【短編】留学生の金髪女子に『(買い物に)付き合って』と言ったら告白と勘違いされてデレデレになった。
休み時間、俺はいつものように漫画を読む。
「また漫画、カ?」
「アナベベか」
ジャングルの奥地にあるシコシッコ村の留学生であるアナベベが話しかけてきた。
うちの高校は積極的に留学生を受け入れる方針のため、一クラスに五人くらいは外国人がいる。
基本的には日本語学校に通っていた生徒も多いため日本語は使えるのだが。
「オレも ワンピース とか好きダ。――富 名声 ちくわ この世の全てを置いてきた。世は大後悔時代! ってヤツだロ」
ちくわどっから出てきたの?
間違って覚えている単語も多い。
とはいえ、留学生が多い以外は普通の高校と変わらない。
「おい、裕也!」
同じ陰キャ仲間でアメリカ人のギークが話しかけてきた。
「なんだよ」
「教室の奥から。『オタクくん。すげー漫画詳しいじゃん』ってオタクに優しいギャルの声が聞こえるんだ!」
「やめろ。あれは罠だ。オタクに優しいギャルはいないって論文で発表されたばかりだろ」
「でも……聞こえるぞ。『今日、オタクくんの部屋行っていいっしょ?』って」
「陽キャはああやって獲物をおびき寄せてるんだよ。」
「日本のギャル。ホラーゲームの敵みたいなことしてくるナ」
「あぁ、聞こえる。オタクに優しいギャルの声が」
クラス一のオタクと呼ばれるギークはその声に誘われて行ってしまった。
「行くな! ギーク!」
必死に止めたにも関わらず。
「バーカバーカ! キモすぎるんだよ!」
「え、何? 本気にしてたの?」
やはり擬態型かぁ?
「ふぁっく!」
ギャルに馬鹿にされたギークの声が聞こえてきた。
留学生とはいえ陰キャには冷たいものだ。
「ユウヤ。オレは悔しい!」
「あとで俺の爆死したガチャログ見せてやるから落ち着けよ」
「ありがとう。ユウヤ! 他人の不幸は蜜の味だな!」
「サイテーじゃネェカ」
若干ボビーオロゴンっぽくアナベベが呟いた。
留学生と親しいといっても男ばっかり。
現実はそううまくないということだ。
※※※※※※
いつもの朝のホームルーム。
これから夏になるため熱中症に気を付けること、購買部のパンの値上げ、校庭が先日の雨で濡れたためしばらく使えないこと。
いつも通りどうでもいい内容――だった。
「それと転校生を紹介するぞ。入りなさい」
担任がそう言うと、教室の扉が開いて女子生徒が入ってきた。
「アーラメオラピーフ!……じゃなくて、えっと、ハジメマシテ。イーリス・フォン・アリテスといいマス。日本語がまだフナレです」
金色の髪がなびき、日に輝く。
整った顔立ちはアイドル以上。
教壇に立った彼女はまるで女神のようだった。
「彼女は外国から来たそうだ。日本の常識や日本語が拙い部分もあるから教えてやるように」
担任の言葉は教室の誰も聞いていない。
その場にいた全員が彼女の美しさに目を奪われていた。
「じゃあ、イーリスの席は……」
「はいはい! 俺の隣で!」
「いや! 俺の隣だって」
担任が辺りを見渡すと、まるで餌を求める鯉のような勢いで男子たちがこぞって手を上げた。
俺も手を上げたかったが競争率の高さに諦めてしまった。
発売当時のps5より勢いあるよ?
