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2話 魔王、就職する



 素敵な異世界生活。


 それは、剣と魔法の世界で活躍するものだったり、ハーレムを築いてヒャッハーするものだったり、大自然のなかでスローライフを満喫するものだったりと様々である。


 勿論、過酷なスタートを切るものもあるだろう。でも、そこから成り上がって最終的には英雄とかハーレム築いたりとかする。結局はやることも到達地点も似たようなものである。


 さて、いきなりどうしてこんな前置きをしているのか。それは魔王の村での立ち位置に関係したりする。


「おーい、ユベル!俺の相談に乗ってくれよー」


「おい!抜け駆けすんな!俺が最初に頼み事をしていたんだぞ!」


「ちょっと待つのじゃ!村長である私が最初じゃ!」


「ちょっとちょっと!狭いんだから皆一斉に入ってこないでくれよ!」


 狭い窓口に押し入る複数の人間。村長であるレイナと村で知り合った人間たちである。


「そもそも、軽い感じで俺に頼み過ぎだ。他にも頼める人はたくさんいるだろ?この村、チート祭りだし。俺の役割はあくまで村長の助手的なものだぞ?」


「長生きしているのはお前か村長ぐらいだし、経験談とか多彩さでいったらお前が群を抜いているんだよ。相談事とか頼み事をして上手くいきやすいんだ。それにお前なら相談事を他の人に漏らしたりしないし!」


「そうそう!意を決して相談したのに次の日には皆知ってたなんてことはまっぴらなんだよ!」


 男性2人がそんなことを言い、圧の強い笑顔を向けてくる。そんなことを言ってくる原因はというと・・・。


「私ほど長生きしている者がこの村にはいないんじゃ!話が合わなくて疎外感を感じていたんじゃ!この前みたいに話し相手になってくれ!」


「村長は村長でその見た目で何を言ってんの。っていうか、そこの二人が言っていることについて俺からも話したい事があるんだが・・・」


 魔王ユーベルリートは呆れ顔で村長であるレイナを見る。


「「「いいから最初に俺(私)の話を聞いてくれ!」」」


「どうしてこんな状態になった・・・」


 魔王はこの村に来た初日を思い出す。




     ・・・




 色々と大変だった一日ではあったが、何とかユーベルリートは無事に村に入れてもらうことが出来た。村の中には基本的に木造だが、どこか日本の建築物のような雰囲気を感じる家や蔵のような建築物が多くあった。魔力も微細に感じるため、補強に使っているのだろうとユーベルリートは判断した。


「ここがお主の土地じゃ」


 ユーベルリートが案内されたのはそんな建築物を粗方通り過ぎた村の外れにある少し広めの土地。


「ここが?何もないんだが・・・」


「すまぬな。本来ならこんな村の外れではない場所に住まわせてやりたいところなのだが・・・」


 そう気まずそうにいうのはレイナである。何故か視線を合わせようとしない。


「分かっている。見た感じだと転移者はいても、俺のような転生者はいないんだろ?元が同じ世界の人間だからって、いきなり魔族を身近に置くわけにはいかないもんな。しかも魔族は魔族でも元魔王だし」


 そう言って理解を示すユーベルリート。転移者の肉体は地球人であってこちらの世界の肉体ではない。魔族という肉体的に高スペックな人種をすぐに身近に置くことが難しいと考えるのは普通だ。優しい言葉とは裏腹に目はジト目になっているが。


「本当にすまん。だが、お主が村の信用を得ることが出来れば近くに住まわせることも出来るはずじゃ。直接的には手を貸すことは私には出来ないが、いつでも相談してきてくれ」


 そう言って微笑むレイナ。焦点はユーベルリートに合わせようとしないが。


 その姿はレイナの見た目とその見た目以上の実年齢とのギャップによって凄まじいギャップというか、色気を醸し出している。しかし、ユーベルリートはそんな妖艶な微笑みに騙されない。


「相談云々はいいんだが、一言言わせてくれ。――――本当に何もないんだが?」


 ダラダラと汗を流しながら視線を逸らすレイナ。


 ユーベルリートの目線の先、レイナの言うユーベルリートに与えられたという土地は、更地であった。


「ほんっとうにすまん!」


 その場で土下座をするレイナ。


「本当は家を準備しようとしたんじゃよ?でも、お主の言う通り、精神は同じ地球人であっても肉体が魔族の人間をすぐにそばに置くことは出来ない。村人の信用を得るまでは村の外れにいてもらうしかない。・・・しかし!そんな都合のいい家はこの村にはないのじゃ!」


