第九九話「悪魔の事情と天使の事情、どちらも謎のままだった」
シャムシエルのお陰で巨人の死霊たちはつつがなく神の御許へと送り出すことが出来た。
〈隠された剣〉もシャムシエルの手へと戻り、サマエルさんも結界を維持する必要が無くなったため、これで三対一となりアザゼルの圧倒的不利な状況となった。
しかしそんな状況にも関わらず、睨み合っていたシャムシエルから距離を取ったアザゼルは「なるほど」と何かに納得したように私を見て頷いている。
「どうやら、本当に神の奇跡を使えるようだな」
「……本当に、と仰いましたか?」
「ああ」
ということは、アザゼルは誰かから私が奇跡を行使出来ると聞いたことがあると言う訳だ。そしてそれを隠すつもりも無いらしい。
「教えて下さい。貴方は一体何のために巨人の死霊を操っていたのですか?」
「ふむ……」
アザゼルは右手でサーベルを構えたまま、私の質問へどう答えたものかと思案するように左手で顎をさすった。
「まず、巨人の死霊は俺が操っていたのではないし、知らん」
「……何ですって?」
「最初にそう言っただろう?」
確かにそう言っていた。テキトーに答えていたと思っていたら、本当のことだったの?
「っていうかアザゼル、アンタって確か人間の奥さん貰って山に引き籠もったんじゃなかったの?」
え、悪魔だけど人間の奥さんを貰っていたのか。というか悪魔だし、元は天使だったのかな? だとしたら人間と恋に落ちたから悪魔に堕ちたんだろうか。
「何時の話だ、サマエル。人間は三〇〇〇年も生きることはない。お前が封印されている間に俺だって山から出てくるさ」
呆れた表情のアザゼルの言葉に、サマエルさんは「そりゃそうか」と肩を竦めた。
「話を戻すぞ、アザゼルとやら。貴様は巨人の死霊を操ってはいなかった。だが、彼らが東へと向かうことを守る役目があったのだな?」
「どうだろうな、天使。考えてみると良いさ」
うーん、アザゼルはまともにこちらの質問へ答えるつもりは無いらしい。
でも、シャムシエルは彼の言葉に何か気づいたようで、「まさか」と顔色を変えた。
「そのまさか、だと思うぞ、天使」
「……そういうことか」
シャムシエルがアザゼルの言葉ですべて納得したかのように、構えていた魔剣を力無く下げてしまった。え、どういうこと?
「シャムシエル、どういうことですか?」
「……すまない、リーファ。私には答えられない」
辛そうに唇を噛むシャムシエル。またそれか。
昨日、ミスティさんが来た時からシャムシエルは何処かおかしい。この天使は何かを隠している。というか、話す権限を持っていないのかも知れない。
もしかして、とは思うが――。
「悪魔アザゼルよ、まさかとは思いますが、貴方はシスターミスティと関係がある存在なのですか?」
「……ほう、中々に勘が鋭いな、この聖女様は」
驚き、感心したように私を賞賛するアザゼル。当たりだったか。
となれば、あの巨人の死霊は、何者かがミスティさんを狙って放ったという流れだったのか?
しかし、シスター一人を始末するためにあんな大掛かりなことをする必要があるのだろうか? それも悪魔の護衛を使って?
「考えているな、聖女よ。それは貴様に与えられた試練とでも思え」
「試練……?」
何を言っているんだ、この悪魔は?
その言い方は、まるで悪魔じゃなくて――
「そろそろ頃合いだ。聖女リーファ、堕天使サマエル、そして能天使シャムシエルよ。俺はまたお前たちの前に現れるだろうが、今回のようには行かないと思え」
そう一方的に言い放って、アザゼルは背中の一二枚の翼から魔力を放出し、一瞬で西の方へと飛び去ってしまった。
「何だったんだ一体」
憮然とするサマエルさん。うん、全くもって同じ気分です。
ただ一人、事情を知っているらしきシャムシエルだけは、何かを堪えるように剣を持たぬ方の拳を震わせていた。
◆ひとこと
悪魔は人間を誘惑するだけで、それは試練ではないですよね。
では試練を与えるのは……何でしょうね?
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