「いやいや、お前らの隣は埋まってるだろ。……お、裕也の隣が空いてるな」
「え!」
いきなり名前を呼ばれたからびっくりしてしまった。
「お前、アナベベやギークの面倒も見てたよな。この子も面倒見てやってくれ」
今、この瞬間ほどあいつらと友達でよかった思ったときはない。
「よろシクお願いしマス」
「あ、ああ、こっちこそよろしく」
とはいえ、これほどの美人に何を話せばいいかわからなかった。
そうこうしている間に休み時間になった。
「ねぇ、外国のどこ出身?」
「俺もアメリカ旅行行ったことがあってさぁ」
イーリスの席に群がる生徒たち。
当然、俺は会話に割って入れず、スマホでアニメを見て時間を潰す。
不意に花の蜜のような良い香りが鼻を擽った。
「それ、なんてアニメでスカ?」
気が付けばすぐ横にイーリスの顔があった。
「え!?」
か、顔が近いって。
「わたしもアニメ好きデスヨ」
にっこりと花のような笑み。
落ち着け。
「へぇ、ドラゴンボールとか?」
「すみません、ドラゴンボールはあマリ知りまセン」
「じゃあ、ナルト?」
「……すみまセン」
「ボトムズ」
「アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、町から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく」
ムセるわ。
「え、もしかして、ロボットとか好きなの?」
「大好きデス!」
即決。
「特にボトムズやモビルスーツが好きデス。スコープドッグいいデスよね。死ぬときはあんな棺桶で死にたいデス。あとノイエ・ジールも好きデス。ジオンの精神が形になったような機体デスよね」
「デラーズ・フリートかな?」
「ハイ!」
いや、ハイじゃないだろ。
今日一番の笑顔じゃん。
「だから、日本に来ました。……でも、なんだか詳しくナイ人のほうが多いみたいデス」
イーリスはちらりと背後の男子たちに目を向ける。
どうやら他の男子たちにもさっきの勢いをぶつけたらしい。
まぁ、陽キャってあんまりアニメ見ないからな。
そりゃぽかんとなるな。
特にロボット系は日本でも下火だ。
「ユウヤが詳しソウでよかったデス」
「ああ、うん」
俺も今ほどアニメを見てよかったと思う日はない。
※※※※※※
それから仲良くなるまであっという間だった。
「この間見マシタ?」
「見たよ。今週は主人公が田舎へ帰省したらまごころ込めて植えた割り箸畑から、メルヘンチック遊園地が獲れたけど、それは毛狩り隊Aブロック基地となっていたよな」
※※※※※※
イーリスは他の男子たちとも打ち解けるのが早かった。
「コレヤル」
アナベベが象の牙のようなフォルムのコップをイーリスに手渡す。
「これは……象牙のコップデスか?」
イーリスの疑問にギークが答える。
「ああ、それね。チンコケースだって」
「え!?」
ちんこという言葉に反応してイーリスの顔が赤くなる。
「女子にそんなもん渡すな」
「そうそうチンコケースなんてね! チンコケース、なんて!」
イーリスは真っ赤になって俯く。それを見て、ギークはにやにやと笑っていた。
こいつ最低だな。
「コップと勘違いして教室で堂々とチンコケースでジュース入れて飲んでたやつは黙ってろよ」
「それ言うなよぉ!」
「あははは」
「イーリスちゃんまで笑うなんて酷いじゃん!」
「ごめんナサイ」
「いいけどさぁ」
俺やギークのような陰キャにも仲良くしてくれる。
とはいえ、俺が一番親しいんだけど。
なにせ。
「そういえば、ユウヤ。これ返します」
渡されたのはアニメのDVDだ。
「面白かったデス。たまには恋愛ものもいいデスね」
「だろ?」
「でも、ちょっとわからないトコロがアッテ。……主人公がヒロインに『ツキアッテ』というのですが、どういう意味ですか?」
「『付き合って』? ああ、恋人って意味だよ」
「なるホド」
……この会話を覚えておけばよかった。
三日くらい経つと、すっかり忘れていた。
※※※※※※
放課後。
「ユウヤ、ここ教えてほしいです。ヤクソクしか読めません」
「ああ、これは『約束された勝利の剣』っていうんだ」
「そうは読みませんよ?」
「そういうもんなんだよ」
「なるほど。カンプク、しました」
隣の席だからだろう。
「ユウヤ、いつもありがとデス」
「別に……いいけど」
めちゃくちゃ可愛い。
「ユウヤはいつも優しいデスね」
「隣の席、だからな」
嘘だ。
本当はイーリスを気に入っているからだ。
普通は俺みたいな陰キャがアニメを見ているとキモがられる。
でも、イーリスは違った。
一緒に楽しんでくれる。
まずい。
どんどんイーリスに惹かれていってる。
でも、この思いは隠しておこう。
イーリスは留学生だ。
卒業したら外国に帰ってしまう。
そうなったらイーリスと会うことは難しくなってしまう。
最悪、もう二度と会えないかも。
……それまでになるべく多くの思い出を作っておこう。
折角、日本に来たんだからどこか案内しようかな。
そうだ。イーリスをプラモデル屋に連れて行こう。
外国だとプラモデル屋は少ないだろうから、大量のロボ系のプラモ見たらきっと驚くぞ。
「そういや、リリアさぁ。明日、付き合ってくれない?」
「ツキアウ?」
「そう、付き合ってくれ」
「え、え、えええぇ? ツキアウというのはあのツキアウ、デスか?」
……付き合うなんて一種類しかなくない?