 なんだか開き直っているようにも感じるレイナ。


「・・・はぁ。分かったよ。家は自分で何とかする」


「まことか!?」


 ガバッと頭を上げて一筋の希望の光を得たかのような表情のレイナ。


「まことまこと。ただし、どんな家でも文句を言うなよ?村の景観を損ねるとか何とか言って」


「そんな狭量なことは言わんわ!」


「ならば良し」


 そう言ってユーベルリートは空間魔法をもらった土地の上に展開する。


「何じゃ!?何をするつもりじゃ!?」


「いいから見てなって」


 そう言って空間魔法からゆっくりと出てきたのは――――家であった。それも、現代日本の一般的な一軒家を彷彿とさせる見た目である。


「・・・な」


 驚くレイナ。


「魔王時代にこっそり家を作っていたんだ。中も出来る限り再現してある。勿論、テレビとかネットみたいなもんは無理だけどな。魔力で補えるものは全部揃えている。勇者が攻めてくると分かってから空間魔法の中に密かに収納しておいたんだよ。この先どうなるか分からないからってな」


「―――」


 完全に唖然として動かないレイナ。


「おーい。村長?」


「―――ハッ!す、すまん。ビックリしてしまってな」


 レイナはそう言って呼吸を整えるとおずおずとユーベルリートにお願いをした。


「・・・すまん。家の中を見させてもらっても良いか?」


 レイナは郷愁を感じている表情で、今にも泣きそうになっている。


「勿論!」


 ユーベルリートは笑顔でレイナを家の中へと案内した。


 中に入ったレイナは「ほわぁぁ」と気の抜けた声を出している。


 ユーベルリートはレイナをリビングにある複数人用のソファに座らせる。ユーベルリートはその反対の一人用のソファに座って改めて話をする。


「本当は伝統的な日本家屋の方が良かったかもしれないが、流石にそこまでの知識は持ち合わせていなくてな。すまん」


「何故謝る?」


 ユーベルリートの言葉を受けて不思議そうな表情のレイナ。


「村長は口調から察するに、見た目通りの年齢ではないのだろう?なら俺が作った現代の一軒家とかじゃなくて昔ながらの日本家屋の方が良かったんじゃないかと思ってな」


「あぁ。なるほどな。説明はきちんとするつもりじゃったが・・・お主は思い違いをしておる」


「思い違い?」


「確かに私の年齢は見た目通りではない。口調通り、歳もとっておる」


「じゃあ、何を思い違いしているって言うんだ?」


「生まれた年代じゃよ。この内装から見るに、私が生まれた時代とお主が生まれた時代はそう離れておらん」


「え?」


「私はこの世界に転移して、ある能力というか、厄介なスキルを得てしまったんじゃ」


「厄介なスキル?」


「―――不老じゃよ」


「―――ッ!?」


 ユーベルリートはその言葉に驚愕を禁じ得ない。『不老』なんてものが本当に存在しているなど、考えもしなかったのだ。ユーベルリートは魔王になるため、様々な魔法・スキルを調べていた。転生時に魔法・スキルの項目も何度も確認している。しかし、『不老』なんてぶっ飛んだスキルは存在しなかったのだ。


