第九四話「やって来たのは謎のシスター」
夕食時、私はケビンから聞いた情報を母さんとサマエルさん、シャムシエルに話していた。アンナも聞きながら真剣な顔でうんうん頷いているけれど、絶対理解してない。かわいい。
「なるほどねぇ、ナビールがねぇ……」
母さんはお肉を囓りながら、うーんと考え込む。母さんも名の知れた魔術師だけど、軍属では無いので戦争要員では無い。でも私と同様、戦争となると色々と面倒だなと思っているに違いない。
「戦争ねぇ。相変わらず人の子というのは愚かだねぇ」
「そうは言うけどねサマエルさん、実際に飢えている人たちにしてみれば、もう他に手段が無いんじゃないかなぁ」
「民を飢えさせるくらいなら、頭を下げて属国になるくらいすりゃいいのよ」
おおっと、なかなか難しいことを仰るぞこの悪魔。でも多分真理なのだろうなぁ。既得権益に縋り付いている人たちが反対するだけで、飢えている国民からしてみれば、助けてくれるなら他の国の民になってもいいと考えるだろう。
「それで、そのナビールという国は手強い国なのか?」
「そっか、シャムシエルの居た時代にはまだ影も形も無い国か。えっと、向こうには翼竜に乗った騎士、所謂竜騎士っていう兵士が居るので攻められると厄介。でも手強いかどうかで言うと、士気が低いだろうから微妙なとこかな」
ナビール王国には古竜よりも知能が低い翼竜の巣が点在している。彼らはその翼竜を手懐け、空を駆る兵士を育成しているのである。
空を自在に翔べる兵、というのは戦略において非常に利がある。何しろ地形を無視して行動出来るし、弓矢や大砲、魔術でないと地上の軍は対応出来ない。
「飢餓もあるので兵の士気が低いだろうし、何より翼竜の餌も満足に確保出来ていない状況だろうね。運用するのは難しいんじゃないかな」
「竜騎士か……。天使のように空を自在に駆り戦えるというのは大きな利点だな。しかしリーファの言う通り餌が確保出来ないのであれば、すぐにでも宣戦布告をしてきそうなものだが」
そうだねぇ。飢えた翼竜を放置してるなんてリスキーだもんねぇ。
「……と、あら? 誰かが結界に入ったわね」
夕食の片付けを始めたところで、母さんが森の結界に誰かを感知したらしく、その人が来たのであろう方角を向いた。えーと、西かな。山のほうから来た?
「こんな時間に一人で森を彷徨いてるのはあんまり感心できないわねぇ」
「アナスタシアさん、私が確認してきましょうか?」
普段から辺りの見回りには慣れているシャムシエルが立候補するも、母さんはかぶりを振ってそれを制する。
「いえ、もう来ているわね、家の前よ」
と、母さんが言ったところで家のドアベルが鳴った。そのまま鎧も着けずにシャムシエルが「私が出ます」と言って玄関の方へと向かったので、私もついていくことにした。
ノックされている玄関のドアの鍵を、シャムシエルは躊躇いも無く開けた。向こうに誰が居るか分からないけれども、強盗如きはこの天使と魔剣〈隠された剣〉の敵では無いだろう。
ドアを開けると、そこには修道服を纏った旅のシスターらしき女性が居た。肩より少し長めの金髪を三つ編みにしており、背は高いがすらっとした身体は日々の質素な食生活によるものだろうか。年の頃は二〇歳くらい? シスターらしく清楚な印象を受ける。
「このような夜更けに申し訳御座いません。わたくしはミスティと申します。真っ暗な中を彷徨っていたところ、明かりが見えましたので立ち寄らせて頂きました」
そのシスターは困ったように眉尻を下げてそんな風にのたまった。悪意は感じないし、武器も持っているようには見えないので大丈夫かな?
「こんな暗い中に森を歩くのは危険ですよ。ですがここにいらしたのは正解かも知れませんね。ここには魔術結界のお陰で熊や猪などの危険な生き物は現れませんし」
私は聖女モードに切り替えてそう応対する。母さんの魔術結界は、熊や猪が立ち入れないようになっている。お陰で私たちは日々を安全に過ごせているのだ。
私の言葉に、「まぁ」と両手を合わせて驚くミスティさん。なんだかのほほんという空気を感じて、こっちまで心穏やかな気分になってしまう。
「玄関で立ち話も何ですし、奥でお話を伺いましょう。私はリーファ。こちらの天使はシャムシエルです。……シャムシエル?」
なんだか先程から一言も発しない天使が気になって隣の顔をちらりと見ると、なんだか砂を噛むような複雑な表情をしている?
「シャムシエル、どうかなさったのですか?」
「……あ、あぁ、いや、なんでもない。そうだな、詳しい話を聞かなければ」
なんだかシャムシエルには、奥歯に物が挟まったようにもどかしい気持ちが見える。いつの間にか玄関に来ていたサマエルさんが、「こっちこっち」とミスティさんを案内してくれた。
残された私も、シャムシエルを引っ張ってリビングへ戻ろうとすると、逆に服を引っ張られた。
「……どしたの、シャムシエル?」
「……リーファ、その、だな…………、上手く言えんが……」
この脳筋天使にしては珍しく歯切れが悪い。何か口に出来ない事情をなんとかして話そうとしているように見える。
「……あの女には気をつけろ。私から言えるのはこれだけだ」
そう言って、シャムシエルも急ぎリビングへと戻って行ってしまった。
「……どういうこと?」
シャムシエルがそんなことを言うなんて珍しい。いつもなら、そう感じた時は本人の目の前でも「コイツは危険だ!」とか言いそうなんだけど。
私は一人、彼女の言葉の意味を理解出来ず、首を傾げていた。
◆ひとこと
ワイバーンはドラゴンの頭に蛇の尻尾、鷲の足を持つ怪物ですね。
でもドラゴンと混同されがち。
ドラゴンとワイバーンを見分ける方法は簡単、手が翼と一体化しているのがワイバーンですね。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!