「その付き合うだけど」
リリアが皿を落とした。
「大丈夫か? 今箒とちり取り持ってくるから」
「あの、もう一度言ってください!」
「え、付き合って?」
「ええぇ!」
再び皿を落とす。
「え、なんで皿落としたの?」
「アニメで見ました! 日本では驚いたとき皿を落としてましたよね!」
「落としてたけどさぁ」
「で、どうだ?」
イーリスは何故か顔を赤らめて目を背ける。
いつも大胆なイーリスにしては珍しい仕草だ。
「ユ、ユウヤ、大胆、デスね」
……確かになんだかデートに誘うみたいだ。
俺にしてはかなり大胆だけど。
「悪い。確かに急だったかも」
「イイエ。だいじょぶ、デス」
まだ顔が赤いままだが、イーリスは俺に向き直る。
「付き合い、ます」
なんか妙な雰囲気だな。
「え、そう? よかった。じゃあ、明日の12時に駅前でいいかな」
「いきなり、デート、デスか?」
いきなり声が小さくなった。
「あ、悪い。聞こえなかった」
「な、なんでもないです」
「じゃあ、明日」
「は、ハイ」
ギクシャクした動きでイーリスが教室から出て行く。
なんかロボットみたいになってるけど、大丈夫かな。
入れ替わりでアナベベが入ってくる。
「ユウヤ、イーリスに何かしたか?」
「いや、何もしてないけど」
「顔がチベイヌリゾット族になってたジャネェカ」
「その例えがよくわかんないんけど」
内輪ネタすぎる。
「赤くなってた」
「なんで?」
「俺がわかるわけないだろが」
「だよな」
二人で頭を捻る。
結局答えにたどり着くことはなかった。
※※※※※※
日曜日。
駅前は遊びに来た学生や家族連れで賑わっていた。
待ち合わせはここだったはずだけど……。
周囲を見渡すと、なぜか不自然に男ばかりの人だかりができていた。
何かイベントでもやってるのか?
そう思って近づく。
中心にいたのは――。
「……イーリス?」
一瞬わからなかったのは彼女がいつもの制服じゃなくて私服のワンピースだったからだろう。
まるで別人みたいだ。
「あ、ユウヤ!」
俺に気づいたイーリスが駆け寄ってくる。
同時に周囲にいた男たちが残念そうに解散する。
そうか。こいつら、イーリスを見てたのか。
「お、お待たせしまシタ」
え、い、いきなり手を握ってきた!?
「だ、ダメデスか?」
驚いた俺を見て、イーリスは不安そうな顔をする。
「い、いや、別にいいけど。が、外国の人って大胆なんだな」
「ダイターン?」
「いや、そんなスーパーロボットみたいなニュアンスじゃないから。大胆……えっと、度胸があるというか」
「ああ、そういう意味なんデスね。またひとつ勉強になりマシタっ」
ひまわりのような笑顔。
いや、可愛すぎだろ。
「その、イーリスは平気なのか?」
「トゥーンだから平気デース」
ペガサス・J・クロフォードか。
「冗談デス。私も緊張してます」
そう言ったイーリスの横顔は僅かに赤みがかっていた。
「そか」
「はい」
……やばい。何言えばわからなくなってきた。
というか、まるでデートみたいだ。
「ツキアウ……って、初めてデスけど緊張するものデスね」
「? 出かけたことないの?」
「出かけたことはありますけど、付き合うのは初めてデス」
???? よくわからない。
「ふふふ」
※※※※※※
「よしくん。あーん♡」
「あーん♡」
商店街のモールはやたらとカップルが多かった。
そういえば、模型屋の近くにカップル向けのスイーツショップが出来たって聞いたことがある。
「ユウヤ、日本では恋人たちはお互いに食べさせあうのデスか?」
「ああ、そうだね。外国では違うの?」
「違いマス。怪我をしたら傷口に酒を吹きかけるくらいデス」
ワイルドすぎる。
「もう。よしくんったらぁ♡」
「ゆうちゃんの手柔らかい♡」
そばにいるカップルがイチャイチャしている。
な、なんだか居心地が悪いな。
ちらりと横を見て見るとイーリスはどこか緊張した面持ちだ。
「ユウヤ!」
「え、な、なに?」
「手を……」
「手?」
何が言いたいんだ?
