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19・フローラは聖堂におつとめしたい


 ミアとシシィとヘッダを乗せた馬車がカレンベルク公爵家へ到着した。

 護衛の騎士が前もって到着を告げていたためか、門の近くに騎士たちがわらわら群れている。ミアを、ミアが持ってくる品々を、首を長くして待っているのだ。


「ミア様のお帰りだー!」

「ミア様~、どんな魔物狩れました? どんな素材採れました?」

「コロコッタ捕れました? おれ牙ほしい、牙」

「あっこら抜け駆けすんな」

「おれタラスクスの鱗! 価格高騰しててミア様だけが頼り!」

「魔石見たい魔石」

「レア薬草ォォォ」


 なんだか帰省の回数が増えるにつれ、門で待ち構えている騎士の数が増える気がする。

 ミアが目を白黒させていると、シシィがおもむろに巻いた紙を取り出し、馬車から降りると同時に広げて見せた。


「今回の収穫は~、こちらになりまぁ~す」

 ミアが紙をのぞきこむと、そこにはミアが狩った魔物の数々が記されていた。

(いつの間に作ったシシィ! なんつー準備の良さ……)


「魔素材販売日時は、追って騎士団詰所および使用人休憩室掲示板に張り出しますので~。しばしお待ちを」

「おおおコロコッタある!」

「うーん抽選かな」

「タラスクス四体! やったーミア様すごい!」

「ミア様はお疲れです。はい散った散った」

「ミア様~! 青空商店待ってまーす!」



 ミアはキュプカ村で魔物狩りに参加した際、自分の取り分はきっちり持ち帰ってくる。


 魔物から得られる素材や魔石は、勝手に売り捌いてはいけない。国が許可した業者以外の者が一般に売ることは禁じられているため、ミアは最初、王都の問屋に持って行った。


 しかし問屋の中抜きがえげつない。こんなに商人がもうけを取ったら、庶民は買えない値段になってしまうではないか。


 ミアは腹が立った。アウレールに相談したら「僕が販売許可取ってきてあげる」とあっさり言った。ミアの手元には今、ハルツェンバイン国認定魔素材販売許可証がある。


 おそるべし貴族パワー……。


「貴族ってすごい。簡単に魔素材屋さんになれちゃう。ほんとすごい。やばい。こわい。なろうと思ってもなかなかなれないって、村のおっちゃんたち言ってたのに」

 高価な宝石をもらったかのような眩しい目をして、ミアは手にした許可証を見た。


「ミアくらいの歳の女の子は普通、ドレスや宝石に貴族らしさを感じるものなんじゃないの? ドレスの扱いが雑で愛がないって、ドロテアが嘆いてたけど」

 あきれたようにアウレールが言った。


「わたしだってドレスにあこがれてましたもん。でもいつも着させられたら嫌にもなりますって」


 今でもミアにとって最高のドレスは、露店でディーが買ってくれた妖精のドレスだ。大切なそのドレスをミアは手元に持っていて、時々取り出してはうっとり眺めている。


 そして公爵家で手にした最高の品は、間違いなくこの魔素材販売許可証だった。これさえあれば自分で魔素材の店ができる。キュプカ村に帰ってからも憎き悪徳商人ヤン・アルホフに頼らないで済むのだ。


 そんないきさつを経て、ミアは帰省から戻るといつも、庭園の隅で青空商店を開くようになった。

 身内向けの一日限りの店だ。短期間で捕ったものだから、品数は多くない。


 価格は使用人の財布に優しいお値段だ。

 戦闘向きの魔素材は、公爵家の騎士団員に飛ぶように売れる。

 滋養に良い薬草や、装飾向きの魔石などは、メイドや下働きの使用人に売れる。


 ミアは王都の需要の動向をさぐり、ガウに手紙を書く。「王都では○○が人気上昇中、大いに狩っていきましょう!」と。




「魔素材の整理して値付けしなくちゃね。まあそれより一休みだわ。はーつかれたつかれた。うさこ、くまお、ただいま~」


 ミアは自室に着くやいなやドアも閉めないまま、ぬいぐるみのいるベッドにドサッと寝ころんだ。馬車に座りっぱなしで縮こまった体を存分に伸ばす。


 そこへ白薔薇の妖精のごとき美少女が現れた。

「ミア~。おかえりなさーい」


 十六歳になったフローラは、前からかわいかったがますます美しくなって、男女問わず誰もがふりかえってしまう麗しさだった。この神々しい美少女はわたしの姉なんですよ!仲良しなんですよ!と、ミアは誰彼かまわず自慢したくなってしまう。


