1話 やり込んだRPGでよくある一幕(魔王視点)
久しぶりに新作を投稿します。
よろしくお願いします。
(え?え?ちょっと待って?)
薄暗い城の中で困惑の表情を何とか抑え込もうとする。それでもどうしても滲み出てしまう。
「ついにここまで来た。魔王!私達はお前を倒す!」
「フ、フンっ。羽虫が耳元でブンブンとうるさいな。今、片手間にでも掃ってやる」
20代前後の整った顔立ち。サラッとした長い金髪を後ろで束ね、凛とした表情で相対する敵を見据えている。彼の者こそ勇者。世界に祝福され、世界の害となる存在に絶大な滅魔の能力を有する者である。
そんな勇者の後ろには所々がボロボロになっているが、それでも五体満足で敵意を持って自分達の先頭に立つ勇者と同じく敵を見つめている4人の勇者の仲間達がいる。ありきたりの場面。手垢でベッタベタのテンプレ。そんな状況が今、広がっていた。男性が一人もいないことには若干の作為が感じられるが、そこら辺は敵も空気を読んだ。
そんな敵である彼はというと。
(いやいやっ!!!!軽い気持ちでステータスチェックしてみたら、なんでレベルMAXなの?俺ってばゲームで言うところのラスボスだよ?大体RPGってラスボスはレベル60~70くらいあれば多少の苦戦はするだろうけど、勝てるんだよ?なんでカンストしてんの?)
もはや泣きそうになっているのは魔王と呼ばれた男。真っ黒な髪が目元を隠し、それが陰鬱な雰囲気を醸し出している。体は後衛の魔法使いでありながら意外としっかりしているが、流石に前衛を担当している者ほどではない。
「覚悟しろっ!!!!」
そう言いながら魔王に飛び込んでいく勇者。
(待って待って!!皆知らない?!RPGでレベルMAX状態でラスボスと戦う時のコレジャナイ感というか、ちょっと虚しい感じィッ!!)
魔王は魔力を放出して膂力を底上げし、何とか飛び込んできた勇者と距離を取る。
魔王の鼻先を輝かしい聖剣の光の軌跡が掠める。鼻にヒリついた感覚を覚えながらも勇者の剣を振り下ろした隙につけ込んで魔王渾身の火魔法が放たれる。
勇者はその死に直結してしまうレベルの魔法に対して、動かない。魔王はそれを不思議に思いながらも躊躇は自分の首を絞めると判断し、全力をいきなり出す。
勇者は何もしなかった。魔法が至近距離でぶつかり、かなりの威力の爆風が魔王と勇者の間で巻き起こる。魔王の視界も煙で遮られてしまう。だが、魔王は油断しない。何故なら・・・。
(カンストってのは、レベル差って奴は理不尽だって俺は知っているからな!)
煙で視界が塞がれても、魔力探知で動きは分かる。その視覚とは別の探知方法で知覚した。危険がせまっていることを。すぐさまその場から離脱する。案の定、まるでダメージなどなかったかのように魔王がさっきまでいた場所目掛けて駆け込んできて、斬りかかる勇者の姿が。
(これだからレベルってやつは!)
自分自身も恩恵を得ているので滅多なことはあまり言わないようにしている魔王であるが、今回ばかりはそう言いたくもなる。魔王のレベルは80。レベル60前後の勇者と仲間が集団で戦ってようやく互角の存在である。それが人間の種族レベル上限である150に到達しているのだ。しかも勇者パーティー全員が。これは魔王でなくても文句を言いたくもなる。
勿論、レベルに2倍近くの差があっても簡単にはやられはしない。種族的な優劣があるのだ。肉体的に圧倒的なスペックを持つのが魔族であり、魔王だ。勇者相手と言えど、1.5倍換算くらいはした方がいい。それでもレベル的に上回られている状況で、しかも相手は勇者1人ではなく、仲間も含めた5人だ。魔王が涙目で必死になるのも当然のことだろう。
「クッ!流石は魔王。私の渾身の一振りを難なく避けるか。神々の元で修業してきてよかった。あれがなければすぐさま私達はやられてしまっていただろう」
「さ、先程の攻撃が渾身?なるほどなるほど。これならば本気を出さないくても良さそうだ」
と強気な発言をする魔王だが、内心はというと。
(は?は?は?何何何?さっきの攻撃が全力?全力出したのに余力が有り余ってる様子にしか見えないんですけど。ステータスに変動が魔力も含めてほとんどないんですけど?なんでそんなバグキャラになっちゃってんの⁉俺はさっきの回避だけで魔力の1割使っちゃってんだけど!っていうか、神々の元って何っ!?俺を担当した神じゃないよな?もしそうならマジで許さん!!)