「手を……ください」
「くれって何!?」
「あ、いえ、そうじゃなくて。くれでもなくて、欲しい? 違う……日本語難しいデス!」
何が言いたいんだ?
「求・ユウヤの手。
出・1000円」
トレードかよ。
「そもそも俺の手にそんな価値はないだろ」
シャークトレードか。
「えっと、それなら、1円スタートから」
ヤフオクか。
「2円」
「自分で値を釣り上げるな」
「3円」
「刻むな」
「自動入札であなたの入札価格を上回る入札が行われました」
「自動入札すんな!」
しかも自動入札失敗してる。
「……でも」
泣きそうな顔のイーリス。
「……はぁ」
ここまで言ってくれれば察しが悪い俺でもわかる。
「ほら」
手を握る。
や、柔らかい。
ま、参ったな。手汗がすごいんだけどキモがられないかな。
「……」
「……」
なぜかお互い無言になる。
さらに気まずくなったぞ。
何か会話のきっかけは――。
辺りを見渡すと、あるショップが目に入った。
「アイス、食べない?」
「いいデスね。ワタシアイス大好きデス」
「知ってる。最初に購買部を案内したときもアイス買ってたよな」
そう言うと、イーリスの頬がぼっと赤くなった。
「お、覚えてましたか。不覚ナリ」
「そりゃ十個くらい買ってたからな。その後、お腹壊してたし。嫌でも覚えるって」
「むー、ユウヤは意地悪デス」
「ごめんごめん。お詫びに俺が奢るよ」
「そんなワケにはいきマセン」
「いいからいいから。こういう時は男が奢るもんなんだよ」
「でも」
まだ少し戸惑っているようだったが。
「ここのバニラアイス美味しいんだよ。チョコソースとか色々かけられるしさ。イーリスはなにかける?」
「カケル? じゃあ、花京院の魂をかけます」
バニラアイス~花京院の魂を添えて~!?
「その賭けじゃないんだなぁ。トッピングって意味な?」
「ああ、そういう意味なんデスね。日本語難しいデスね」
花京院の魂をノータイムで賭けるなよ。
半ば強引に話を進める。
「あ、じゃあ、それで」
「了解」
店でカップに入ったアイスを二つ買ってきて、一つをイーリスに渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとデス」
イーリスがアイスをスプーンですくって俺の顔に向ける。
「はい、あーん♡」
「え!」
「ユウヤ、あーんデス」
「いや、でも」
「いいじゃないデスか。付き合ってるんデスから」
買い物に、だよな?
なんだか別の意味に聞こえてくる。
でも、海外だと当たり前なんだろうな。
「あ、あーん」
「ふふ。かわいーデス♡」
「というか、なんか語尾に♡がついてる感じがする」
「駄目でしょうか?」
「いや、ダメじゃないけど」
「あ、照れてますね♡」
「そんなことないって」
「かわいいデス♡ もっと恥ずかしがらせてあげます♡」
「いいって!」
「好きデス♡」
ぐぅ!
「ユウヤ、恰好良いデス♡」
ぐはっ!
「95点♡」
なんかヒソカ混じってない?
「すーき♡」
「敗因は『容量の無駄遣い』♡」
駄目だ。ヒソカにしか聞こえなくなってきた。
「冗談デス♡」
どんどん顔がピエロっぽくなってきたぞ。
「……イーリスって休みはテンション高いんだな」
「それだけじゃないデス。だって」
イーリスが笑った。
「付き合ってるんデスから」
買い物に、だよな?
