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3話 お仕事開始



 ユベルとレイナの話し合いが終わり、レイナは自分の家へと帰っていった。


「あの村長、逃げやがった」


 ユベルによる上に立つ者とは何たるものかというお勉強から適当な理由をつけて逃げたレイナ。流石に新参者であるという自覚があるユベルはいきなりあーだこーだと口出しするのは悪手であると考え、それを追いかけようとはせず、自身のリビングにあるソファに深く腰掛けた。


「それにしても、相談役か・・・。転生してからここまでまさに波乱万丈な人生だったな、俺」


 ユベルは自分自身が辿ってきたこれまでのことに思いを馳せた。


 地球で死んで、異世界に転生してテンプレの踏襲のような展開で魔王になって頑張っていたところを勇者に討伐される。別に世界征服とか考えてはいなかったし、それらしい怪しい動きもしていない。自国を豊かにするためだけに注力して頑張っていた。まあ、そんな姿勢が何か準備をしていると思われて他国の人間に疑われたのが始まりなのだが、そんなのユベルからしたらふざけんなと言いたいことだろう。


 しかも、勇者が来るまでに良い思いをしたかと言われればそういうことは一切ない。


 修行に時間を全振りしたせいで友達は出来なかった。恋愛なんて以ての外。努力が実を結んで魔王になってからも国の政治やらなんやらでプライベートな時間を設けることはほとんど出来なかったし、たまに空いた時間は修行とRPGのような四天王という幹部を作ることに費やした。


 王になったら家臣たちが結婚を強制してきた(実際は大量の縁談のせいで本来の仕事が出来ないから早く身を固めてくれと懇願していた)のでお見合いをしたが、お見合い相手は全員が貴族の令嬢。実家の息が掛かっているので日本基準のイチャラブは出来ないし、そもそも結婚した令嬢達は全員魔王の王妃という立場にしか興味がなく、ユベルには目もくれなかった。ユベル自身もそんな相手に気を許すわけもなく、信頼できる部下(頑張って作った四天王)に余計なことをしないように隔離させていた。


「悲し過ぎる。あれだけ頑張ったんだからちょっとは良い思いしたかった・・・」


 ユベルは悲しんでいるが、それが出来るのは今置かれている状況が良いからである。だから過去を思い返す余裕が生まれていた。


「そういえば、無駄に突っかかってくる妃がいたな。忙しかったから相手してなかったけど」


 妃達は我が儘が凄まじかったので部下に重要な要件以外はユベルにまで話を通すなと言っていたのである。なのに頑張ってユベル本人に直接物申してくる。


「部下の抑制を搔い潜ってまで俺に何かと突っかかってくるなんて、底抜けに強欲な妃だった」


 ユベルは渋い顔をしながら言われた内容を思い返す。やれ「妃になったのにエスコートされたことがない」だの、「閨に呼ばれたことがない!私だけ避けて他の妃の相手しているのか!?」だの。やれやれだぜと言わんばかりに首を振るユベル。


 しかし、ツンデレ的に変換すればエスコートの件は「デートに連れて行ってもらったことない」、閨に呼ばれなかった件は「私だけそういう相手にされてない。仲間外れにしないでよ!相手したいんだから呼びなさい」と変換も可能である。実際その妃はツンデレだった。だが妃本人が訂正しない限り、現状でユベルはその妃に対する見方を変えることは出来ないのだが。


 実に惜しいツンデレさんである。ツンデレであると分かればユベルもまともに相手をしただろうし、ツンデレ妃とユベルはイチャラブ出来ただろうに。


「まあ、今更考えても仕方ないことか。それに妃達は勇者侵攻の際に全員実家に帰したし」


 ちなみに、ユベルは実家に妃を帰した時点で全員と離婚している。多少魔王として強権を使ったが、妃の実家からはそこまで強い反発はなかった。ちなみにツンデレ妃は離婚が成立した時、ちょうどツンデレ妃は実家に帰省しており、ユベルに物申せなかった。暴れてユベルの元に行こうとしたが、実家に止められて身動きが取れなかったため、それは叶わなかった。