すでに絶望しか感じていない様子である。確かにほとんどステータスが微動だにしない相手に対してこちらはすでに1割減。後9回先程の攻撃をされただけでやられてしまうだろうことが分かってしまう。
「勇者様、私達も!」
後ろで先程の一瞬の攻防を見ていた勇者の仲間達が駆け寄ってくる。それを見た魔王はというと。
(ヒィッ。勇者一人でもギリギリなのに、これ以上は完全にオーバーキルなんですけどッ⁉)
心の中では完全に泣いていた。
「皆・・・ありがとう。でも、今の攻防でハッキリした」
(何々?何がハッキリしたっていうんだ?)
勇者の言葉一つ、身振り一つにドキドキが止まらない魔王。その様はまるで好きな相手の言動に一喜一憂する恋する乙女の様である。これが恋?
「やはり、この魔王は危険だ。私達が束になって挑んでも勝てないかもしれない・・・。もし、勝てたとしてもここにいる何人かはやられてしまうだろう」
(いやいや!多分、このまま全員と戦ったら普通に俺、負けちゃいますけど!っていうか、現状でさえ勇者一人にすでに簡単に負けてしまいそうなんですけど!!)
魔王は勇者の思い違いに心の中で叫ぶ。表情はビタイチ動かないが、それも動かさないように必死になっているだけだ。
(そもそも、なんで俺はここで勇者達相手に一人だけで戦っているの?一応、国の長なんですけど。何で兵士とかいないの?普通に国王殺人事件じゃん。駆け寄って来いよ、側近達ィ!)
魔王、ファンタジーの王道に対して文句を垂れる。
この魔王が治める国には四天王がいる。というか、魔王が作らせた。当然のことのようにいると思ったらいなかったからだ。その時の魔王の心情的には「せっかく魔王になったのに四天王無し?そんなの魔王としてどうなのよ。無いなら作るしかねえな!」なんてことを思っていた。っていうか、堂々と良い笑顔で宣言していた。勿論、そんな困った国王に対して傍に仕えていたメイドは呆れていたが。
だが、頑張って作った四天王はここには来ない。何故なら魔王の所に至るまでに勇者達が倒してしまっているからだ。兵士達も来ない。上司にして指揮官だった四天王が負けているからだ。いや、普通ならそれでも国を守るべき兵士なら国王を守りに来ないといけないのだが。今でこそ半分廃れているが、力こそ正義的な風潮がこの国にはあるのだ。簡単に言って、魔王より勇者の方が強いと判断して助けに来ないのだ。一緒に死ぬのは御免であるとばかりに。
兵士が来ないことに対して文句を言いながら、その可能性に至ってしまった魔王はさらに凹む。
――――いや、分かってたけどね。そうじゃないかって思ってたけど。でも、一人くらいは俺の身を案じてここに来てくれもいいんじゃない?
魔王はそんなことを思った。勇者と仲間が話している数瞬の間でそんなことを思った。そして周囲を見渡してみた。
誰もいなかった。
陰から隠れて様子を見ている者すら誰もいなかった。
(誰か様子ぐらい見に来いよぉぉぉおおおおっ!!!!どんだけ人望ないんだよ、俺はぁ!!!)