「俺の確認してきた限りでは、そんなスキルに心当たりはないんだが、本当なのか?」


「うむ。これはこの世界の理から外れた異端の力の一つじゃ。異なる世界を移動した者だけが発現する異能じゃ。この力で私は300年以上生きておる」


「・・・そうなのか。―――ん?一つ?世界を移動した者だけ?」


「うむ。察しの通り、この村の者は全員異能を持っておる。流石にこの村で生まれた新しい命達は持ってはおらんがな」


「え?俺、そんなの持ってないんだけど?」


「お主は転移ではなく、転生したのじゃろ?それなら移動したと認識されておらんのではないか?まあ、そこら辺は私も分からんが」


「そ、そんなことってある?」


 ユーベルリート、涙目。


「だが、私達の最初の素のステータスは地球にいた頃と変わりなかったのじゃ。じゃが、お主は違うんじゃろ?」


 レイナはユーベルリートしか知り得ないはずのことを言い当てる。


「なんで知っている?」


 ユーベルリートはレイナの言葉について鋭い視線を向けて言及する。


「鑑定の異能を持つ住民がおるのじゃ。その者に最初に確認を取らせた」


 レイナは素直に答える。恐らくはユーベルリートがこの村に入らせてもらえるかどうかの確認中に判断材料の一つとして視たのだろう。


「その感じだと、かなりの精度みたいだな」


「うむ。お主も鑑定スキルを持っているのも知っておる。それ以上だと認識してもらって構わん」


 ユーベルリートはその言葉に警戒の表情を作る。


「鑑定結果は私しか知らん。それに言いふらさないように言い含めてある」


 この世界では通常の鑑定スキルは大雑把なものしか出ない。ざっくりと説明すると、


 ○○○・○○○○(名前)

 職業:○○

 称号:○○

 レベル:○○

 HP:Cランク

 MP:D

 STR:D

 DEF:F

 INT:A

 AGI:G

 MND:F


 こんな感じで表示される。しかし、ユーベルリートの鑑定はより正確で、ランクの部分が『HP:○○/○○』といったように数値で表示されている。しかも、習得しているスキルや魔法まで確認することが可能である。それ以上の鑑定スキルとなると、どこまで視ることが出来るのか。そんな考えがユーベルリートの頭を過ぎる。


「鑑定の精度がお主よりも上であるという情報を安易に伝えたこと。それを誠意として受け取ってもらいたいのじゃが・・・」


 ユーベルリートがどのような回答を出すのか、最悪の展開だった場合の恐怖と少しの緊張を滲ませた表情でレイナはユーベルリートの表情を窺う。


「はぁ。いいよ、別に。どこまで視えるのかは知らないけど、俺にとって困る情報を知ることが出来るとしても、それを言いふらさないならとやかく言うつもりはないよ」


 ユーベルリートの回答を受けてレイナは緊張を解いた。


「ありがとう。・・・それでさっきの話の続きだが」


「ああ。俺のステータスやスキル構成とかは転生前に俺の意思で決めさせてもらった。もしそれがあなた達でいうところの異能であるなら文句を言う筋合いはないだろうな」


「そうじゃな。まあ、地球と違ってこの世界のルールで身体能力は上がるから、地球では超人みたいなことは出来るようになるし、魔力を得ることも出来たからのぅ。どっちがいいかは私の口からは言えぬが」


「え?マジで?」


(どう考えても俺の方が損してない?後付けである程度何とかなるんじゃ、あんなに必死にステータスやスキル構成考えたの馬鹿みたいじゃん・・・)


 ユーベルリートは内心落ち込む。しかし、すぐに持ち直した。


(まあ、ここの転移者達と違って俺は一回死んでるからな。そういう意味でも転生させてくれた神様に感謝しとかないといけないか。転生した俺は俺という意識を持って人生をやり直させてもらえたけど、転移者は自分の人生をめちゃくちゃにされたと言っても過言ではないし)


 こんなことを思ったからだ。勿論だが、誰しもが転移前の方が幸せであったというわけではない。そこはユーベルリートも分かっている。


「まあ、今更駄々をこねても仕方ないし、みっともないか」


 ユーベルリートは少し脱線してしまった話を戻す。


「それで不老についてだが、さっきの話で一つ疑問がある」


「何じゃ?私に答えることが出来ることなら何でも答えるぞ」


「転移や転生の時期や転移者の数についてだ」


「ああ。当然の疑問じゃな」


 レイナは300年以上前にこの世界に転移している。ユーベルリートの転生した時期は200年以上前だ。しかし、この村には不老の力を持っていないにも関わらず、転移者が結構な人数いる。ユーベルリートはこの村の外れに来るまでに鑑定で称号欄に転移者という表示を持つ村人を何人も視ている。


「一定の時期に一斉に転移されて来たりするわけではないのか?もしくは集団で勇者召喚的なもので喚び出されたんじゃないのか?個別に転移してきているにしては多過ぎる気がする」