「勇者とその勇者を擁する国からしたら魔王の家族なんて粛清対象だろうからな。やだやだ。連座制なんてするもんじゃないね」


 魔王が死ねば妃はそれに準ずる者として死刑であろう。その判断からユベルは離婚することを各貴族に認めさせたのである。利権が欲しいだけの不忠誠の貴族はこれ幸いと了承して自領に戻っていった。


「ぽっと出の魔王なんて貴族が味方するわけないから仕方なかったけど、ちょっと悲しい」


 ユベルはちょっとセンチメンタルになった。


 ツンデレ妃は今頃魔王が討たれたことを知って同様にセンチメンタルになっているが、それをユベルは知る由もない。


「今頃あの国はどうなっているかな。まあ、俺は死んだことになってるからもう戻ることはないだろうし、こんなこと考えるのは何の生産性も生まない無駄なことなんだけど」


 生まれてから最後の決戦までずっといたユベルにとっての故郷。ユベルはこの悲劇の主人公みたいな状況に浸っていた。(台無しである)


「こんなこと考えてたらどっかで変なフラグが立つし、もう考えないでおこう。さて、夜も遅くなってきたし、明日はレイナの家に行かなければいけないからな。風呂入って寝るか」


 ユベルは風呂場に魔法で湯を張って風呂に入り、2階の寝室で就寝するのであった。




          ・・・




 時は少し遡る。


 ユベルの家から逃げ帰ったレイナは村の集会所に来ていた。そこにはレイナだけでなく、村の各役割を担っているチーム、地球でいう会社の部署のリーダー達が揃っていた。


「村長。どうでしたか?」


 そう聞いてきたのは村の防衛担当リーダーだ。おじさんと言ってもいい年齢で妙に頭の方が眩しくて全員ちょっと目を細めていても決して誰もそのことに文句を言わない。悲しみ・同情・恐怖。色んな感情をない交ぜにした表情を防衛担当リーダーに向けている。ちなみに恐怖の感情を持っているのは主に男達だ。皆、自分が同じようになるかもしれない恐怖を抱えているようである。


「うむ。あやつがこの村にとってプラスになる存在であると判断出来た」


 レイナは先程までのユベルとの会話をかいつまんで全員に話した。特にザワついたのはユベルが自分の家を出した時と相談役のことだ。


 本来ならあんなところに案内して「ここが今日からあなたの家です」なんて言ったら誰だってキレる。勿論、受け入れるといったレイナは家が出来るまでの間、自分の家に泊めるつもりでいた。いくら受け入れたからと言っても当分の間は監視する必要があったからである。


 それを自分達にとっては懐かしさしかない日本の一軒家を出して解決するとは誰も思わなかっただろう。


「あの普通の一般的さ加減。懐かしすぎて泣きそうになったわい。みんなもユベルとの仲を深めたら是非お邪魔させてもらいなさい」


 レイナは慈愛の籠った表情で全員に勧めた。


「まぁ?私はすでにあやつの上司的な立ち位置じゃ。簡単にお邪魔させてもらえるがの」


 マウントを取ることも忘れない。ちょっとムッとする村人達。まあ、これまで何度も同じような感じでマウントを取ってきたことがあったため、心を落ち着かせることもお手の物だ。


「ゲフンゲフン。それで村長。それとは別に相談役についてですが、そんな重要なポジションに新参者の、しかも魔王を名乗る男を就けて大丈夫なんですか?」


 聞いてきたのは狩猟担当リーダーだ。ナイスミドルで髪もふさふさだ。心なしか防衛担当リーダーが羨ましそうに狩猟担当リーダーを見ている気がする。というか、頭の方を見ている気がする。


「適任かと思うんじゃがな~。この村でも私の次の年配じゃし、あの家を自作しておるのじゃ。魔王なんて名乗っているんだから結構多彩っぽい気がするんじゃ。実際のところ、どんなことが出来るのかは後で確認しておく」


「しかし、他の村人と距離が近すぎるのは危険ではないでしょうか?」


 そう不安そうに確認するのは生産担当リーダーの女性だ。


「じゃがな~。他の仕事をさせるわけにもいかんと思うたのじゃ。お主たちの部下に宛がっても扱いに困るじゃろ?」


 レイナの言葉に目を逸らす各リーダー達。


「じゃから私の部下にしたんじゃよ。まあ、相談役に不適格ならその時には別の仕事をしてもらう。その頃には他の仕事があるかもしれないし、お主らも部下にしても構わないという心変わりもあるかもしれん」


