第九七話「奇跡で解決……出来る筈だったんだけどねぇ」
「ホントに居るし……」
サマエルさんとシャムシエルに抱えられて空から山の中腹を見ると、確かにそこには紫色の巨人の群れがわんさかと居り、シュパン村の方向を目指してのそのそ歩いていた。見た感じサイズは三、四メートルで、数は一二体? 何処から来たんだ?
「地下にでも居たのが這い出てきたのかねぇ?」
「どうだろう……」
サマエルさんも私も、目の前に居るモノが信じられずに呟く。確かに西ケルステン山地には洞窟が多いけど、そんな未知の生物がいきなり大群で出てくるものかね? 大体そういうときって斥候が出てくるもんじゃないの?
「どうする、リーファ」
「うーん、どうするかな、シャムシエルはアレが話の通じる相手だと思う?」
「無理だろうな」
だよねぇ。巨人って大方は知能が低いって聞くし、言葉が喋れるかも疑問だ。まぁ中には人間なんかより遙かに頭の良い巨人も居るみたいだけど、そんな存在はレアだしいきなり群れを成して行動するとは思えない。
「でも、なんか違和感あるね、あの巨人たち」
「違和感……?」
「うん、歩いているのに、歩いていないっていうか、上手く言えないけど」
サマエルさんの言葉に、私は注意深く様子を窺ってみる。……あ、確かに。歩いているけど……なんだろう、すーっと横に動いているだけのような……。
「まさか、あれ……死霊じゃ?」
「あー、確かに。そんな感じだね」
だとすると奇跡で神の御許へ送った方が良いな。このままだと肉体を求めてシュパン村の人たちに乗り移る可能性がある。そうなったら大惨事だ。
「二人とも、死霊への対抗手段はある?」
「んー、アタシは一応魔術結界で閉じ込める事くらいなら出来るけど、シャムシエルは?」
「難しいですね……、完全霊体は神術で攻撃するくらいしか出来ません」
やっぱりシャムシエルは剣士らしく霊体の相手が苦手なのか。まぁ、そこは仕方ないよね。
そういう訳で、私たち三人は巨人の侵攻を止めるべく行動を始めた。私は地上に降ろして貰い、一人奇跡の術式展開の準備をする。
「ここいらみんなアタシの鳥籠となれ、〈閉鎖空間〉!」
サマエルさんが魔術結界の術式を展開すると、かなり広い空間の魔力が硬化させられた。これで死霊だろうが何だろうがこの結界の外へと出ることは叶わなくなった。
しかし凄いな、これだけ広い空間に触媒無しで結界を張れるとは。後で術式教えて貰おう。
「アタシは結界を維持しているから、あとは二人でよろしくねー」
「わかった!」
「承知です!」
期待に応えるため、私は不死体を神の御許へ送り出す奇跡、〈主よ憐れみ給え〉の詠唱を始めた。纏めて三体くらいは昇天させられるし、それ程時間は掛からないだろう。
「主よ、死せる者の御霊を、罪の絆しより――」
「リーファ、危ない!」
「え? きゃあっ!?」
詠唱が完成しそうなところでシャムシエルに突き飛ばされ、尻餅をついてしまった。思わず「きゃあっ!?」とか口走ってしまったよ……。
「いつつ……え?」
起き上がろうとしたところで、先程まで私が居た場所の近くの地面が抉れていることに気づいた。シャムシエルが守ってくれたのか。一体何が……?
「その巨人どもをどうにかされては困る」
「……誰だ、貴様は」
声がした方を見上げると……一人の男性の堕天使が無表情でこちらを見下ろしていた。黒色の髪と瞳に透き通るような白い肌、背中には一二枚の黒い翼を持ち、リーフェンシュタール邸で見た執事のような服を着ている、見た目は二〇代前半くらいの美しい顔立ちをした長身の悪魔だ。シャムシエルが誰何しているけれども、一向に気にせず私の方を見ている。
「あっれ……? アザゼルじゃん」
「……サマエルか」
ありゃ、この悪魔とお知り合いですかサマエルさん。彼女は不思議そうにぱちぱちと瞳を瞬かせている。
アザゼルと呼ばれた悪魔は眉根を寄せ、小さく「コイツまで居たのか」と呟いた。その口ぶりからすると、私とシャムシエルについては存在を知っていたのか?
「悪魔よ、貴様がこの巨人の死霊を操っているのか?」
「さてな」
「一体目的は何なのだ?」
「何だろうな」
う、うーん、シャムシエルの質問に全く答える気が無いらしく、アザゼルは興味なさそうにテキトーな返事をしている。でも私への警戒は緩めてくれない。これでは〈主よ憐れみ給え〉が使えないぞ?
「……貴様に答える気が無いのは分かった。ならば私も容赦はせん」
すらりと鞘から剣を抜き放つシャムシエル。そこでようやくアザゼルの表情が少し動いた。鬱陶しそうにシャムシエルを睨んでいる。
「止めておけ、天使よ。俺は強いぞ」
「やってみなければ……分からないだろうっ!?」
シャムシエルが〈隠された剣〉を手にアザゼルへと肉薄する。悪魔の方も迎え撃つ為に、腰に差していたサーベルを抜き放った。
二本の剣が交差して甲高い音を立てる。なおもアザゼルを斬り裂かんとシャムシエルが魔剣で畳みかける。
「リーファ、今のうちに!」
「……はい!」
シャムシエルがアザゼルの動きを止めてくれている間に、私は巨人の死霊たちを昇天させるべく、詠唱に入った。
◆ひとことふたことみこと
リーファちゃんの言う「人間なんかより遙かに頭の良い巨人」というのは、もはや神に匹敵するような存在でレアな存在です。
巨人というのは聖書にもたびたび登場します。が、大抵の神話では悪役です。
ギリシャ神話で一部そのように知性の高いティターン族が居ますが、大抵の神話では頭が悪く粗暴です。なんで何処でもそう描かれちゃってるんでしょうね?
サマエルがあっさりと強力な結界を張っていますが、触媒となる物を用いずに展開する結界魔術はリーファちゃんはおろかアナスタシアも知りません。
かなりの高等魔術なのです。
アザゼルはエノク書という宗派によっては聖書として扱われてもいる書物に登場します。
200人の天使を「人間の女性ナンパしにいこーぜ!」と連れだしました。めっちゃ陽キャ。
アダムが召された時に、神から彼に仕えるよう言われたのですが「なんで人間に頭下げなあかんねん」と言って拒否したため堕とされました。
名前の意味は「神は強くする」です。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!