「数についてじゃが、地球の年間の行方不明者の数を知っておるか?日本だけでも数万人もいるのじゃぞ?その内の幾人かがこちらの世界に転移していたらこの村にいる転移者の数は別に不思議ではあるまい。時期については私の現時点で見聞きしてきた結果でしか答えることは出来ぬが、私がこの世界に来てから今までで転移してきた時期のズレは数年程度のものであった。恐らくお主の生きていた時代と私の地球で過ごしていた時代は同じじゃ」


「マジか。まあ、時代がズレてたら転移者・転生者同士で疑い合うことになりかねないから悪いことじゃないけど」


「うむ。おかげでこの村以外の場所にいる転移者に説明する際には助かっておる。転移時から過去の歴史の話をすれば同郷の人間であることは分かってもらえるからの」


「待ってくれ。この村以外に転移者は異世界にまだいるのか?」


「勿論じゃ」


「俺、転生してから俺と同じ人間はいないのかなって結構調べたけど見つからなかったんだが・・・」


「魔族の国に転生者はまだしも、転移者はいないじゃろ。それに転移者も他所の人間の国でわざわざ「私は異世界から転移してきました!」なんて言わないじゃろ。頭の悪い人間とかは別じゃが」


「まぁそこは確かに」


 地球で例えたら分かりやすい話である。ある日、コスプレした人間が急に「私は異世界から来ました」なんて言ってこようものなら中二病が長引いている残念な人だと思うか、頭がヤバい人だと思うこと請負である。もしその言葉が本当だとしても、異世界特有の証拠、魔法だったりを見せたら、ヤバいところに捕まること間違いなし。


 この世界でも地球から転移した人はそう言った判断をしたのだろう。この世界にない機械類以外は基本的に証拠になるものは地球人は持ち合わせていない。


 転生者の場合は余計に言わないだろう。自分は前世の記憶がありますなんて言ったら普通は気味が悪いと思われるだろう。ユーベルリートもそう判断して今まで転生者であることはこの世界の人間には誰にも言っていない。


「それにほとんどの転移者はこの村におるしの」


 ユーベルリートはその言葉でここに来てから気になっていたことを聞く。


「それ、気になってたんだ。ここみたいな黒髪の人間ばかりの村なら多少は有名になっているはず。俺、魔王やっていたから知名度がある場所は大体把握している。それでもこの村の話は知らないし、そもそもどこにあるのかも知らない。精霊に連れて来られたからな。ここはどこなんだ?」


「ここは魔族の国と人間の国との間の森の中にある村じゃ。立地的にはちょうど領土の境目の森の中じゃ。大陸の東側にある一番端の森の中じゃからちょっと歩けば海に出ることも出来るから結構いい場所なんじゃぞ?森で狩りは出来るし、山菜は採れるし、海の幸も手に入れることが出来る。野菜は村の中で育てているし、調味料等は外からの購入とこの村で研究している地球にあった調味料を使用しているからな」


 自信満々に答えるレイナ。


「そこは俺も知っている。領土の境目であること、敵国に利用されては困る場所でもあるからな。森なんて潜伏するには持ってこいの場所だし。でも、それならこの場所は結構見つかる可能性もあって危険なんじゃないのか?」


「そこはこの村を作った最初の転移者に感謝じゃな。初代村長でもあるが、その者の異能でこの村、異界になっておるから」


「っはい!?」


 ユーベルリートは異界という言葉に驚いてしまう。


 異界を作るなど、新しく世界を創造するのと余り変わらない。規模が村レベルなので驚くだけで済んでいるが、これが世界単位だとまさに創造神と言っても過言ではない程の能力になってくる。自分がそんな場所にいることにユーベルリートは驚愕を隠せないのだ。


「驚くのも無理はない。じゃが、この村が異界にあるからこそ、我々はこんなにものんびりと過ごしているのじゃ」


「まあ、精霊に連れて来られた時点で普通の場所ではないと思っていたし、異能のことを教えてもらったから驚くだけで済んでいるけど、これがこの世界の住人に知られたら驚くだけじゃ済まないだろうな」


「そうじゃな。だから隠している。それに下手にこの世界の人間がこの場所を知り、転移者の村であるという秘密がバレてしまった場合、とんでもないことになりかねないからの」


