第九五話「信仰が大事ということは分かるんですけどね」
「じゃあミスティさんは、シュパン村への布教のためにバーレの町から来た、ということ?」
「はい、そうです、アナスタシア様。わたくしは普段、宣教のために活動をしております。シュパン村には教会が無いと聞き、非常に悲しい気持ちになりまして……」
私、母さん、シャムシエル、サマエルさんの四人は、リビングでミスティさんのお話を伺っていた。アンナも居るけど、シスターの服が珍しいのか一人ミスティさんをモデルにお絵描きをしている。なんともマイペースな子だ。
バーレの町というのはシュターミッツ州の東側、つまりシュパン村とは山を挟んで東西の反対側にある町だ。このシスターはそんな所から一人険しい山越えをしてきたのか。
「そうねぇ、シュパン村からはベンカーの町が近いですから、数年前の火事で全焼した時も、特にお金を出して教会を建てようという動きにはならなかったみたいですよ。でも、熱心なカナン教信者も多く居ますし、別の建物できちんと活動はされています」
「それでも! 教会は人々の拠り所になります。村に無いというのは、寂しいことです……」
そうだねぇ。小さな村でも大抵教会はある。でもシュパン村には無いのだ。
それは母さんの言った通り、数年前に火事で全焼した所為である。幸い人的被害は免れたのだけれども、再建にはお金が掛かる。今も僅かずつではあるが再建のために寄付を募ってはいるけれども、未だ目途は立っていない。
「そうは言うけどさー、だったらシスターがお金出して建ててくれるの? みんな日々の生活があるんだからさ。建物が無いだけでちゃんと教会の活動はしてるんだからいいじゃん。まぁアタシは悪魔なんでどーでもいいことだけど」
うわ、流石サマエルさん。言い辛いことをぶっ込むなぁ。まぁでも、彼女の言う通りだよね。例え建物が無いからと言ってもきちんと活動はしているのだ。外野が兎や角言うことでないのも確かだ。
と、ミスティさんは驚愕の表情でサマエルさんを見つめた。あれ、悪魔だって説明してなかったの?
「サマエル……まさか、元御前の天使の、堕天使サマエルですか!?」
「たぶんそのサマエルだよん」
いえーい、とピースをするサマエルさん。神に仕えるシスター相手でもこの調子である。
「神を恐れ、このような所に隠れ住んでいたのですね……」
「いや別に神を恐れてる訳じゃ無いし隠れ住んでる訳でも無いけど。そこに能天使も居れば聖女も居るし」
あ、私が聖女だってバラしたよこの悪魔。まぁ良いけど、私の居場所はトップシークレットだから、ミスティさんに口止めしておかないとなぁ。
「聖女……ですか?」
「はい、一応わたくしは国の聖女として認められております」
私はにっこりと聖女スマイルで返す。ぽかんと口を開けていたミスティさんだったけど、何か気づいたように頷いた。
「聖女リーファ……、なるほど、『獣』を滅ぼした聖女ですね」
「滅ぼしたのではありません、神の御許へ送ったのです」
これを一々訂正するのも面倒だけれど、『獣』の尊厳のためにもきちんと説明しておく。彼は憐れな一匹の仔羊だったのだ。
「それならばなおのこと、村には教会を建てるべきではありませんか? 聖女が居るとなれば、人々の信仰も篤くなりましょう」
む、最初の話に戻ってしまった。まぁその話は分からないでもないんだけど、生憎とねぇ……。
「わたくしは聖女と認められてはおりますが、根本は魔術師です。心の底から神に仕えていないというのに教会の活動をするなどとは、逆に失礼に当たると思います」
「……そうなのですね」
聖女でありながら心の底から神を信仰していないという私の言葉がショックだったのだろうか、ミスティさんは辛そうな表情で俯いてしまった。でも仕方ないじゃない、本当のことなんだから。
「ミスティさん、取り敢えずシュパン村に向かうのは明日にして、今日はうちに泊まっていってくださいな? お腹も空いているでしょうし、すぐにお食事もお出ししますね」
「ありがとうございます。皆様と、神に感謝を」
母さんがいそいそとキッチンへ向かうのを後目に、ミスティさんは手を組み、目を閉じて私たちと神への感謝の気持ちを示した。
結局お話を伺っている間、シャムシエルは一言も発さなかった。
◆ひとこと
教会に限らず、日本でも寺社などは地域の拠り所として頼られてきました。
それはこの世界でも変わらない姿のようです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!