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16・聖女(魔女)のお招き


 ミアの犬相手の派手な大立ち回りを目にした使用人は多かったようで、「誰?」扱いされていたミアは一夜にしてカレンベルク邸の有名人になった。


 どうやらあの犬どもは極悪だったらしく、閉じ込める前は噛まれる使用人が続出しており、しっぽを巻いてキャンキャン逃げる様に留飲を下げた者が大勢いるとかなんとか。


「躾がなっとらんのよ、躾が」

 今朝だけ特別にドロテアの居間に運んでもらった朝食をいただきながら、ミアファンの部屋付きメイドとおしゃべりする。ドロテアがいたら盛大に怒られるだろうが、今はいないので気楽なものである。


「三匹とも血統はいいらしいのですけど、育て方が悪かったのでしょうねえ。公爵様はお人がよろしいから、お知り合いの貴族に押しつけられたようです。義理もあって処分もままならず、仕方がないのでご領地で猟犬になさるとか」


 血統はいいけど躾がなってないとか誰かさんみたいだなぁとミアは思ったが、それを言ったら「おまえもな」と突っ込まれそうだ。


「あんなの今さら猟犬にだってならなそうだけど」

「結局処分ですかねえ」

「処分て。そんなのかわいそうだなぁ……。ちょっと後で様子見てこよ」

「ミア様、お優しい」

 キラキラした瞳で見つめられてこそばゆい。


 番犬は屋敷の警護も受け持つ騎士団の管轄らしいので、騎士団を覗き見るいい機会だ。さっそく行ってみることにした。




「あっ、ミア様だ」

「ミア様がいらしたぞ」

「ミア様~。ごきげんよう~!」


 犬の様子を見に行きたいとドロテアにお願いしたら、しぶしぶ認めてくれた。

 ミアファンの若い部屋付きメイド、シシィとともに騎士の詰所へ向かう。訓練所広場の横を通ったら、若い騎士たちに次々と声を掛けられた。


「どーもどーも。おはようございます」

 深窓の令嬢ではないので、気安く声を掛けられたら気安く応えるミアである。


「ミア様、きのう凄かったです。今までどちらで訓練を?」

「実地訓練というか、実戦です~」

「実戦!? まさかどこかの兵団に」

「いやいや、魔物討伐隊ですよ。民間の」

「民間魔物討伐隊!? なんと、そのお歳で冒険者を……」

 若い騎士たちは顔を見合わせ、なんとも哀れっぽい目でミアを見てくる。


 「冒険者」こと民間魔物討伐隊は、恵まれない者たちが最後にたどり着く底辺稼業みたいに言われていることは、なんとなく知っていた。それにしたって、あんまり「かわいそうな子」を見る目で見ないでほしい。


(全然悲惨な生活じゃなかったけどなあ)

 人望のあるガウのおかげかもしれない。母モニカの生前の活躍のおかげで蓄えがあり、貧しくもなかった。冒険者の中では恵まれていたのだ、きっと。


「十歳で、魔物相手に数々の死地をくぐりぬけて……」

「おいたわしい」

(いいや、言わせておこう)

 説明するのもめんどくさい。それに、自分は十六歳を過ぎたら冒険者に戻るのだ。憐れまれようが蔑まれようが、自分がやることは魔物狩り。ミアはそう決めている。


 そもそも自分が公爵家へ来て勉強するのは、下に見られがちな冒険者の地位を上げるためなのだ。知識がないと騙されて損したり、貴族や大商人にいいように扱われたりしてしまうらしい。がんばっているのに騙されるなんて嫌だから、ここへ来ることを承知したのだ。


 ミアはきりっと顔を上げた。


「いっぱい魔物倒してきたから、わたし、強いんですよ」

 ミアを見ている若い騎士たちの顔から憐みを消し去るように、胸をそらし強いまなざしで、ゆっくり騎士たちを見回す。


「た、たしかに」

「いい腕でした。スピードがあって。見惚れました」

「あのような素晴らしい剣技を見て、我々ももっと励まねばと思いました」

「十歳であれをと思うと、正直妬ましさすら感じます」

「ミア様のおかげで、あの手を焼いた犬たちがすっかりおとなしくなって」


「そうそう、あの犬たち。ちょっと見に来たんですー。これからどうなるのかなって。ぶっ叩いちゃったから、それも大丈夫かなって」

「優しいですねぇ、ミア様」

 騎士たちのほめ言葉に、部屋付きメイドのシシィが「そうです、ミア様はお優しいのです!」とかぶせてきた。


 さすがにこそばゆくてそらした胸が縮こまってしまう。優しくなどない、魔物なら今まで容赦なくやっつけてきたわけだし……と、心の内であたふたする。


 小屋と周辺を調査するため、犬たちは小屋に戻されずに詰所の裏につないであるらしい。


 若い騎士たちに連れられて裏へまわると、きのうあんなに狂暴だった三匹が、ミアを見ておびえたように地に伏せた。

 その恭順の姿勢に、ミアはすっかり気を良くした。



「ははははは! ひれ伏せ犬ども! わたしが勝者だ!」



 ミアは三匹の前に君臨するように大股で立ち、高らかに笑った。


 詰所の窓からミアと犬たちの様子を見ていた騎士団長とアウレールが、ミアが命じれば犬たちは躾を受け入れるかもしれないと思いついたことは、後になってミアの知るところとなるのだった。