「・・・そうですね」


 生産担当リーダーも不承不承といった様子で引き下がる。


「他の皆も良いな?」


 レイナは周囲に確認する。ほとんどの者は微妙な表情をしているが、反対する者はもういない。


「よし。それではユベルには明日から私の家で相談役として働いてもらう。どんな仕事をしてもらうかの説明はしたが、どこでいつからというのはまだ話していなかったので明日の朝にでもあやつの家に行って説明してくるのじゃ。皆も部下や家族に説明を頼む」


「「「「「「分かりました」」」」」」


「誰も来ないとかは止めておくれ。あやつにこの仕事が合っているか判断出来んからな。元々私に相談しようと思ったことを相談してくれ」


「いつからやりますか?」


 商業担当リーダーが確認する。チラチラと防衛担当リーダーに視線を向けている。輝かしい頭部を見ているかと思えばそういうわけではなく、本人に熱い視線を向けている。心なしか頬も赤い。どうやら好意を持っている様子だ。ちなみに商業担当リーダーもおっさんである。おじさんとおじさんのカップリング・・・あまり想像したいとは思わない。


「明日の昼からにするのじゃ。明後日以降は朝、私の仕事開始時間と同時にするつもりじゃ。相談場所は私の執務室とする。何か意見のある者はおるか?」


 レイナの問いかけに反応する者はいない。


「それではこれで会議はお開きとする」


 レイナの言葉で集会所のピンと張り詰めた空気が緩んだ。


「さて、それじゃ私はユベルの職場の準備をしておくかの」


 レイナは談笑しているリーダー達を置いて集会所から出て行き、自分の執務室に向かった。



          ・・・




 次の日。ユベルが朝食を準備しているとチャイムが鳴った。


「はいはい」


 ユベルは自作した魔法コンロの火を止めて玄関に向かう。


「私じゃ」


「レイナ。いらっしゃい」


「実はお主の仕事のことで言い忘れたことがあってな」


「そうか。そういえば俺も忘れていたんだが、いつどこでやるのかとか聞いていなかったな」


「そうじゃ。その件で来たのじゃ。実は昨日会議で皆に話してのう。今日から―――」


 レイナはその場で話を続けようとして家の中から漂ってくるいい匂いに気付く。


「これ、朝食の匂いかの?」


「ああ。ちょうど作っていたんだ」


「すまんな。待っているから朝食を済ませてくるとい――――≪ぐるるるるっ≫・・・スゥー」


 レイナが村長として格好つけようとして大きな音がレイナのお腹から鳴った。


「・・・レイナも食べていくか?」


「良いのか?」


「ああ。そこまで時間が掛からないし、気にすんな。とりあえず上がって待っててくれ」


「うむ」


 レイナは昨日と同じ席に座って待機状態だ。今日のメニューは朝食定番メニューであるトースト・ベーコン・目玉焼き・コンソメスープ・コーヒーだ。ユベルは出来上がった朝食を配膳していく。レイナは今にもよだれが出そうなだらしない表情をしている。


「お主、食料も持っていたのか」


「ああ。空間魔法の中に一年分くらいの食料は放り込んでいる。そこから出した。ちなみにコーヒーとかはあくまでコーヒーもどきだ。他の食材はこの世界の食材で調理可能だが、コーヒーは豆がないと作れないからな。この世界にあるそれっぽい飲み物だから期待しないでくれ」


「そこまで高望みはしない。私はごはん派じゃが、パンも嫌いじゃないからの」


「ごはんもあるぞ?こっちはあんまり量は多くないから使いたくないんだけど」


「ごはんもあるのか!?」


 流石は異世界。パンが主流でごはんは珍しいらしい。ユベルもうんうんと頷く。


「やっぱり日本人たるもの、ごはんが一番だよな。でも米は魔王の権力とか自分の持てる伝手を使って手に入れた貴重なものだからな。魔王じゃなくなったから今後いつ手に入れられるか分からないから目途が立つまではお預けだ」