「ただいまフローラ。あ~かわいい、あ~きれい~。うさことくまおとフローラ。はぁやすらぎ、はぁ眼福……」

「ミアったら、寝ぼけているの? お茶とお菓子があるけれど、先にお昼寝かしら?」

「お菓子食べる!」

 ミアはがばっと跳ね起きた。


 ミアの反応を待っていたかのように、フローラの侍女クララが入ってきて、てきぱきとテーブルにお茶の支度をはじめた。

 フローラがミアのために手配してくれるお菓子はいつも逸品で、お茶のときばかりはずっと公爵家令嬢でいたくなってしまう。


 カレンベルク公爵家の何が素敵かって、フローラがいることだ。

 聖女であるとかないとか関係ない。そんなことでフローラの価値は変わらない。フローラは至宝である。そうミアは思っている。


「今回もね、フローラにおみやげがあるの。きれいなのが採れたよ~」

 ミアはばたばたと荷物に駆け寄り、革の小袋を取り出した。

 中には丸く磨いた小さな魔石が入っている。


 魔物の魔力が質量をもって凝固したり、屍が姿を変えたりしてできる結晶が魔石だ。魔力を引き出せる魔石は用途が多く高値で取引されるが、魔力がないも同然に微弱で実用的な価値のないものもある。


 実用性がなくとも色合いが美しいものは装飾用として流通しているが、やすりで簡単に磨けるほどもろいので、ダイヤモンドやルビーのような鉱物に比べて高価ではない。庶民向けの素材だ。


 狩りできれいな魔石が手に入ると、ミアは自分で丸く平らに磨いてとっておいた。

 ささやかなコレクションだ。


 いくつも並べるときれいなので、公爵家でもミアは気に入った魔石を並べて窓辺に置いていた。それを見たフローラが素敵素敵と絶賛してくれた。うれしくなったミアは、帰省して魔物狩りに参加するたびに、フローラのぶんもきれいな魔石を持って帰ってくるようになったのだ。


 フローラもミア同様、窓辺に魔石を並べて置いている。透けて色づく影が美しいと言ってくれて、ミアもそうでしょうそうでしょうとはしゃいだ。


「ね、ね、きれいでしょ」

「わあ素敵! 霧の中に虹を閉じ込めたみたい。中に妖精が棲む別世界があるようだわ」

 うすい乳白色に色とりどりの筋がある石を光にかざして、フローラがうっとりと目を細める。


(こんなに喜んでくれるなら、なんでもあげたくなっちゃうなあ)

 ミアはにこにこと美しい姉を眺めた。フローラはまだ社交界デビューしていないが、舞踏会に出たらあちこちの御曹司から山ほど贈り物が届くだろう。聖女ではないから、頑張れば手が届くかもしれない美しい花なのだ。


(聖女ステイタス狙いの男のものになるのも嫌だったけど、フローラ争奪戦もなんだかなあ)


 フローラは文句のつけようのない貴公子とロマンチックな恋愛をして結婚してほしい。

 知性も教養も品性も備え、剣の腕も立ち勇敢で、フローラと並んで見劣りしない美貌に恵まれた、人望のある誠実な青年と出会って大恋愛の末結ばれるのだ。

 鳥は歌い風はそよぎ、ふたりは薔薇園のある白いお城でいつまでもしあわせに……。


「ミアったら。ねえ、聞いているのかしら?」

「えぁ?」

 ミアは我に返った。いつのまにか乙女な妄想世界に浸りきっていた。


「ごめん、なに? 新作のタルトの話?」

 クララが切り分けてくれるタルトを見てミアは言った。おいしそうだ。

「もう。私も聖堂にご奉仕に行こうかしらって話」

「えっ? 聖堂? なんで? えっまさか聖女の力が覚醒――」


「いいえ。聖堂にご奉仕に行くのは聖女だけではないのよ。癒しを施すのは聖女だけれど、一度で怪我や病気が治りきらないこともあるでしょう。包帯を巻いたり、薬草を出したり、聖女の癒しを補助するお仕事があるの」