頑張ったけど、魔王限界。すでに目の端に涙が・・・。
魔王、涙なんかじゃないやい!とばかりに首を振って振り払う。その周りにはキラキラと光る何かが。
「勇者様!私達は仲間です!皆で生きて帰りましょう!」
「ああ!そのためには全員で魔王を倒さなくちゃな!」
魔王が悲しい考え事をしている間に勇者の話し合いは終わったようだ。聖剣の矛先を魔王へと再び向ける。知らないうちに勇者側にはドラマがあったらしい。全員、どこか表情というか、顔が濃い。まるで昭和の熱血スポーツ漫画の主人公のようだ。ファンタジーな魔法の世界ではミスマッチ過ぎる。顔立ちが洋風だから余計に。
「ふぅ。この魔王を敵にして眼前で無防備にお話し合いか?舐められたものだ」
やれやれと首を左右に振る魔王。さっき振り払った涙が残っていたわけじゃないんだよ?ホントだよ?だから周りの光る液体に警戒心を抱かないでください。お願いします。
「そちらこそ、そんな無防備な相手に何もしてこなかったじゃないか」
「フン。何をしようとも結果は変わらんからな」
(しまったぁ―――っ!!攻撃すればよかった。もしくはとんずらすればよかった!)
出した言葉とは反対な超卑屈で卑怯なことを思う魔王。そんなんでいいのかと第三者が見ていたら思った違いない。
「いくぞ、皆!」
「「「「はい!」」」」
一斉に勇者とその仲間達が魔王へと駆け出した。勇者は手に持つ聖剣の能力を発動させている。仲間達はそれぞれ自分の最も得意としている能力を発動し始めている。その能力の余波とも言える波動が魔王を襲う。すでにその余波だけでじりじりと魔王のHPを削っている。簡単に魔王のHPを削るレベル差。魔王はまた泣きたくなった。
「持てる力全てを込めて放つ!うおおおおおおおっっ!!!」
「「「「はああああああっ!!!」」」」
「何っ!?」
(いきなり!?いきなり全力全開で攻撃すんのかよ。拮抗した戦い。ボロボロになりながらも最後の力を振り絞って全力の攻撃を放つ。そして何とか辛勝し、涙の大団円・・・。これがRPGの最終決戦ってやつでしょうがぁぁあああああ!!なんで戦闘の序盤で全てを振り絞ろうとしてんの!?)
勇者達の発動する能力はどれも極大。仲間の能力一つだけで四天王すらも倒してしまうだろう。魔王すら致命傷になりかねない威力だ。それが計5つ。しかも、勇者の力は他の4人よりも強力だ。そんな威力の攻撃が5つ。魔王は自身は持てる最大最強の魔法を発動しながら思った。
(うん。これは普通に無理・・・)
そんなことを思いながら勇者達の放つ攻撃が魔王の発動させた魔法ごと魔王を包み込んだ。
辺りを光が包み込み、そして数秒後には収まった。先程まで勇者と対峙していた者がいた場所には誰もいなかった。
・・・
「はぁぁっ!危なかった!」
誰もいない草原で半分声が裏返った状態で情けない声を出すのは先程まで勇者と命がけの戦いをしていた魔王である。肩で息をして四つん這いで俯いている、情けない・・・魔王である。
「何とか成功したな」
息も絶え絶えになりながらも、達成感と喜びが声に乗る。
実は魔王、自分が魔王になった時から勇者との戦いで死なないように準備していたのだ。
「まあ、こうなる運命だと分かっていたから、準備には余念がないよね」
マナポーションを飲みながら呟く。
この世界に魔王が生まれて早200年近く。こうなることは分かっていた。
「ここがRPGまんまの世界だなんて俺しか知らないし」
この魔王、まさに異世界転生をしていた。転生前に俗にいう神から色々と説明を受けた。魔王はこの時、ダークヒーローにハマっており、魔王だけど実は困っている人達を何となく助けています~なんてことに憧れていたのだ。そして種族を人族側ではなく、人類の敵である魔族にした。スキルとか魔法とかの編成もしっかりと考え、最初には苦労するかもしれないが、最後には最強になれるようにした。魔族で最強になれば魔王になれると神から教えられればやる気も出るというもの。出来ることを全力で行い、魔王になる頃には歴代魔王の中でも最強と言っても過言ではないくらいにはなっていた。
しかし、これがいけなかった。
