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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第二章「寂しがりやの女神様」
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第九一話「滅びの火矢が焼き尽くす」

 シャムシエルからなます切りにされたベリアルは(すで)に虫の息で、今にも(ほろ)びを(むか)えようとしていたものの、なおもその口端(くちは)に笑みを()り付けていた。


「やれやれだ、この僕が人間と能天使(パワーズ)(ごと)きにここまでされるとはね」

随分(ずいぶん)余裕(よゆう)じゃねぇか、ベリアル。いよいよ観念(かんねん)したか?」


 メタトロン様とサンダルフォン様がその巨大な剣と(おの)を突きつけても、ベリアルは気分の悪くなるような(ふく)み笑いをしていた。


「いやぁ、降参(こうさん)だよ。さあ、僕を殺すと良い。それでお前たちの日常はすべて元通りだ」

「………………」


 明らかにおかしい。コイツは何かを(かく)している。


 殺されれば神の御許(みもと)へ送られ、我らが主の管理下に入ってしまうというのに、何か奥の手があるのか?


 ……いや、そもそも殺されてもどうにかなる手段(しゅだん)がある? それは、もしかして――


約束の地(カナン)におわす主の御名(みな)において真実を(かた)りますようお願いいたします。ベリアル、貴方(あなた)は〈輪廻転生(リィンカーネーション)〉の魔術を使いましたね?」

「……ああ、そうだよ。チッ、魔術の知識にも()けているのか、この聖女様は」


 ベリアルは忌々(いまいま)しそうに私を()め付けた。ここに居る天使だけなら知らなかったかもだけど、生憎(あいにく)と私は一人前の魔術師と(みと)められた者だ。その魔術の理論(りろん)自体ならば知っている。


「リーファ、〈輪廻転生〉とは何だ?」

(たましい)現世(げんせい)(しば)り付け、その肉体が滅びてもいずれ別の知的生命体の肉体に魂を移す究極(きゅうきょく)の魔術です。理論が構築(こうちく)されたのはベリアルが封印されていた間の数百年前で、実現した例は確認されていませんが、彼の言う通りならばその魔術を行使(こうし)しているのでしょう。……何処(どこ)でその魔術を完成させたのですか?」

「封印中だよ。(ひま)だったものでね」


 情報が(かぎ)られている封印中に成し()げるとは。まさか実現出来る者が居るとは思わなかったけれども、ベリアルくらいの存在ならば納得(なっとく)出来(でき)る。


「……なるほど、理解しました。ですが、貴方を現世へと()(もど)らせる(わけ)には(まい)りません」

「はっ、口では何とでも言えるがな。もう魔術は完成しているんだよ、聖女リーファ。どう足掻(あが)こうが僕は神の(もと)へは送られない。いずれ復活し、再びこの世を混乱(こんらん)(おとしい)れるために暗躍(あんやく)してやるさ」