「フローラがその仕事を?」

「ええ。やりたいの」

「……なんで?」


 立派な仕事だと思うが、大貴族の令嬢がやる話は聞いたことがない。聖女ならば、聖堂で人々に癒しを施す義務があるそうだが、それは豪華な部屋で行う儀式めいたものだと聞く。包帯を巻くとか、「お薬出てまーす」とか、そういう次元ではないのだ。


「私、役に立ちたいの」

 真摯な瞳でフローラが言った。


「ドロテアお姉様は聖堂でのおつとめもこなしながら、この家の管理までなさっているわ。アンネリーゼお姉様は大きな力をお持ちで、我が国の重鎮の方々とそのご家族の健康を守ってらっしゃるわ。ミア、あなたは魔物狩りが得意で、人々を魔物の危害から守れるし、有益な素材を得ることができるわ。みんなお役目があるわ。誰かの役に立てるわ。私は……何もないから」

「フローラ……」

「何年も前から考えていたことよ。私は聖女にならないってわかっていたから」

「大聖女のことを気にしてるなら、それはフローラのせいじゃない。何度も言ってるけど」

「ありがとう」


 フローラは微笑んだが、自分の言葉が届いているわけではないことをミアは知っていた。


 彼女はずっと、自責の念の中に生きているのだ。

 自分の誕生と引き換えに、大聖女であった母コルドゥアを死なせた罪の意識の中に。


「フローラがやりたいって言うのなら、わたしは応援したいけど……」

「本当?」

「けど……。でも……」

「ミアも反対なの? ドロテアお姉様は許してくれそうにないの。公爵家の令嬢がやることではないって。前例がないからって。ミアはそんなことで反対しないと思ったわ……」


「うーん、前例とかではなくて」

「なら、どうして賛成してくれないの?」

「フローラ、あなた自覚がないみたいだから言うけど」

「公爵家令嬢の自覚ならあるわ」


「ちがう、そうじゃなくって! フローラ、あなためちゃくちゃかわいいでしょ、きれいでしょ。白雪の肌に薔薇色の頬に黒檀の髪、おとぎ話のお姫様そのものでしょ。そんな超絶きれいでかわいくて、その上誰にでも優しい理想の女の子がよ、包帯巻いてくれるなんて聞きつけたら男どもが聖堂に長蛇の列じゃない! わたしの大事なフローラが野郎どもにじろじろ見られて鼻の下伸ばされるなんて耐えらんない! わたし騎士の詰所によく行くでしょ、ここんちの騎士なんてみんないい家の出のくせに、フローラが庭にいるのが見えると行儀もへったくれもなく窓に鈴なりになるんだから~! フローラは騎士どものすました顔しか知らないだろうけど、みんなだらしなく伸びきった顔してフローラのこと盗み見るから、フローラを見るときは紳士の顔しろって片っ端からひっぱたいてくんだけど、すぐでれ~っとした顔に戻っちゃうの。だめだめあんなの! フローラに近づいていいのはフローラと同じくらい清らかな貴公子だけ! どこに存在するかわかんないけど!」


 ミアは一気にまくしたてると、紅茶をあおった。

 思ったより熱くてごほごほむせる。しまった。淹れたてだった。


「だ、大丈夫? ミア」

「ミア様、落ち着いてください」

 フローラに背中をさすられ、クララにナフキンを渡される。


「げほげほ。端的に言うと、危ないからやめて~、だよ」

「そんなに危ないかしら?」

「ほんと自覚ないな! そこがかわいいけど! もうわたしが守るしかない」


「それですミア様」


 普段ほとんど会話に口を出すことのないクララが、身を乗り出して言った。


「な、なに? クララ」

「ミア様は騎士と互角に戦えるほどの剣の使い手です。聖堂の奥は男子禁制の場が多く、騎士は入り口までしか連れて行けません。ミア様、あなたなら」


 クララが前に回ってミアの両手をとった。熱い瞳でミアを見つめる。


「フローラ様とともに聖堂の奥まで行くことができます」




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