魔王は他の魔族とのコミュニケーションを放棄し、自身を高めることのみに注力したため、ボッチになってしまった。元々の性格上、コミュ障ではない。しかし、自分の力を高めることのみに集中し過ぎてしまい、声を掛けようとしてきた人をほぼほぼ放置してしまった。友人どころか、異世界転生の物語のフラグを丸々スルーしたのだ。
後々魔王が聞いた話だと、色々と国を裏で牛耳っている者がいたり、それをどうにかしようと足掻いた者がいたりして、しかし、力及ばず黒幕を倒すことが出来ずに魔族の数人が国から出て行ってしまったというイベントがあったらしい。その後、その魔族達は人族と交流を持ち、色々と活躍し、勇者の手助けなどもしたらしい。魔王からすれば国を裏切って好き勝手やる身勝手な裏切り者としか感じなかった。っていうか、その黒幕っぽいのって、この前余りに怪しいからって理由で倒したアイツのこと?とか思いながら興味を失う。転生前にダークヒーローやりたいと言ったのはどこの誰だったのか。そして知らぬ間に打倒黒幕を掲げて出奔した魔族達が可哀相である。
そんな魔王、実は自分だけが転生者というわけではないんじゃ?と思い、色々と探し回った。と言っても聞いて回るわけではない。そもそもそんなことをする相手がいなかった。本などや噂話、情勢などを色々と収集して実力を高めるついでに検証したのだ。しかし、それらしい人物はいても、すでに今の世に存在していない人達しかいなかった。強くなった後に同胞探しも一興かもしれないと思っていただけにちょっとだけ残念に思った魔王。
それから自国最強、つまり魔王になるべく研鑽を重ね、そして魔王になった。しかし、今後、勇者は確実にやってくる。それは敵国に勇者がいると分かった時から分かっていた。だから最後に負けてしまうのではないか。そう世界が定めているのではないか。そう考えた魔王の行動は速かった。
魔王は魔力を謁見の間の椅子に流せば転移魔法が作動するように作り替えた。それも緻密に緻密を重ねた超超高難度の転移魔法である。発動を発動させた本人以外に気付かせることはなく、発動後に痕跡も残さない。転移する距離も自由でこちらが設定した好きな場所に転移することが出来る。しかも、転移後に都合が悪ければ別の場所に再転移することが出来る。効果継続時間は1日。超破格の魔法である。だから勇者などの追手もなく、魔王の必死の演出で魔王が逃げたことも思い至らせないように出来た。
「さて、これからどうしようかな」
魔王は今後のことを考える。これからは自由なのだ。残りの人生、好きに生きたいと考えている。まあ、魔族の寿命は基本500歳程度。しかし、魔王は自分を高めに高めたため、普通にその倍ぐらいは生きることが出来る。ある程度の年齢で老いが止まったので配下に調べさせて判明したのだ。
「時間は余るほどある。まず、目標を決めないと」
目標もなく、何となくでどうにかなるほど世の中甘くはない。それは先程までの魔王としての人生で理解している。そもそも魔王になるという目標で200年間やって来たのだ。目標なしでは落ち着かないというのもある。
「出来ればどこかでのんびりしたいな。でも、修行もしたいし」
ここまで政務などの仕事でのんびりすることが出来ず、修行も出来なかったため、魔王になった時点で魔王の能力はほとんど止まっている。それを上げたいと考えたのだ。
「っていうか、こんなに圧倒的な力量差が出るなら、仕事放っといてでも修行しておけば良かった。いや、マジで。まさか勇者達がカンストさせてやって来るなんて思いもしなかったし・・・」
冒頭の出来事を思い出して凹む魔王。
まさかここまで実力差が出て、逃亡もこんなにギリギリなリスキーな状態になるとは思わなかったのだ。自身の限界値まで高めたいと思うことは分からないでもない思考である。具体的に言うとレベルをカンストさせておきたいところである。
「とりあえず、期限が切れるまでに色々と転移して候補地を決めるか。どこがいいかな~」