 あくまで余裕を(くず)さず、高笑いを上げるベリアル。


 だけど、彼は一つ忘れていることがある。


「どうする、リーファ。ここで殺すのは容易(たやす)いが……」

「いえ、(とど)めはわたくしが刺します。ありがとうございます、シャムシエル」

「しかしリーファよ、このままだと再び現世に戻ってくるんじゃないのか? だったら、封印か幽閉(ゆうへい)でもしておいた方が……」


 メタトロン様の心配もごもっともなんですけれどもね。私は生憎と、神の奇跡を使える存在なのです。


 それに、シャラの(かたき)だ。このままのうのうと生かしておく訳にはいかない。


「主よ、堕落(だらく)した者たちへ正義の鉄槌(てっつい)(あた)(たま)え――」

「何をやろうが、再び舞い戻ってみせるさ、僕は――」

「〈滅びの火矢(アバドン)〉」


 奇跡が完成すると(とも)に、私の眼前(がんぜん)に、ぽうっと(あお)く光る火矢が現れた。


 その火矢はゆっくりとベリアルの(むね)へと()い込まれるように落ち、やがて浸食(しんしょく)するようにベリアルの身体を燃やし始めた。


「な、なんだ、この炎は? 魂が焼ける……!」


 ここに(いた)り、ようやくベリアルの余裕の態度(たいど)(くず)れ始め、炎を消そうと(あわ)て始める。


 けれども、神の怒りの炎は消えない。お前の(けが)れた魂ごと燃やし()くすんだよ、ベリアル。


「その昔、堕落した都市を滅ぼした神の火矢です。そこに住んでいた者たちの魂は汚れきっていたため、神の御許へと送られることはありませんでした」


 私は「何故(なぜ)なら」と続ける。


「その炎は、矢が()ち込まれた対象すべてを焼き尽くすのです。それは魂すら例外(れいがい)ではありません」

「止めろ! おい、この炎を消せ! ああ、熱っ……!」


 炎が口まで(とど)いた所為(せい)か、のた打つベリアルの言葉が途中で途切(とぎ)れる。一人の大悪魔が燃え(さか)るという凄惨(せいさん)光景(こうけい)であるものの、蒼い炎はあくまでベリアルだけを燃やし、聖堂には延焼(えんしょう)しない。


 私たちは、ベリアルの燃え(かす)すら残らないまで、その光景を(なが)めていたのだった。




「そうか、シャラは()ってしまったか……。すまない、俺たちが(おく)れたばかりに」

「……いえ、メタトロン様の所為(せい)ではありません。むしろ予定よりも急いでくださり助かりました。あの時逃がしていれば取り返しのつかないことになっていたでしょう」


 空に逃げられては私では追うことが出来ない。メタトロン様は丁度(ちょうど)良いタイミングで来てくれたと言える。サマエルさんが弓で(ねら)っていただろうけれども、空中で追い落とすのは(むずか)しいだろう。


「終わった?」


 サマエルさんと、サマエルさんを呼びに行ってくれたサンダルフォン様が、穴の()いたステンドグラスの向こう側から現れた。各一二枚の白い(つばさ)と黒い翼が対比(たいひ)となり、天から差す光に()らされてなんとも幻想的(げんそうてき)な光景だ。


「サマエルさん……。はい、終わりました。ベリアルは魂ごと滅ぼしました」

相変(あいか)わらず規格外(きかくがい)の力だな、リーファちゃん……。……シャラちゃんは?」

「………………」


 私は無言でかぶりを振った。それで(さっ)してくれたのだろう、サマエルさんは「そっか」と短く答えた。その表情は何とも言えない(うれ)いを(はら)んでいた。


 一息()いたところで、私は(ふところ)へ大事に仕舞(しま)っていた種を取り出した。親指大の種ということは、これは普通に畑へ植えるものではなく、樹が()ると考えていいだろう。植える場所を決めてあげないとな。


「リーファ、それは何だ?」

「これは、シャラが(のこ)してくれた種です。彼女は村を見守ることが出来る場所に()めて()しいと言っていました」

「……そうか。村に尽力(じんりょく)してくれた彼女のことだ。そうしてあげられたら本望(ほんもう)だろう」


 短い間だけど家族として一緒に()ごしたシャムシエルも、思うところがあるのだろう。私に()を向けて天を(あお)いだ。きっと涙を(こら)えているんだな。


 こうして大混乱を(まね)いた大悪魔を滅ぼした私たちだったけれども、大切な女神様を犠牲(ぎせい)にしてしまったことで、複雑(ふくざつ)な想いを胸中(きょうちゅう)に王都を()ることになったのだった。


 私は、彼女が()けられていた十字架(じゅうじか)を見つめ、思う。もっと早くシャラの元へ辿(たど)り着いていれば、結果は変わっていたのだろうか? いや、そもそもカナフェル大司教(だいしきょう)猊下(げいか)(あやつ)られている可能性を考えていれば、こんな悲劇(ひげき)は起こらなかったのではないか?



「……もしも、などと考えても仕方ないのですよね。わたくしも、もっと成長しないと」


 この命を(すく)ってくれた、シャラの(ため)にも。


◆ひとことふたことみこと


キリスト教には輪廻転生の考え方はありません。主にこの考え方はヒンドゥー教と仏教ですね。

ユダヤ教にはギルガルという輪廻転生の考え方があるようです。


聖書の中で、ソドムとゴモラという堕落した都市が登場します。

これらの都市はあまりに汚れていたため、神の火矢で滅ぼされてしまったのです。


アバドンは作中で既に消滅してしまった悪魔の名前ですね。

元々は天使で奈落の番人でもあり、実は黙示録の獣を1000年幽閉したのがアバドンです。

前述している通り、名前の意味は「破壊」です。


--


これで物語はいったん終了。

次話は本章のエピローグになります!


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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