尽くすミアを一瞥すると、興味なさそうに顔をそむけた。話しかけるなオーラがすごくて声もかけられない。かけたくもないが。


(聖堂でもあんなふうにツンツンしてるのかな。いやさすがにないか。評判が落ちるし)

 家ではこんなだが、アンネリーゼは外面が悪くもなさそうな気がする。聖堂で一緒におつとめする人たちには普通に接してたりして……と考えたとき、ミアはふと思った。


 フローラが聖堂へ奉仕に行きたい理由に、アンネリーゼと接点を持ちたい気持ちも、少しはあるのかもしれない。




「フローラ、まだそんなことを言っているのですか。カレンベルク家から準聖女として奉仕に出た者などおりません」


 その日の夕食は張り詰めた雰囲気となった。

 めずらしく早めに出仕から戻った父ローレンツも同席している。


(聖女の補佐係は準聖女って言うのか)

 対立するドロテアとフローラの間に挟まり、父親と末娘はおろおろするばかりだ。婿養子のアウレールは口を出さずに二人のやりとりを見守っている。アンネリーゼはいつものように家族の食卓にはいない。


「カレンベルク家の娘だからこそ、私も聖堂のお役に立ちたいのです……!」

 目に涙を滲ませてフローラが訴える。


「あなたの役目は聖堂にはありません。聖女の力を授からなかったカレンベルク家の娘は、立派な家に嫁いで世継ぎを生むことで我がハルツェンバイン国に貢献してきました」


「私もそのつもりでいます。でも、まだ先のことでしょう? 嫁ぐまでの間だけでも、私は聖堂で働きたいのです」


 フローラの訴えは真っ当な気がした。働く意欲と時間があるなら大いに働けばいいじゃないかとミアなら思う。護衛が要るなら自分がやるし。全力でやるし。


「悪い噂が立ちます」

「悪い噂って?」

 反射的に質問してしまい、ミアはドロテアににらまれてしまった。あわてて「悪い噂とはなんでしょうか、ドロテアお姉様」と言い直す。


「言いづらいのですが……。準聖女は、資産家や下級貴族や訳ありの令嬢が、名家の令息と知り合うためになりたがるものだと、社交界では認識されているのです。王都大聖堂には上位貴族が来ますから」

「訳ありとはなんでしょうか、ドロテアお姉様」

「それは……」


 いつもきっぱり言うドロテアが、めずらしく言い淀んだ。なかなか答えが出てこないのでミアは父親を見た。こちらも困った顔をしている。どうしてだろう。


「婚外子ってことだよ」

 簡潔に答えたのはアウレールだ。

「なるほど」


 二重の意味でなるほどだ。正妻の子でなければ碌な縁談が来ないだろうから、良縁を望むなら自分から動かねばならないのと、姉と父が言い淀んだ理由と。


(なんだかんだ言ってドロテアお姉様って優しいな)

 ミアを傷つけたくない気持ちが、ためらいから伝わってくる。ミア自身は婚外子であることを大して気にしちゃいないのだが。


「フローラの立場で準聖女になることを望んだら、余計な勘ぐりが生まれます。準聖女の方々も、場違いな公爵家令嬢を温かく迎えはしないでしょう。わかりましたね、フローラ?」


「噂など私は気にしません。噂を立てることも噂に惑わされることも無意味です。純粋な気持ちで準聖女のおつとめをされている方だっていらっしゃるでしょう。家格や立場は関係ありません」


 ドロテアをまっすぐ見て、フローラは毅然と言い返した。


(おお……おお……かっこいい)

 ふわふわと優しいフローラも良いが、自分の意見をきっぱり言うフローラも良い。このきれいでやさしくてかっこいい女の子がわたしの姉なんですよ!仲良しなんですよ!と、ミアは心の中でまた叫ぶ。


「あなただけの問題ではないのですよ、フローラ」

「カレンベルク家の名に傷はつけません」

「あなたが恥ずべき行いをするとは思いません。しかし世間とは、社交界とはそう単純なものではなく――」


 姉二人のやりとりを聞いて、ミアはふっとあることを思いついた。


「あの~ドロテアお姉様」

「なんですか、ミア?」

「わたしが行くなら、『世間』や『社交界』は納得しますよね?」


「……どういうことですか?」

「わたしは『訳あり』ですから、準聖女になっても世間はなるほどって思うだけでしょう? 先に潜り込んで――いやいやいや、様子を見てきて、大丈夫そうなら、わたしが無理矢理フローラお姉様を誘ったって形にして、聖堂に来てもらえば良くないですか? 妹思いのお姉様がそそっかしい妹を心配して来たって形にしますよ。任せてください!」


 ミアがどんと胸を叩いてそう言うと、食卓がしん……と静まり返った。

 と思ったら、次の瞬間、アウレールが噴き出した。


「ぷっ……ぷぷぷ。ミア、君ってやっぱり最強」

 小刻みに肩をふるわせて笑う夫と、どうだ!とばかりに目を輝かせる末の妹を交互に見て、ドロテアは呆気にとられていた。


「そんなことをしたらあなたに悪い噂が――」

「どんな噂が立とうと、わたしは一年後にはキュプカ村に帰る身ですし。それにですね、フローラお姉様のためだけではないのですよ。わたしが人探しをしていることはみなさんご存知でしょう?」


「『ディー』のこと? 君の故郷に滞在してたっていう」

 アウレールが問う。


「そうそう。名前と歳ごろと魔力属性だけでは、目星がつかなくて」

「『ディー』がつく名前なんてこの国で一番多いからね。建国の勇者が『ディータス』だから、庶民から王族まで勇者にあやかってディーなんとかがうじゃうじゃ。多いだけに偽名にも使われやすいし」

「わたしが探してる『ディー』は、雰囲気が裕福な商家か下級貴族ってかんじなんですよ。けっこういい家の出って言ってましたし」

「なるほどね。それで、その層が集まる準聖女になって探ってみようと、そういうこと?」

「そういうことです!」


「いいんじゃないかな、ドロテア。ミアにとっては一石二鳥みたいだよ」

 そう言ってアウレールは、新妻に向かって微笑んだ。


 ドロテアが「そうは言っても……」とアウレールに抵抗を試み、フローラが「無理しないでね、ミア」と心配顔をしている間、静かに話を聞いているだけだった父ローレンツは、考え込むような難しい顔をしていた。


 「ディー」の話が出るとき公爵がいつもこの顔をすることを、気付いている家族は誰もいなかった。




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