第九三話「きな臭くなって参りました」
今話より新章です!
どうぞ変わらずのご愛顧を頂けますようよろしくお願いいたします!
「毎度あり、それじゃあいつも通り荷物は玄関の中に運んどくぞ」
「うん、お願い。あ、この本だけは手に持ってるから、作業お願いね。終わったら呼んで」
「あいよ」
行商人の犬人、ケビンに代金を支払い、彼が猪人の護衛と一緒に荷物を運び込んでいるのを横目で見ながら、私は購入したものの一つである古代神術の本をぺらぺらと捲る。うん、特にこの本の中に天使が封印されているとかは無さそう。そんな本はそうそう無いか。
約一年前のこと、私――いや、あの頃は自分のことを僕と呼んでいたんだけれども――は、そこのケビンから購入した古代神術の本から呼び出した能天使シャムシエルにより、女の子……というか、聖女の姿へと変えられてしまったのである。
その後、飛び込んできた問題を解決していくことで、あれよあれよとエーデルブルート王国の聖女として認定されるまでにもなってしまい、後戻りが難しくなってしまった。だって国の問題なので、そう易々と元の姿に戻る訳にはいかないのだもの。まぁ戻る手段自体見つかって無いんだけど。
「んー……、この本でも手掛かり無しかぁ。私が聖女になった切っ掛けはシャムシエルの使った奇跡によるものだし、やっぱり私と同じく奇跡を行使出来る存在を見つけるしか無いのかなぁ」
聖女化と逆の奇跡を身に受ければ、恐らく男に戻ることは出来ると思う。
しかしながら、神の奇跡を行使出来る存在というのは……恐らく世界で私ただ一人しか居ないだろう。魔術師でありながら肉体を変質させる聖女化の奇跡を身に受けたことで私は神の奇跡を行使出来るようになったけれども、シャムシエル曰く「私のような『聖女を生み出す任務』を受けた天使は他に居なかった」という事だしなぁ。まぁ一二〇〇年以上前の事だし、その後は分からないんだけどさ。
という訳で、そんな天使が封じられた本が他に無いか御前の天使であるラグエル様に確認したところ、「ありますね」という回答が来たのでケビンの行商が来るたび逐一買っているのである。もし聖女化の奇跡をもう一度この目で確認出来れば、ちゃんと解析出来るかも知れないからね。
しかしなぁ……そんな安い買い物でも無いのでお財布が泣いてるよ、うぅ。
「よし、運び込み終わったぞ、リーファ」
おっと、流石仕事が早いな、ケビンの所の猪人たちは。護衛もやりつつ荷運びもやってくれるのでケビンも助かっているらしい。彼らは鍛えるのが趣味と聞くのでトレーニング感覚なんだろうな。うちの脳筋天使と馬が合いそう。
「うん、ありがとう」
「……それにしても、もう一年か? すっかりお前の姿も見慣れちまったなぁ。最初は何の冗談かと思ったがよ」
「……ソウダネ」
何とも言えない想いに、思わず天を仰いで棒読みしてしまった。ケビンは犬人だけど、商売人なので人間の雌雄の区別がちゃんと付くんだよねぇ。
ちなみに私が元男であることは重要な機密事項なのだけれども、ケビンはきちんとその辺を弁えて口に戸を立ててくれている、らしい。商売は信用が大事だからね。
「ところでリーファ、お前んトコはお得意様なので、知らせておきたい情報があるんだが、聞いて欲しい」
「知らせておきたい情報?」
ひそひそと小声で話し始めたケビンの様子に、何やらただならぬものを感じる。聞きたいか? じゃなくて聞いて欲しい、とな? 一体何だと言うのだろう?
「なんか穏やかじゃない雰囲気だね、何かあったの?」
「ああ、西のナビール王国の動きがきな臭い」
「ナビール王国……」
ナビール王国はここから西にあるシュターミッツ州の西に接する国だ。大部分が山地で、主な産業は林業と鉱業。耕地として利用できる面積が狭いゆえに自給率が非常に低い、という話を聞いたことがある。
「きな臭い、って戦争でも仕掛けてくるってこと?」
「すぐにそうはならないと思うがな。昨年の秋、ブルーメの町で収穫前の麦が全滅したって話は知ってるか?」
「…………うん」
それはよく知っている。この目で見たし、何なら全滅した真の原因も知っている。国家機密なので絶対に言えないけれど。
「それもあって、昨年は麦を国内確保に多く回していたお陰で、輸出出来る量が少なくなったんだよ。で、そのツケは――」
「なるほど、エーデルブルート産の食料が頼りのナビール王国に皺寄せが来た、と」
国内だけで活動していたベリアルだったけど、思わぬ所に皺寄せが来たものだね。もうあの大悪魔は魂すらも残っていないけれども、起こした悪行の煙は今でも燻っているようだ。
「そういうことだ。飢餓も深刻なようで、徴兵年齢も下げていると聞く」
「うわ、うちの国かは分からないけど、戦争する気満々じゃない」
「ナビールの南も西も強大なカナン神国の同盟国だから、東のエーデルブルート王国か南東のクレス王国、この二カ国しか無いだろうな」
確かに、神国がバックに居る国を狙うことは無いだろう。エーデルブルート王国とクレス王国にはカナン神国の教会が多く存在はしているものの、同盟国という訳ではない。
そしてクレス王国の西側は山地なので旨味は少ない。私だったら我が国でも有数の肥沃な土地であるシュターミッツ州を狙いに行くだろうな。
「戦争かぁ……、やだなぁ」
「リーファも国の聖女だし、そうなったら呼ばれるのか?」
「いや、私はたぶん呼ばれないけど……でもねぇ……」
私は国の聖女でもあり、カナン教の聖女でもある。なので内乱の鎮圧などには動員されるけれども、勝手に対外的な戦争に駆り出すと多分カナン神国が許さないので、戦争要員には数えられない。
でも、戦争になると色々と物の流れが変わったりするから、普段手に入る物が手に入らなくなったりするので私は嫌なのです。そりゃ軍需とかあるので薬が売れたりする側面もあるけれど、マイナスの方が大きいのだ。
「ま、教えられるのはこんな所だ。また次来た時何か追加情報があれば教えるよ」
「うん、ありがとう、ケビン」
護衛の猪人たちが守るケビンの馬車が村の方へ戻って行くのを確認し、私は家の中へと戻った。あー、うちの姉妹たちが仕事や学校から帰ってくる前に荷物を片付けないと。
◆ひとことふたこと
コボルトは犬の頭を持つドイツの妖精ですね。
金属のコバルトの語源になっています。
お金持ちな妖精なので、この世界でも商人をやっている事が多いようです。
みんな大好き(?)オークは出典元が近代の物語ですね。
元は猪ではなく豚の頭を持っていますが。
この世界のオークは猪らしくとても良いガタイを持っているので、身体を鍛えるのが好きなようです。ワンモアセッ!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!