「むぅ。それは仕方ないな」


「少量しかないってわけじゃないからちょっとだけなら今度ご馳走するよ。流石に村人全員分はないから内緒な?」


「そ、そうか。皆には悪い気がするが・・・」


「いつから村長しているか具体的な年数は分からないけど、かなり長い間村長しているんだろ?たまには贅沢しても罰は当たらないさ」


「う、うむ」


「それじゃ、頂こうか」


 配膳が終わり、できたての朝食を食べ始める。食べている間は無言の時が過ぎる。ユベルはレイナの口に合うかどうかチラチラ様子を窺っていたが、おいしそうにしているレイナを見て安堵して自分の食事に集中した。


 食後にコーヒーのおかわりで一息つくとレイナが今日の本題を話し始める。


「それでユベルの職場なのじゃが、私の執務室の一角を使ってもらおうかと思っておってな。席も用意した。今日の昼から始めてほしい」


「そうか。昨日はレイナの勧めもあってそのまま引き受けたけど、上手くいくかは保障しないぞ」


「分かっておる。一度やってみて、ダメそうなら別のことをしてもらうから安心せい」


「それならいいけど」


「うむ。それじゃあ早速行こうかの。自分の職場になるんじゃ。チェックしておくに限るじゃろ?」


「それもそうだな。それじゃあ案内してくれ」


 二人とも席を立ち、ユベルはレイナの後に続いてレイナの家へと向かう。


 道すがら村人達からそこそこ視線をもらいながらも無事レイナの家へとたどり着く。


「ちょっとした有名人の気分だった」


「日本の一般人ならまずない注目のされ方じゃな」


 レイナはちょっとぐったり気味のユベルを見て笑う。


「それにしても結構大きいな。この世界の通常の村と比較すると結構な大きさの家じゃないか?」


 軽く見積もってユベルの家の4倍程の大きさである。ユベルが大きいと言うのも納得である。


「まあ、この世界の普通の村長の家ならここまで大きくはないだろうな。私の家の場合は家の中に仕事をする執務室もあるからこの大きさなだけじゃ。ちなみに私達はこの世界を基準にしていないから元の世界基準の家の大きさになるが」


 この世界の一般家庭なら1DKか大きくても2DKくらいが家の規模の基準である。地球の、それも日本人なら家族で住むなら3LDKは欲しいと思うのが普通だろう。まあ、ユベルのようにほぼ完全再現は出来ず、木で出来たログハウス的な雰囲気の家になってしまっているが。


「なるほどな」


「それじゃ入ってくれ。いつまでも家の前で注目を集めるのも嫌じゃろ」


「ああ。そうさせてもらう」


 ユベルは家の中に入る。そこには木造ながらも立派なエントランスが広がっていた。


「おぉ」


「何を感心しておるんじゃ。お主、魔王だったのならこれ以上に立派なところにいたんじゃないのか?」


「そりゃ勿論。でも魔王城はファンタジー感結構強めで現実味があんまりなくてさ。こっちの方が現実味があるし、転生する前の日本人な自分が興奮している」


「私的にもガッカリされてないなら良かった。長の家が笑いものにされたらメンツが立たんからのぅ」


「分かる分かる。デカくても良いことないのにメンツがあるからデカくしなきゃならないっていうのがね!」


 ユベルは魔王時代、城の広さにうんざりしていた。掃除代の費用は馬鹿にならないし、一々移動に時間が掛かる。他国からのお客のため、メンツのためにしっかり維持・管理をしなければならないが幾度となく「魔王城、小さくしてぇ」とユベルは思っていた。


「おっと。愚痴はまた今度するとして、こっちじゃ」


 レイナはこのままだと愚痴で日が暮れると思い、話を中断して案内する。こういう仕事やそれに関連する愚痴は無限に出てくるからどこかで切らないと終わらないのだ。ブラックな何かを二人から感じてしまう。


「ここが私の執務室だ。中に入ってくれ」


「ああ」


 レイナは家の1階奥にある部屋へと案内する。


「結構広いな。村長個人の執務室だからもう少し狭いかと思った」


「私達は異世界人だからな。なるべく多くのことを知っておかないといけないから本は商業担当の者に手当たり次第に買ってこさせているのじゃ」


 部屋は本だらけであった。


「いや、にしても散らかり過ぎだろ」


 本は本棚に綺麗に入れられているかと思えばそんなことはなく、普通に机の上、床の上に散らかっていた。しかも結構な量だ。村長の机までの道とユベルの今後定位置になる机までの道は確保されているが、それ以外はスネの半分近くはある散乱ぶりである。