気を取り直して、これから先のことを考える。転移魔法で逃げる為に登録した場所は十か所ほど。周辺の街ないし、村を視察するのにも時間が掛かるし、最後に決めた候補地に転移もしなくてはならない。そんなに時間は残されていないのだ。だが、急ぐ必要はあっても焦る必要はない。今いる場所も含めて転移先は全て元いた魔王の国からかなり距離が離れている。流石に生きていることが勇者達にバレてもすぐには追いかけては来れないだろう。
後追い出来ないように転移出来るのも最初に転移した一人だけ、つまりは魔王だけしか転移魔法を使えなくしておいたのだ。万が一にもすぐに偽装がバレた時に転移魔法を使われて追ってこれないようにするための対策である。どれだけ入念に用意したのか、この魔王は。死にたくないという思いが溢れ出ているというか、滲み出ているというか。
「出来れば可能な限り遠くがいいよな」
魔王は設定した場所で最も魔王城から遠い場所を転移場所に設定する。
「出来れば人がいて、それでいて魔族の俺のことも受け入れてくれて、ラノベとかでいうヒロイン的な存在がいる場所がいいなぁ。出来ればお姉さんタイプがいいなぁ」
この魔王、自分がどれだけ高望みをしているか分かっていないようだ。自分を客観視出来ていない。ついでに自分の欲望も吐露している。ここに誰か他者がいれば可哀相な人を見るかのような視線を向けること請負であろう。
「ここまで独りだったんだし、高望みしてもいいよね」
何か凄く悲しい独り言が聞こえてきた気がする。そんな言葉をその場に残すかのように魔王は転移魔法を再発動する。
次の瞬間、魔王の視界には先程までいた草原ではなく、ゴツゴツとした乾いた大地であった。
「って、いやいや!待ってくれよ!設定した時には普通に森だったじゃん!なんで死の大地みたいなことになってんの!?」
自分が候補地に設定した時にはまさかこんな状態になっているとは思いもしなかった魔王。
「幸先悪すぎるでしょ!原因は何だよ!」
魔法で死の大地となってしまった地面を調べ始める。
「魔素がなくなっている?どこか・・・いや、何かに吸われたのか?」
この世界の自然に溢れるとされている魔素が消滅している。しかも、それがまさに魔王が言うように何か吸われるかのように指向性を持って。
魔王は吸われていっただろう方向に視線を向ける。その先にはあからさまに洞窟がある。
「ここにいますよと言わんばかりだな。前に少し下調べした時にはなかったし。あの中にいるのがナニか少し気にはなるけど。でも・・・」
魔王は魔法を展開し始める。
「大地の魔素を吸収しようとしている時点で百害あって一利なしってやつだ。何が起こるか分かったもんじゃないし、姿すら見ずに始末しておこう」
次の瞬間、土魔法で作り出された極大の岩が空中に現れる。土魔法だけではない。風魔法と火魔法と水魔法も同時展開して魔王の頭上に止めている。土魔法は物理的な効果が見込めるが、火と水と風は一体何故?その答えはすぐに分かった。
火と水の周りを風が覆い、火と水が合わさった。はち切れんばかりに膨張する風魔法の中にある何か。それは風魔法によって強引に元々の大きさに留まらされている。
「前世を持っている俺だからこその魔法だ。景気よく喰らっておけ!」
魔王がそう言った直後、頭上の火・水・風の複合魔法が高速で洞窟に飛んでいく。複合魔法が洞窟に入った瞬間、土魔法が洞窟の入口を塞いだ。次の瞬間、視界に収まっていた洞窟が大爆発を起こした。その威力と土煙を上げながら迫ってくる爆風に視界と地面が揺れるかのようだ。そして土煙が晴れた頃には今にも崩れそうな洞窟の姿が。何かが這い出てこようとする気配を感じ取り、魔法は火・水・風・土・光・闇の魔法をスピア状にして一斉射出する。直撃した時には洞窟はなくなっていた。岩などが転がっているだけの平地になっていた。這い出てこようとしていたナニかは気配ごと消えた。
「原因になった何かは――――――うん。死んだみたいだな」
魔法で生命活動をしているものが周囲にいるかを確認。反応がないことを確認して気を抜く。まさか、勇者の次に出てきた主人公の敵が登場する間もなくやられるとは思ってもみなかった。
「―――うん?なんだ?」
魔王の周囲に急に魔素が溢れ出す。
「普通はなくなった大地にこんなに急に魔素が復活するなんてありえないはず・・・何が起こっているんだ?」