 とんでもないことというは勿論、異能によるチートを利用しようする輩が出てきて大きな争いにこの村が巻き込まれてしまう場合である。そうでなくても面倒事には確実に巻き込まれるだろうとレイナは分析していた。


「俺と大体同じ時期からの転移者ばかりなら、外でチート使って活躍したいって人間、絶対いると思うんだが」


「そこは私も分かっておる。その場合の対処法もしっかりとある」


「へぇ?」


「お主の実力なら今後、外に出ることもあるじゃろうから教えておくが、『契約』を行う」


「あぁ、なるほどね」


 ユーベルリートはレイナの回答に納得する。この世界の『契約』は地球でいう口約束や法的に拘束力のあるものではない。魔法もあるこの世界では契約者本人に直接効力を持つのだ。効力の種類は用いた力によるが、基本的には魔力が主流である。何らかの話を誰にも言うなという『契約』なら他の人に言うことは出来ないし、言わないように用いた力による強制力を働く。勿論、その『契約』に抗う方法もあるが。


「だが、『契約』が破られたらどうするんだ?」


「ほぼあり得ん。この村で一番強いのは私だからな。伊達に何百年も生きてはいないわ」


「そりゃそうか」


 『契約』に抗う方法は契約者が強制力を撥ね退けて契約主より上位の力で『契約』の内容を破棄するか契約内容を上書きすること。しかし、『契約』に用いた力で抗うことが出来るため、強者しかこの『契約』をしようとはしない。『契約』を使用している時点でレイナ、もしくはこの村の誰かが強者であることは明確である。そうユーベルリートは理解した。


 しかも、契約主であるレイナは転移してから数百年もの間、この世界で生きている。その間、魔法等の力に関する研鑽もしている。その力量差を通常の人間種の寿命で超えることはほぼ出来ないだろう。


「『契約』の内容は至って簡潔明瞭。この村に関する全ての情報をこの村の外部の人間に話すことを禁ずるというものじゃ。力を誇示したいなら止めはしないが、この『契約』だけは必ずしてもらう」


「そうやってここを守ってきたってことか」


「そうじゃ。ちなみにこの『契約』の内容にはもう一つあっての。外でもしも転移者を見つけた場合、私達に必ず発見後、近いうちに報告するというものじゃ。連絡手段もあるしの」


「連絡手段?スマホとかと同じことが出来る魔法か何かがあるのか?」


「召喚魔法じゃよ。外に出た人間と村にいる人間双方で報告用の小動物と契約してもらう。それで小動物に手紙を持たせて村の契約者へ送るという方法じゃ。このシステムを作るの、めちゃくちゃ大変だったんじゃぞ。本来は呼び出さないといけない召喚魔法を片方が手紙を持たせて送還するだけで半強制的にもう片方に強制召喚させる方法とか」


「それは結構大変だろうな。魔法創造とほとんど変わらない」


 魔法を創造するなど、プログラミングからゲームを作るのと同義である。しかも、転移者は初めから魔法に触れてきたこの世界の人間ではない。プログラミングの「プ」の字も知らない初心者が知識もないまま作ったと言っても過言ではない。


「そうなんじゃ!今の若者はその有難みも深くは理解しようせずにこの報告技術を使っているがの!」


 レイナもこの特殊な召喚魔法の創造には携わっているのだろう。プリプリと怒っている。


「だが、さっきの説明でそこまで理解してくれて嬉しいぞ!」


「あなたには負けるが、俺も結構な年月をこの異世界で過ごしているからな」


「女性に対して「あなたの方が年齢上ですよ」と言っていると同義の発言については言いたいことはあるが、まあいいわ」


 自身の大変さを理解してくれた嬉しさでユーベルリートの失言は許されたようである。


「私からも聞きたいことがあるのじゃが。お主、この村でどのように過ごすつもりじゃ?」


 レイナは今後に関わる話をする。確かに、すでに村として完成されている場所でどのように過ごすかは重要である。これが開拓し始めた村ならば魔法等で力を貸すことも可能だっただろう。そこから村に馴染んでいけたはずである。しかし、この場所に来るまででユーベルリートが村を観察した限りだと、ユーベルリートを必要とする『何か』は何もない。唯一必要になりそうな村の防衛は異界化しているという条件と村人のチート所持のおかげでユーベルリートの力は必要なさそうである。