「~~♪」
機嫌が良さそうにイーリスが鼻歌を歌う。
買い物がこんなに好きだったなんてなぁ。
もっと早く案内すればよかった。
※※※※※※
翌朝の教室。
「ユウヤ! この裏切り者!」
教室に入るなりギークが詰め寄ってきた。
「なんだよ」
「餅つけ。ギーク」
「アナベベ。どうしたんだよ。ギークのやつ。またFPSで煽られておかしくなったのか?」
「オレもキキタいことアル」
「アナベベまでどうしたんだよ」
いつも穏やかなアナベベまで表情が険しい。
「オマエ、イーリスとコイビト 本当カ?」
「はぁ!?」
「そういうウワサ。ナガレテル」
「いやいや、何言ってんだよ」
確かにイーリスのことは気になってる。
というか、ぶっちゃけ好きだ。
でも、向こうはそんな風に思ってない。
「俺とイーリスはただの友達だよ」
俺の言葉を聞いて。
「……そう、なのか?」
正気に戻ったギークが首を傾げる。
「イーリスに聞いたら付き合ったのは先日からだっていったぞ」
「先日? ……ああ、買い物に付き合ってもらったって意味だろ。イーリスって日本語がまだ不自由みたいだからさ」
「……買い物?」
「ああ、イーリスってロボットとか好きだろ? だからプラモ屋に案内したんだよ」
「……それだけ?」
「それだけ」
俺が断言すると、二人はあからさまにほっとした表情になった。
「そりゃそうか」
「俺たちの絆は永遠だ!」
ギークがにっこにこで肩組んでくる。
「はいはい」
調子がいいな。
そのとき。
「ユウヤ!」
登校してきたイーリスが俺を見つけるなり走ってきた。
そんなに慌てて走ってこなくてもいいのに。
……って、なんか止まらない気が。
「おはようございます!」
勢いよくイーリスが抱き着いてきた。
ざわわわっと教室中が騒ぎ出す。
「お、おはよう」
「はい!」
「……」
「……」
いやいや、イーリスさん、なんで抱き着いたままなの?
「そろそろ放してくれない?」
「嫌デス」
教室中の目が俺たちに向けられている。
「ど、どうして?」
「だって、付き合ってますから!」
めちゃくちゃ良い笑顔だった。
対して俺はムンクになった。
「は!? マジで!?」
「うっそだろ!」
教室中が騒然となった。
「え、い、いつの間に?」
「どういうことどういうこと?」
教室にいた女子達がイーリスに詰め寄る。
「この前から付き合ってます!」
「どっちから告白したの?」
「ユウヤからデス!」
「えー、身の程知らず~」
身の程知らずってなんだよ。
「おいおい、ユウヤ! どういうことだよ!」
「そうだよ! お前! いつの間にアプローチしたんだよ!」
男子たちが俺を囲み、問い詰める。
いたいいたい!
さりげなく殴るのはやめろ!
俺が殴られている間に―。
※※※※※※
「初デートどんなだった!?」
「最高でした」
イーリスが言うと、
「えー、意外ー」
「まー、でも満足してたならいいんじゃない?」
こそこそと集まって女子達が騒ぎ出す。
「ユウヤはオタクだから昼飯チーズ牛丼だったでしょ」
「美味しかったデス」
イーリスが言うと、
「あー、やっぱチーズ牛丼なんだ」
「いや、他のもん食えし」
女子達の目線が厳しくなる。
「服装どんなだった? ぜってー黒一色でしょ」
「腰ミノ一枚でした」
イーリスが言うと、
「キタキタ?」
「キタキタ……」
女子達の目が更に厳しくなった。
というか不審者を見る目だ。
「初キスどんな感じ?」
「レモン控えめでした!」
イーリスが言うと、
「マジで!?」
「やべー!」
興奮した女子達がフィーバータイムに突入する。
※※※※※※
いやいや、嘘混じってるよな。……チーズ牛丼は本当だけど。
「お前マジでふざけんなよ」
「狙ってたのに」
「裏切り者が」
イーリスはきゃっきゃと天使みたいな会話なのに。
こっちは地獄の看守みたいな厳しさで取り調べを受けてる。
「待った! ちょっと待った! 俺、付き合ってないんだけど!」