『―――ありがとう!』
『―――ありがとう!』
『―――ありがとう!』
「声っ!?一体どこから―――」
『―――ここだよ』
『―――ここだよ』
『―――ここだよ』
「この感じ、精霊か!」
精霊。魔素が豊富な大地に生息していると言われている生命。人の目の前には滅多に現れることはなく、姿を見ることが出来れば幸福が訪れると言われている。その希少性から人族の間では精霊を捕まえることが出来ただけで一生遊んで暮らせるだけの富を得ることが出来る。精霊からしたら堪ったものではないが。何せ見つかったが最後、必死の形相で捕まえに来るのだ。見るだけで幸運が訪れる相手にする仕打ちではない。そんなんだから逃げられて、姿を人の前に現れようとしないのだ。
そんな精霊が魔王の前に現れる。魔王は困惑していた。
「一体どうして?」
『―――アレには困ってた』
『―――アレのせいで住処がなくなった』
『―――アレのせいで皆死んだ』
「やっぱりあの洞窟にいたナニかがここがこんなことになった原因か」
精霊の言葉から、ここに出現している3体以外は精霊が死んでしまったことが分かってしまう。精霊以外の生命も、だが。
『―――何かお礼がしたい』
『―――どうかな?』
『―――捕まって売られる以外なら出来るだけ何でも叶えたい』
恩返しなのか、そんなことを言ってくれる精霊。しれっと精霊にとって一番危ないお礼を除外するところは強かで危機管理能力が高い。そんな精霊の言葉に少しの間、考える魔王。そして名案が浮かぶ。
「俺は故郷を追われててな。出来ればどこか暮らせる良い場所はないか?」
『―――追われてる?』
『―――何か悪いことした?』
『―――悪い奴なの?』
「違う違う。ちょっと喧嘩してな。それで負けちゃったんだ」
疑われしまい、慌てて訂正する。大分、マイルドに言っている気がするが、嘘は言っていない。
「それでどうかな?出来れば魔族でも暮らせる場所がいいんだけど」
『―――あそこがいいんじゃない?』
『―――そうだね』
『―――あそこならこの人が何か悪いことをしようとしても止められるし』
『『『けってーい!』』』
精霊がそう叫んだ瞬間、精霊が光り輝く。そして数瞬後、魔王の周囲も光り出す。
「いや、違う。俺が光っているのか!」
まさか人生で自分が発光することになるとは思ってもみなかっただろう。そもそも自分が光るなんて人生である方がおかしいのだが、今指摘するの無粋だろう。それだけ幻想的な光景だった。
そしてどんどん周辺を光が埋め尽くしていき、次の瞬間には魔王は再び姿を消していた。
・・・
「――――――ここは?」
目を開けると、魔王は知らない場所にいた。木で出来た高い防壁。その入り口のような場所の前に立っていた。
先程までいた死の大地ではなく、かといって魔王の知っているどこかでもない。精霊もいなくなっており、完全に一人だけだ。
「なんだ?新たな迷い人か?」
声が聞こえてきた。魔王はその声のする方に視線を向ける。声の元は防壁の上から聞こえてきた。高台のような場所のようだ。その奥には建造物が見える。どうやら村か町が奥にはあるようだ。
そこには魔王と同じ黒髪にこの世界ではあまり見ない日本人のような和風な顔立ち。何とも魔王を懐かしい気持ちにさせるような雰囲気を持った男が魔王を見ていた。
その人物は魔王の姿を確認するだけして防壁の奥へと姿を消した。
「なんか、ヤバめ?」
嫌な予感がしてくる魔王。勿論、何か害を与えようとしてくるなら反撃をするくらいの気概は魔王にはある。しかし、精霊が連れてきたと予想がつく場所である。魔王からしたら未知の場所。何が起こるか分からない。警戒するのは当たり前だった。
いつでも魔法を展開出来るように準備だけはしておく魔王。
(転移魔法もまだ発動出来るみたいだ。これでいざとなったら逃げることも出来る)
魔王が臨戦態勢で防壁の入り口を注視する。
数分後、入り口が開かれた。そこには数人の黒髪の男達。その中心には黒髪の若い女性がいた。
「迷い人じゃな。しかし、我らとどこか違うような気もするな。おぬし、何者じゃ?」
若い女性の声色で老人のような話し方をする女性は魔王に話しかけてくる。