「い、いや~。片付ける時間が勿体なくてな?それにどこに何があるかは把握しておるから安心せい」


「いや、ダメだろ。後で掃除するぞ」


「うぅっ」


 いくら何百年生きているといっても不老で見た目は若いまま。肉体に引っ張られていることもあって恥ずかしそうにしている。


「それで、俺の席はこれか・・・」


 ユベルの席はその周辺だけ「本、避けときましたよ」と言わんばかりにポツンと空いている。その周りは本だらけだが。ちなみに相談役の席と言うだけあってユベルの机の反対側にも相談者用の椅子がある。


「なるほど。レイナの見える位置で相談できるし、ここなら何かあった時にレイナが口出し出来るな」


「そういうことじゃ。不満か?」


「いや?部屋が散らかり過ぎていること以外に不満はない。強いて言えば今後、相談役を続けていくなら秘密性を高めたいから希望者はレイナも聞けないような設備を作らないといけないかもな」


「前半は一言余計じゃ。設備等は今後やってみてから相談してくれ。適宜改善していこう」


「了解した。それじゃ、昼までに部屋を片付けさせてもらう。レイナは自分の仕事してていいぞ」


「う、うむ」


「何か触って欲しくないものや指示があったら言ってくれ。無ければ俺が本棚に本屋張りにタイトル別に並べていくから」


 そういって作業を開始するユベル。こんな環境じゃ相談しにくいだろうと考え、出来るだけ昼の仕事開始時間に間に合うように掃除していく。


「あ、そうそう」


 レイナは自分の書類仕事をしながら口を開く。


「なんだ?」


「今日は昼からだけど、明日以降は朝の9時からここにいてもらう。終業時間は日没じゃ」


「了解」


「相談役がメインの仕事じゃが、私からも助手的立場のお主に仕事を振るからそのつもりで」


「そっちも了解」


「あと、お主の出来ることと出来ないことを知っておきたいのじゃが」


「俺、万能型だから大抵のことは魔法で何でも出来るぞ。攻撃魔法ばっかりの戦闘職じゃないからな」


「それはあの家を見たら分かるわい」


「それと他には――――」


 ユベルは自分の出来ることをレイナに聞かせながら掃除を続けていく。たまにレイナが仕事の気分転換に話しかけてくることもあるが、それ以外は無言で着々と掃除を済ませていく。ユベルの頑張りにより「この部屋汚っ」という評価を「散らかってんな~」レベルまで落とし込むことに成功する。ついでにレイナに散らかさないように会話の中で何度も念を押す。


 そうこうしていると昼になった。ユベルとレイナはユベルが持参した昼食用のサンドイッチを食べた。(レイナはユベルのサンドイッチを分けてもらった)


「そろそろ時間じゃな」


「ああ。でもそんなすぐに相談になんて来ないだろうから残りの片付けをしながらゆっくり待つさ」


「うむ。村人達にはユベルの適正判断のためにもちゃんと来るように言っておいたから来るとは思うのじゃ。村人達も自分の仕事の合間に来るだろうから来たら頼むぞ」


 それからさらにレイナと会話しながら片付けをしながら小1時間。ついに部屋のドアがノックされた。


「どうぞー」


 レイナは入室の許可を出すとドアが開き、外から筋肉質な肌が少し色黒い男性が笑顔で入ってきた。心なしか綺麗な白い歯を輝かせてニッコリしているようにも見える。この村の人間は濃い。服を着ているのになぜかブーメランパンツのみ着用している姿が見えるかのようだ。


「ああ、お主か」


「どうも村長。新入りへ早速相談しに来ました」


「えーっと?」


 ユベルは誰か分からず困っていると筋肉質な男性は自己紹介してくれた。


「どうも。僕の名前はハヤオという。この村で建築担当のリーダーをしている。よろしく頼む」


「俺はユベルだ。聞いていると思うが、村長の助手をすることになった。こちらこそよろしく頼む」


 流石は魔王である。明らかにマッチョなキャラ濃い人間を相手にして受け流している。レイナもツッコミでもするかと読んでいたのでユベルの対応にはビックリである。


 しかし、ユベルは魔王である。部下の獲得のために色んな人材にあっており、この程度ではユベルにツッコミをさせるには至らない。というか、初対面でいきなりツッコミ入れられたら普通は空気が死ぬから絶対にしない方がいい。


