第九六話「信仰ってそういうものなんですか?」
翌日、朝早くにミスティさん、サマエルさんと一緒に家を出てシュパン村へと向かう。春もそろそろ本格的になってきて、こんな時間でも暖かな風が心地良い。
シャムシエルは一人、「私は遠慮する」と言って私たちより先に出て行ってしまった。本当に何があったのやら……。
「長閑な場所ですね」
「はい、良い所ですよ。最近は色々と技術革新がありまして、畑でも良い物が採れるようになり豊かになってきております。安定したら、肥沃なシュターミッツ州を含め各地へ技術を伝える事が出来るでしょう」
「それは素晴らしいですね。人々に余裕が出来れば、心も豊かになりましょう」
道すがらミスティさんに村や周辺環境の説明をしておく。恐らくこのシスターは村に滞在することになるだろうし、その辺りはちゃんと教えておかないとね。
ちなみに技術革新の発信元は勿論元豊穣の女神様だったシャラだ。今は丘の上に生えている樹に棲み着く精霊になってしまっているけれど、今も変わらず農作に関して人々の質問に答えてくれている。根本は今も優しい女神様だよね。
「ミスティちゃんはさー、村に泊まるお金は持ってるの? 暫く滞在出来るん?」
「はい、一応路銀はそれなりに持っております。寄付は募るつもりですが、そちらは教会を建てる方へ回したく思いますので、普段は酒場などで働こうかと思っております」
うーむ、酒場で働くシスターか。いいのかそれは。まぁ、先立つものが無ければ何も出来ないだろうしねぇ。
「ミスティさんの信念を感じますね。そこまで献身的になれるというのは尊敬いたします」
「でしたらリーファ様も、教会を建てることにご尽力を頂けますでしょうか?」
「……わたくしは、根本が魔術師ですので……」
うーん、価値観が違うんだよなぁ。ミスティさんは教会……というか神様第一なのだろうけれども、私は魔術師なので知識と真理を追い求めることを第一としている。だからその件については平行線にならざるを得ないのですよ。
そんな会話をしながら歩き続け、私たちはシュパン村に到着した。まずは別の建物で仮運営している教会への挨拶に向かう。
「シスターミスティ、ですか。ようこそ遠路はるばるいらっしゃいました。私はこの仮教会で神父を務めておりますデニスと申します」
「はい、よろしくお願いいたします、デニス神父」
狭い木造建物の中に、燭台を置いて祭壇に見立てた簡素なテーブルがあるだけの仮教会を訪れ、私たちはデニス神父にミスティさんを紹介していた。
「リーファ、サマエルも案内ご苦労だったね。シスターを泊めてくれて感謝しているとアナスタシアに伝えてくれるかな」
「はい、分かりました」
「りょーかーい、デニスのおっちゃん」
もう六〇代のデニス神父は、皺の多い顔に穏やかな笑みを浮かべて私たちを労ってくれた。相変わらずこの人の言葉は温かみを感じるね。このお方はシュパン村の多くの人にとって、いつも見守ってきてくれた父親みたいなものだし。
「して、これからシスターミスティは寄付を募るため活動するとの事だが、村民も日々の生活がある。あまり無理はさせたくないことを分かってくれ」
デニス神父もサマエルさんと同じことを言ってくれた。神に仕えるお方だけれども、基本優しい人だ。日々の生活を脅かしてまで教会を建てようとすることにはやはり反対らしい。
「そうですね……。それでもここに教会を建てるべくわたくしは尽力したいのです。何年掛かるかは分かりませんが、この村の信仰が試されることでもあると思っております」
信仰が試される、か。
教会が無ければ信仰は無いのだろうか? そんな事は無い筈だ。
でもこのシスターは、それよりも強い、もっと分かりやすい信仰を求めているんだろうなぁ。
そんな感じで私がもやもやしたもの感じていると、外でガチャガチャと金属音が鳴った。この聞き慣れた音はシャムシエルの鎧?
「リーファは居るか!」
「シャムシエル? どうかしたのですか、そのように慌てて」
急いで飛んで来たのだろう。シャムシエルは息切らせた様子だった。青ざめた顔と言い、何かあったに違いない。
「ここから西の山に、巨人の群れが迫っている!」
「……は? 巨人の群れ?」
そんな所に巨人の集落なんて無い筈だ。夢でも見ているのか、この天使は?
でもこの生真面目な天使がそんな馬鹿げた嘘を吐く筈が無い。あくまで真剣なのは分かっている。恐らく本当の事なんだろう。
私とサマエルさんは、疑念を胸にシャムシエルの案内で急ぎその現場へと向かったのだった。
◆ひとこと
魔術師とは真理を追い求める性質を持っています。
リーファちゃんのように神術へ興味を示すこともあるのですが、信仰ではありません。
彼女たちの価値観はいつまでも平行線なのです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!