そう言うと、教室がシーンとなった。
教室にいたみんなは俺を見つめ、そして、イーリスに視線を移動する。
注目されたイーリスは最初ぽかんとした顔をしていたが。
「……ひ、酷い」
やがて、目に涙が浮かび上がる。
あ、これまずい。
学校の教室という狭いコロニーの中でその場にいる全員を敵に回す方法がある。
それが人気者の女子の涙。
核爆弾に相当するその一撃を食らった者はクラスの最底辺に落とされる。
「こいつ泣かせやがった」
「ひどーい」
「最低」
「マジで人間失格」
クラス中から非難される。
「い、いや、でもさ」
慌てて言い訳しようとするが。
「お前、もう船降りろ」
「消えろ。吹っ飛ばされんうちにな」
めちゃくちゃ責めてくる。
「ユウヤのバカ! マザーファッカー!」
イーリスが叫んで、振り返ることもなくイーリスは教室から出て行ってしまった。
残された俺は教室のみんなから『え、こいつ母親と』みたいな目を向けられた。
「待ってくれ! イーリス! 誤解を解いてくれ!」
その後を追おうとするが。
「待てよ変態」
クラスのやつらに行く手を阻まれる。
「いや、誤解だからさ」
「うるせー! 俺らは泣いてる美少女の味方だ!」
その気持ちはわかるけど。
まずいな。クラスのやつらは頭に血が上ってる。
今にも飛び掛かって来そうな瞬間、
「オチツケ」
アナベベが俺を庇うように前に出る。
「ユウヤ ナニもシテナイ」
「俺を信じてくれるのか?」
「ここは俺に任せて行け」
「アナベベ……」
なんて頼もしいんだ。
「一度言ってみたかった」
「それ言いたいだけで助けたわけじゃないよな? 友情だよな?」
「もちろん。日本の漫画で教わった。友情 勝利 ちくわ」
「どんだけちくわ好きなの? ちくわ大明神?」
「ひゃはは! 一人増えただけだ! やっちまえ!」
ギークは完全に敵だな。
「行け」
「……すまん!」
アナべべに背を向けて逃げる。
背後からは怒声と罵声。
どれだけ感謝してもしきれない。
※※※※※※
砂場に放置されたおもちゃのスコップ。
夕暮れの陰影がどこか寂しい鉄棒。
この時間の公園は子供たちが家に帰っており誰もいなかった。
イーリス以外は。
「……」
たった一人ブランコに乗っているイーリスは絵画を切り取ったようなものかなしさがあった。
なんとか追いついた。
「や」
いつもどおり声をかけて俺は彼女の隣に座る。
「つーん」
わざとらしく機嫌が悪いとアピールしてる。
わかりやすいイーリスも可愛いんだが。
おっと、今は萌えてる場合じゃない。
聞くべきことはたったひとつ。
「あのさ。俺たちいつの間に恋人になったんだっけ?」
「……」
「……」
沈黙が重い!
あまりの雰囲気の重さに耐えきれず何かを言おうとしたが。
「……付き合って、と告白されました」
イーリスがぽつりと呟いた。
「日本では『付き合って』というのは『恋人』になってという意味デスよね?」
「一般的には。……で、ほんとに俺が言ったの?」
そう聞くとイーリスがめっちゃ睨んできた。
「ほんとデス」
「いつ?」
俺、いつの間に告白してたの?
「デートの前の日デス」
……あ、もしかして。
「買い物に付き合ってほしいって言ったときのこと?」
そう言うと、イーリスがぽかんと口を開けた。
しかし、すぐに憮然とした表情になる。
「……買い物、というのは聞いてませんでした」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「はい」
イーリスが即答する。
……もしかして、言い忘れたかも。
「ご、ごめん。まさか、そう言う風にとらえるなんて思ってなくて」
え、つまりイーリスは俺が恋人になってほしいって答えを了解したってことか?
まじで? いつの間にか両想いになってた!?
……しまったぁ!
それなら勘違いさせたままにしておけばよかった!