 ミアがフローラにもらったうさぎとクマを連れて中央に部屋を移して、数日が経った。


 部屋付きメイドはドロテアの部屋付きから変更になったシシィと、西端の部屋で世話になっていた真面目なヘッダだ。シシィはミアファンだし、ヘッダは公正さを買われてミア係になったメイドなので、意地悪されることはない。


 フローラの部屋にも近くて行き来が楽だし、ドロテアは前ほど厳しくないし、勉強が始まって忙しくはなったものの、総じて快適な令嬢ライフを送っている。


 そう、アンネリーゼのことさえなければ。


 犬に追いかけられたあの日以来、ミアはアンネリーゼと全く会っていない。アンネリーゼは部屋が上階で使用する階段も違うし、家族の食卓にも現れない。公爵やドロテアさえなかなか会えないらしい。会おうなんて思わないミアには会う機会がない。むしろ避けたい。怖いから。


「公爵は……お父様はアンネリーゼお姉様を叱ってくれたかなあ」

「私にはわかりかねます」

「お父様が叱ったところでどうもならないだろうけどさ」

「……」

 真面目なヘッダは答えに困ったのか、押し黙った。もとより返事は期待していない。


 アンネリーゼの報復が恐ろしいので、ミアは一人では部屋の外を出歩かず、フローラかシシィかヘッダと一緒に行動する。家の中なのに誰かを警戒して暮らさなければならないなんて悲しい話である。


「さっさとお嫁に行ってくれればいいのに。でもそうしたらあれが王妃様かぁ。ハルツェンバイン国、おわった」

「……」

「第二王子が王位につくかもって話、ちらっと聞いたけどほんとかな」

「私にはわかりかねます」

「第二王子で良くない? で、もっとマシな嫁もらってもらおう」

「……」


 返答できない話ばかりするせいか、さっきからヘッダが困っている。

 話題を変えようとミアは廊下をきょろきょろ見回した。今は図書室へ移動中なのだ。


「お姉様たちのお母さんの肖像画があるってきいたけど、どこに飾ってあ――」


「大聖女の肖像画なら正面玄関ホールよ。妾の子なんかが通ったらいけない場所」


 ふいに鈴を鳴らすような声がした。

 おそるおそる背後を振り返る。


 絶世の美女がいた。窓から差し込む午後の光が陰影を与え、その姿はまるで絵のようだ。


(でた~~~~~~!)


 次女のお出ましに、ミアはどっと冷や汗をかいた。どこから聞かれていただろうか。タイミング的に、第二王子が王位についてマシな嫁もらえばいいと言ったところを聞かれていたかもしれない。


(やばい。殺される)

 いや、拷問で生殺しかな。相手が死にかけても治せるのだ、この女は。なんというおそろしい能力だろう、治癒力って。とても拷問向きだ。


「そんなに怯えた顔しなくてよろしくってよ」

(いや無理ですけど)

 心の中でミアは答えた。


「妾の子は妾の子らしく慎ましやかにしていれば、わたくしなぁんにもしないって言ったでしょ」

「ええと、わたしの母は大聖女様のご生前にはお父様と知り合っていなかったので、妾というわけでは……」

「あなた少しばかり出過ぎたところがあるから直したらいいわ」


 アンネリーゼがドレスの胸元から扇を引き抜いた。

 反射的に鼻を押さえてしまう。


 アンネリーゼはふふっと小さく笑うと、扇を開いて口元を覆い、ひそひそ声で言った。

「ねえ。少しわたくしの部屋でお話しないこと?」

(えっ、やだ)

 ミアは鼻を守ったまま顔をしかめた。


「あなたに拒否権はないの。おいでなさい」

「ドロテアお姉様に相談しないと……」

「ねえ、耳がないの? 聞こえない耳なんていらないのではないかしら」

 ミアは両手で両耳を守った。しかしそうすると鼻の守りがお留守になってしまう。


 あたふたしていたらアンネリーゼがヘッダに視線を移したので、ミアはヘッダを守るように前へ出た。身にしみついた戦闘の構えで。


「なんの真似なの?」


(魔物討伐の構えです)


 アンネリーゼはミアにとって魔物のようなものだった。




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