表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

てんし の みちびき

神話の幕が開ける。その旅路の最果ては、未知。

 目の前に現れたそれを、易々と信じることは難しいことだったはずだ。しかしどういうわけか、私はそれを信じることに抵抗が無かった。目の前のそれには、『信頼してもいい』と思わせる何かがあったのだ。私がそんなことを考えている間にも、天使を名乗る彼女は私を見定めるように私を見続けている。


「君、もしかしてあの街の人?」


不意に投げかけられたその問い。あの街、が指すものは紛れもなく私の愛したあの街のことだろう。その言葉で、私が無意識に意識外に置こうとしていた現実が蘇ってきた。急に、足腰に力が入らなくなって膝から崩れ落ちる。息苦しい。違う。私は、私は……! 自然と、冷たい涙がこぼれている。泣くのなんて、いつぶりだろうか。父上の弔いの時以来か。しかしそれを思い出しても、現実にそれはもうどこにもない。そして、それを思い起こさせるものさえも、すべて無くなってしまった。私の過去は、あったはずの今は、一体どこに行ってしまったのだろうか。今はすべてが虚しくて、すべてが憎らしくて、すべてが欲しくて。……そしてすべてが愛おしかった。


「私は……、大馬鹿者だ……」

「だからって、身を投げるの?」


心に、何かが刺さる。


「私は、生きている価値も無いのだ……」

「それで、こうして生きていることを放棄するの?」


心が、抉られる。


「私など……、私、など……!」

「はあ……。ちょっと、いい加減にしなよ」


私の頬に痛みが走る。それが彼女の平手によるものであることは、すぐにわかった。そして彼女は私の肩を掴む。


「君をこうして生かしたのは誰? 君がこうして生きていられる理由は? ……そうして君の命を繋いだ人たちの想いを、全部無駄にするつもり!?」


その言葉は、私の情けなさに対するものだ。それが今の私にとっては、何よりも響く言葉となる。


「私は、生きていていいのか……?」

「そうでもなきゃ、こうしてここにはいないでしょ?」


涙は、いつの間にか止まっていた。こぼれ残る涙を、彼女は優しく拭い取る。


「だから、悲観しないで。貴方は生きていていい。決してここで死んじゃいけないんだ」


どういうわけか、再び涙があふれてくる。しかしこの涙は、どこか暖かいものだった。


 どれほど経っただろうか。日はすっかり高くなっている。その間にも、彼女は私を待っていたようだった。


「落ち着いた?」

「ああ……。お陰様でな」


私たちは今、食事をとっている。彼女が、いつの間にかいくつかの果実を集めていたようだった。それを2人で食べながら、会話を続けていた。


「これから、どうするの?」

「さあな……。どうやって生きていこうか……」

「ねえ。1つ、提案があるんだけど」

「ん? どうした?」


その次に続く言葉。それは、私にとっての幕開けのきっかけとなる。


「旅に出てみない?」

「旅、だと……?」


旅に出る。それは、この愛たちの墓標との別れを意味していた。迷っている私を見かねてか、彼女が口を開く。


「君がこの街を愛していたことはよくわかるよ。でも、君をこうして生かした人たちは、いつまでもここにいることを望んでいるのかな? 皆の想いと一緒に、新天地を目指すっていうのはどう?」

「……新天地、か」


ここではない、どこでもないところ。そこに至るまでは、数多の過酷な運命が待ち受けているのだろう。だが、ここにいては何も変わることはない。彼らも、私に変わることを望んでいるのか。……迷っても、仕方がないのかもしれない。


「……決めたよ」

「……どうするの?」


口にする言葉は、既に決まっている。意を決して、口を開く。


「私は旅に出る。そして、皆の魂が安らげる新天地に至ってみせる。……それが、私にできる唯一のことだ」

「……いい答えだね。その言葉を、待っていたよ」


彼女は笑う。まるで私の言葉を予知していたかのように、その表情は期待通りに進んだとでも言わんばかりのものだった。


「よし! こうなったら早速出発だよ!」

「いや、待て待て。随分急じゃないか? それで、貴女はどうするんだ?」

「物事は思い立った時にやるのが一番だよ? ああそれと、私はこうするよ」


突如、彼女の全身が淡い光に包まれる。やわらかいその光はやがて強くなっていくと、見ていられないほどに眩しくなっていく。私は思わず目を塞ぐ。彼女は、本当に天使だとでもいうのか。そして光が収まると、目の前に彼女の姿はなかった。彼女は何処にいるのだろうか。辺りを見回しても誰もいない。


“私は、遠くから貴方を見守ってるよ。行くべき場所も、大まかだけど導いてあげる。……これは辛い旅になる。それを最後まで見届けて、導くのが私の役目。だから、これからもよろしくね”


何処からともなく聞こえてくる彼女の声。遥か遠くから聞こえるような、私の脳裏に響くようなその声とともに、私は一歩を踏み出すのだった。


“あっ。そっち、逆だよ”

「……いや。まずは、これだ」


私には、旅に出る前にやるべきことがある。それを済ませなければ、とてもではないが旅には出られない。そして私は、街へと戻るのだった。


 地面を掘り、亡骸を埋め、墓標を立てる。それを延々と繰り返し、気付けばもう深夜だ。いや、むしろ深夜に済んだことが妙だ。明らかに遺体が少なすぎる。だが、それを気にしている場合ではない。目の前に広がる墓標の数々。それらの下に眠るのは、私の愛する民たちだ。さて。これで、もうすることも無くなった。だが……。


“ねえ。早く出発しようよ”

「……せめて、最後に一晩だけ……。私も、まだ未練が……」


立てた墓標の1つ。その傍らに腰掛けて、寄りかかる。よっぽど疲れていたのだろうか。瞼が重くなり、意識も次第に遠のいていく。明日から、長い旅が始まる。不安だが、私は1人ではない。彼らが共にいる。これからもずっと、私は1人になることは無いのだ。そんなことを思いながら、私は眠りに沈んでいくのだった。

第二話完了です。すべてを失った王の旅が、始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