第九八話「使う奥の手はちゃんと選びましょう」
「そう簡単にはやらせんぞ。来い、ネフィリム! あの女の詠唱を許すな!」
シャムシエルと鍔迫り合いをしているアザゼルが叫ぶと同時に、もう一体四メートル級の新たな巨人が私の近くの地中から迫り出した。でもコイツの色は紫じゃなく、生者のそれだ。死霊じゃない?
「ウォォォォーーーー!」
雄叫びを上げる巨人が詠唱中の私に対して拳を振り上げる。慌てて飛び退いたその場に重い一撃が叩き込まれ、地面が揺れる。あ、あぶなっ!
「うわ、マズい。リーファちゃんがピンチだ」
「サマエルさんはそのまま結界を維持してください! どうにかいたします! 聖霊よ、異端なる存在を貫く力をここに、――〈光槍〉!」
神術による光の槍が巨人の左足を貫き、地面ごと縫い付ける。巨体は足元が弱点と聞いたことがあるからね!
しかしながら巨人は構わずにその大きな足を思い切り振り上げ、槍が霧散した。ええい、痛みを感じていないのか、コイツは。
でも一瞬隙が出来たので、こちらも詠唱の準備には入れている。次が本命だ!
「主よ、私に悪を討ち滅ぼす聖者の槍を与え給え、〈竜殺しの槍〉!」
胸の前に翳した左手から巨大な光の槍が生まれ、巨人の胸を貫く。幾ら何でもこれは効く筈だろう。巨人がよろめいて――
「……え?」
よろめいた巨人が足を踏ん張り、耐える。え、嘘でしょ? これ竜も殺す槍ですよ? そりゃベリアルは殺せなかったけどさ、それでも私の奥の手だよ?
「主よ、迷える子羊に聖なる示しを――」
慌てて〈神の雷〉を繰り出そうと詠唱を始めた私を他所に、光の槍を胸に残したままの巨人がその場で大きく足を振り上げ、下ろす。
「きゃあっ!?」
大きく地面が揺れたお陰ですっ転んでしまった! しかもまた女の子みたいな悲鳴を上げてしまった……。
「ああもう、見てらんない! 結界解くよ!」
「それは待ってください! 死霊が村に辿り着くと大変です!」
「けどねぇ……」
唸るサマエルさんに、私は巨人の攻撃を躱しながら応える。うぅ、不甲斐なくてごめんなさい。でもここで食い止めないといけないんです。
サマエルさんは結界維持、シャムシエルはアザゼルと斬り結んでいる。そして私は死霊を昇天させようにも新たに生まれた巨人から逃げ惑っている。完全に向こうのペースである。
せめてこの巨人を何とか出来ればいいんだけど……。
「なにっ!? 貴様、何のつもりだ!」
アザゼルの慌てた声がしたので逃げ惑っている間にちらりと上空を見上げると、シャムシエルがサーベルを持つアザゼルの右手を両手で掴んでいた。あれ? じゃあシャムシエルの魔剣は? ……と思ったら、二人の真下に落下中だった。
「〈隠された剣〉! あの巨人の足を地面に縫い付けろ!」
シャムシエルがそう命令した途端、彼女の魔剣〈隠された剣〉は落下から軌道を変え、絶賛私を追い回し中だった巨人の右足へ真っ直ぐ飛び、そして命令通り先程の〈光槍〉のように地面ごと巨人を縫い付けた。なるほど! 自動で攻撃してくれる魔剣の特性を使ったのか!
この剣もすぐに抜かれてしまうだろうけれども、一瞬隙を作ってくれたのは有難い!
「主よ、迷える子羊に聖なる示しを与え給え! 〈神の雷〉!」
私の奥の手その二である神の雷が天から降り注ぎ、魔剣を抜き放とうとしていた巨人を容赦なく撃つ。眩しい光が視界を染め、轟音が耳朶を打つ。
流石の巨人も一瞬で黒焦げになったかと思うと、すぐに消滅してしまった。おかわりが来るかとアザゼルの様子を警戒するも、そんな素振りは見られない。
た、助かったよ……、シャムシエルの機転に感謝だな。
◆ひとこと
ネフィリムというのは天使だったアザゼルと人間との間に生まれた巨人です。
聖書の中では天使と人間との間には巨人しか生まれないような記述があります。
今作でのネフィリムはただの召喚獣に成り下がってますけどね。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!