「俺は魔王。精霊にここに連れて来られたんだ。こちらもここがどこか分からず困惑しているんだ。ここは一体どこなんだ?」
「―――魔王か。その言葉がどこまで本当かは分からないが、ここは異世界人の住む村じゃ」
「い、せかい、じん?」
信じられないといった表情をする魔王。
「信じられぬか?この世界では珍しい黒髪。そんな人間がこの村にはたくさんいる。そんなこと確率的にあり得るのかのぅ?」
「・・・」
女性の言う通りであった。この世界では黒髪などほとんどいなかった。魔王も自分以外には見たことがなかった。そんな黒髪の人間がここには視認出来るだけでも数人もいる。それだけでも多少はその言葉を信じることが出来るのかもしれない。
だが、魔王は昔、自分と同じ境遇の人間を探そうとしていたのだ。歴史などを調べて、それらしい人物がいないだけで諦めていたのだが。まさか、ここでその異世界人が登場するなんて。魔王は困惑していた。
「おぬしは我らと同じ特徴をしておる。種族は違うようじゃが、異世界人ではないのか?」
女性が魔王に訪ねてくる。
「いや・・・。そうだ。俺も異世界人だ。正確には転生者なんだけどな」
「ほう。珍しい。転移ではなく、転生か。それで魔族なのだな」
「ああ」
「おぬしの目的は何じゃ?魔王ともなれば世界征服か?」
「いや、そういうのはもう終わってるんだ。そもそも世界征服なんてしていないし、すでに勇者に負けているし。それで逃げてきたんだ。そうこうしていると精霊に拾われてな」
「何?」
まさか定番の勇者と魔王の決戦がすでに終わっているとは思っていなかったのか、女性は少し驚いている様子。普通は勇者に負けた時点で魔王死亡が通常の流れなのでその反応も間違ってはいない。
「俺は安心して暮らせる場所が欲しいんだ」
魔王はここで一つの考えが浮かんでいた。
「もしよければ俺をここに置いてくれないか?」
ここなら安心して暮らせるかもしれない。元の世界の同郷もいる。安住の地かもしれない。そんな考えが魔王の頭をよぎったのだ。
「勿論、追手が掛かるようなこともないはずだ。上手くやられたと見せかけて逃げてきたからな。どうだろうか?」
「うーむ。世界征服が目的ではないのか。すぐには返答出来んな。皆に相談しなければ。何でもない普通の異世界人の迷い人なら普通に住まわせてもいいのだが、流石に魔王となると私の一存だけでは決めることは出来んのでな」
魔王なのに世界征服しないと言われ、ちょっと残念そうな女性。
「まあ、そうだろうな。存分に相談してくれて構わない。俺はここで待っているから」
「分かった。すぐに相談してくるから待っておれ」
そう言って女性は防壁の中へと帰っていった。監視なのか、他の女性についてきた男達は魔王の少し離れた位置で魔王を見ている。流石に転生者というだけで信用してはもらえないようだ。
(これは許しが出てもすぐには住民にはなれそうになれないかもな。俺の異世界でこれまでにやってきた活動を伝えると共に信用を得るためにこれから一生懸命働くしかない。まあ、許可が出ればの話だけど)
そんなことを考えていると女性が戻ってきた。
「早かったな。もっと掛かるかと思っていたんだけど」
「ああ。一応、視た限りでは問題なさそうだと判断出来たからの。ただし、条件付きではあるが」
「それは助かった。それじゃあ、この村の代表者に会わせてくれないか?出来れば挨拶がしたい。勿論、あなた達が一緒でも構わない。おかしな動きはしないことを誓うよ」
「うん?何を言っておるのじゃ?」
「?」
「すでに会っておるではないか」
「??」
女性の言葉に疑問符が浮かぶ。しかし、すぐに魔王は理解した。
「あなたが代表者だったのか」
「うむ!この村の村長、レイナじゃ。よろしくな、魔王」
「失礼した。俺の名前はユーベルリート。よろしく頼む、村長」
目の前にいる女性が村長だとは思わなかったのか、内心驚く魔王。それでも驚いたままにはならないのは為政者もしていた経験からか。気を取り直すかのように挨拶をし、握手を交わす。
これが後々、この村で苦労をすることになる魔王と苦労をかけることになる筆頭の村長との最初の邂逅である。