「それじゃ早速話を聞こう。座ってくれ」


 互いの自己紹介が終わってユベルは自分の席に座り、ハヤオにも机の反対側の椅子に座るように促す。


「それで相談は?」


「ああ。ユベル君。君にしか出来ないことをお願いしたいと思ってな。これは相談というより依頼だ」


「その辺は緩い括りなので気にしないでいい。それで俺に依頼したいこととは何だ?」


「それは勿論、家についてだ」


 ユベルは依頼内容の説明を要求すると目を輝かせてハヤオは話し始めた。


「村長から聞いたよ!日本の一般的な一軒家を自作したそうじゃないか。実物である君の家も見てきた。その技術を是非我々にご教授願いたい」


「なるほど。全然構わないが、あれ魔法で作っているんだ。結構繊細な操作が必要だし、何より魔力が結構いるぞ?大丈夫か?」


「念を押すってことは結構大変なのかい?魔王の君は言うくらいには」


「ああ。俺もあの一軒を建てるのに結構試行錯誤したんだが、その試行錯誤の分を差し引いてもかなり持っていかれるね。魔王だった俺でも一日じゃ完成させることは出来ない程には」


「な、なるほど」


「俺が建てるなら数日もらえば建てることも出来るけど、ハヤオさんはそういうことを望んでいるわけではないだろう?」


「ああ。我々の手で成し遂げたいのだ」


「それなら俺の家を建てるのに使った材料の詳細とか使用した魔法を教えよう。日本の建築家の人には遠く及ばないからある程度はハヤオさんや他の建築担当の方も試行錯誤してもらった方がいいかと思う。だからこれからハヤオさんの職場にお邪魔してもいいか?」


「そういうことなら是非!だが、君は自分の持ち場を離れても大丈夫なのかい?」


「それなら大丈夫だ。自分の席と俺の耳の近くを空間で繋げておいて他の来客が来た場合は転移で受け付けれるようにする。それに口頭でざっくりと伝えるだけだと間違えの指摘やアドバイスが出来ないからね。人が住む以上は安全面の妥協は許されないし」


「その通りだな。それではお言葉に甘えよう」


 ハヤオの相談はあっさりと纏まった。すんなり行き過ぎてちょっとビックリするレイナ。


「それじゃレイナ。俺はこれからハヤオさんのところに行ってくるから誰か来たらそこの空間魔法で空けた穴に声掛けしてくれ。すぐに戻るから」


「う、うむ。分かった」


「それじゃ行こうか、ハヤオさん」


「ああ。それじゃあついて来てくれ」


 ユベルとハヤオは執務室から退出していく。


 残されたレイナはその手際の良さとユベルの技術の開示による懐の深さに驚いていた。


 本来の魔法使いなら自分の技術の開示なんて些細なことでも嫌がるものである。ましてや先程ユベルも言ったように試行錯誤を重ねているのだから尚のこと。そんな苦労の結晶とも呼べる技術を今日、初対面の相手に対して教授してしまう。


 レイナはこれが魔王かと感心した。


 実際のところはユベルにとっては趣味の延長線上にある技術のため、そこまで重要なものではなく、建築関係は技術向上の助けとなれば村の人達からの信頼を得る一助になると判断したからである。


 それにユベルのぼっちが高じて習得するに至った技術は他にもある。キャンプで使える魔法、花火を再現する魔法、バトル漫画の技を再現した魔法の他、様々な技術がある。


 ここまで披露する相手がいなかったのでその技術が日の目を見ることはなかったが、魔王から解放されたことによりユベルの趣味魔法とでも呼べる代物はついに評価されることになる。


「この調子で頑張れ。私は応援しているからな」


 レイナは優しい表情で出て行ったユベルをこっそりと応援した。


(レイナ、さっき空間繋げておくって言ったの忘れてるのか?バッチリ聞こえてるんだけど)


 後でユベルに聞かれていることを空間魔法で空いている穴を見て理解したレイナは顔を真っ赤にしてうつ伏せになって悶えたのは本人のレイナと空間魔法で繋がっているユベルの二人だけの秘密である。



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