「とりあえず、自給自足出来るように畑でも作ってゴーレムに世話でもさせようかと思っていたけど」


「それ、最初だけしか手間掛からんのじゃないのか?」


「うっ。確かに」


 ユーベルリートは改めて考える。


「いや、定期的な狩りもすればいいんじゃないか?」


「余りやり過ぎてたら村の狩りを生業にしている者が困ってしまう。自重して欲しい。なるべくなら村で買って欲しいところじゃ。この村でも外と同じで基本的に金銭で購入・売却を行っているのでな」


「お金は有り余るくらいには持っているが、それでも有限だからな。そうなるとやっぱりある程度は自給自足しながら仕事をしたいところ・・・」


 ユーベルリートは「どうしたものか・・・」と悩む。お金はかなりある。


「私からの提案なのじゃが」


 そんなユーベルリートにレイナが一言。


「私に雇われないか?」


「ん?」


「今、この村で必要とされている職業はない。勿論、畑仕事や狩り等の生きていく上で必要な職業に就くことは出来るが、お主の能力の一部しか活用されないだろう」


「それはつまり、村長の部下になれば俺に合った様々な仕事をすることが出来ると?」


「うむ。私の下には様々な相談や個人では解決出来ない依頼が来る。今までは私一人でそれらを全て捌いていたのだが、流石にキツくてのぅ。助手的な人材が欲しかったんじゃ」


「この村に元からいる住民から採用しなかったのか?」


「この村の住民はほとんどがチート持ちじゃ。しかし、基本的に持っている能力に特化しておる。一時的に手助けを依頼することはあるが、毎回そんなことをしていては私の手間も増えるし、依頼される側も元々持っている仕事が捗らん」


「なるほどね。確かにそういう事情なら俺にってのも分かる」


 ユーベルリートはRPGな魔王と同じでかなりオールマイティである。後衛寄りのステータス構成にしているため、完全な万能型ではないが、大抵のことは一人で出来ると自負がある。


「それにお主はこの村で人生経験も私の次にある人物じゃ。相談事には歳を重ねた者の方がいい。これは私の持論じゃ。酸いも甘いも知る者が一番良い。そういう意味では私より王をしていたお主の方が適任じゃな」


「まあ、確かに俺も結構な年寄りだし、その分だけ苦労もしてきた。けど、その経験にも結構偏りがあるからな。この村に一人で来ている時点で分かると思うが、身近な幸せとは無縁だったし」


「なんじゃ。お主、王だったのに妃もいなかったのか?」


「いや、妃は数人いたさ。所謂、政略結婚ってやつで。まあ、妃になることが目当ての面倒くさい奴しかいなかったけどな。根が日本人ってこともあって、俺の立場にしか価値を感じていない妃相手に夫婦らしいことなんて一つもする気になれなかったけど」


「苦労しておるんじゃの、お主・・・」


 レイナも日本人な価値観を持っていることもあり、「うわぁ」と可哀相な者を見る目でユーベルリートを見た。さっきまでの「苦労した者が相談事には適任である」と言っていた癖に、なんだその顔はと言いたい気持ちをグッと抑え、ユーベルリートは話を纏めに掛かる。


「まあ、そんなわけだ。それでも良ければ是非雇ってもらいたいね」


「そうか!」


 ユーベルリートの承諾の言葉にレイナは嬉しそうにしながら、手を前に出した。それにユーベルリートは応じ、握手する。


「それではこれからよろしく頼む、ユーベルリート!」


「ああ、こちらこそよろしく。それと名前はユベルでいい。ユーベルリートって長いし、魔王としての名前はもういらないから」


「うむ、分かった!ユベルも私のこともレイナで良いぞ!」


「分かった。レイナ」


 こうして魔王ユーベルリートは異世界人が暮らす村の住民、ユベルとなったのだった。















「それじゃ雇用形態について詳しく話し合うとしようか」


「いい感じに話が纏まったのに小難しい話を持ち出すんじゃないのじゃ!地球じゃ雇う側になったことなんてないから困る!」


「レイナには良くしてもらったからな。そこら辺は魔王をしていた俺が教える」


「嫌じゃ!異世界に来てまで地球でやっていたような勉強なんてしとうないのじゃ!」


「おい!逃げんな!」



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