はっきりいってイーリスのデートは楽しかった。
俺自身どんどんイーリスに惹かれていった。
恋人だったらいいなってどれだけ思ったことか。
「なんだ。付き合って、なかったんデスね」
俺が勘違いしていたことに気づいたイーリスがどこか寂しそうに笑った。
「これからはまた友達、同士デスね」
イーリスは涙目になりながらも必死に笑顔を取り繕う。
「じゃあ、ユウヤ。また明日」
踵を返すイーリス。
ここで行かせてしまったら二度と会えなくなる。
そんな予感がした。
だから、俺がしたことは。
「待ってくれ」
イーリスの手を掴んで引き留めた。
「――なんデスか」
悲しみを隠すような、声の冷たさだ。
今までの友好的な態度のイーリスとは真逆だったため、思わず戸惑ってしまった。
でも、勘違いさせたのは俺だ。
……いや、違う。
もっと早く勇気を出すべきだった。
「付き合ってくれ」
「……どこの買い物デスか?」
「今度は買い物じゃない。俺と恋人になってほしい」
そう言うと、イーリスは目を丸くした。
「……嘘」
「いや、今度は本当だって」
「そうやってまた上げて落とすんデスか?」
すっかり疑心暗鬼だ。
「本当に好きなんだ」
「……今度は『好き』じゃなくて『突き』とかデスか?」
俺の言葉が届かないのなら。
「イーリス」
「いい加減に手を放し――」
言い終わる前に。
「んっ」
引き寄せてキスをした。
これ以上ないくらい明確な肉体言語。
イーリスの青い瞳が戸惑うように震える。
五秒……十秒……。
顔を離すと、俺とイーリスの間には唾液の橋が出来ていた。
「こ、これで信じてくれない?」
離れたとき、俺の顔は真っ赤になっていた。
「ユウヤ、声震えてます」
「そ、それはそうだろ。こんなことするの初めてだし」
心臓の音がうるさい。
あまりに恥ずかしくてイーリスの顔が見れない。
「で、信じてくれたか?」
震える声で聞くが。
「駄目デス」
……マジかよ。
これ以上何を――。
そう考えた瞬間、
「……ん」
イーリスのほうからキスしてきた。
脳が真っ白になる。
再び唇を離す。
「言葉、ダメデス」
イーリスの瞳は『もっとキスをしてほしい』と言っていた。
「ね」
恥ずかしそうにイーリスが頬を赤く染める。
瞬間、理性が吹き飛んだ。
「イーリス!」
「……んっ」
何も考えずに再びキスをする。
それだけで思いは通じた。
※※※※※※
数年後。
――外国――
「はい、目隠し取っていいデスよ」
ようやく視界が戻った。
目の前には鉄格子に囲まれた露店、いかつい黒人、どこからともなく響く銃声。まさに世紀末の風景が広がっていた。
「ここが私の故郷デス」
飛行機で23時間。船で5時間。バスで12時間。
「アメリカってこんなに治安悪かったっけ?」
「私の故郷、アメリカだなんて一言も言ってません」
「でも、あそこに紫色のガム噛みながら太った黒人の警官が警棒パシパシさせてるけど? まさにアメリカンじゃない?」
「よくある光景デス」
「……あそこにサバイバルナイフ舐めてるジャンキーっぽいのいるけど? アメリカのスラムっぽくない?」
「ただのお肉屋さんデス。誓って殺しはやってまセン」
外国のお肉屋さんって肩パッドとげとげなんだ。
「プーペ! プーペ! アーラメオラピーフ!!」
「うわ。なんだ!?」
なんかラッパーみたいな黒人がまくしたててくる。
「大丈夫デス。近所のお兄さんデス。マフィアが栽培してる違法麻薬牧場で働いてます」
世界観GTAじゃん。
「もうすぐポトウーピが始まるそうデス。案内してくれるので行きましょう」
イーリスが俺の手を掴む。
「どこに連れていかれるの? 怖いんだけど」
「大丈夫デス。皆さん、誓って殺しはやってまセン」
「それ言えば罪がなくなるわけじゃないからな?」
「行きましょう! ユウヤ!」
でも、その笑顔を見たら決意が固まった。
「わかったよ」
言葉は通じないこともある。
文化の違いも多い。
それでも、俺は君と一緒にいたいんだ。
「面白い!」
という方は、ブックマーク・評価していただけると幸いです。