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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第二章「寂しがりやの女神様」
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第九〇話「私は怒っているんだ!」

「別れは済んだかな、聖女よ」


 ベリアルの全身から(けむり)が立ち上っている。(おそ)らくサマエルさんの毒にやられているのだろう。見た目余裕(よゆう)そうではあるけれども、かなり弱っていると見える。シャラを看取(みと)っている間に攻撃出来(でき)なかったのは、先程の(やり)に力の多くを(つい)やしたからだろう。


「なに、すぐに貴様(きさま)も神の御許(みもと)へ送ってやろう。まぁ、異端(いたん)だったシャラが同じ場所へ()けたかどうかは分からないけどね」


 左の瞳で余裕の表情を見せているベリアル。


 その表情を(くず)してやる。


(だま)りなさい、二番目」

「……なんだと?」


 私の言葉が聞き捨てならなかったのか、ベリアルの表情は(こお)り付いた。


「ルシファー様に(およ)びもつかない二番目が、虚勢(きょせい)()るなと言っているのです」


 みるみるうちに美しい天使の顔が、(にく)しみに(いろど)られて(みにく)(ゆが)んでいく。やはりこの言葉は何よりも効果的(こうかてき)だったらしいね。


「貴様……、人間の分際(ぶんざい)でこの僕を愚弄(ぐろう)したな? 楽には死なせてやらんぞ!」

「二番目風情(ふぜい)が、やってみなさい! 主よ、万軍(まんぐん)の神よ、(すく)(たま)え、〈神の恩寵(グラティア)〉!」


 まずは先手、〈神の恩寵〉で身体へのダメージを無効化する。これでどんな攻撃が来ようが持ちこたえられる。


「何をしたのかは分からないが、その身体に風穴(かざあな)を空けてやる! 〈苦痛の弾丸(シュメルツクーゲル)〉!」


 ベリアルが()ばした手から、光の(たま)が真っ直ぐ私の右太腿(ふともも)(ねら)い、そして直撃(ちょくげき)する。流石(さすが)は大悪魔だ、大魔術すら詠唱(えいしょう)無しで(はな)つとは。


 でも、こんな衝撃(しょうげき)()えてみせる。


 今の私は怒っているのだ。


「耐えた……? 防御の奇跡かッ!」


 ベリアルが(した)打ちをして、今度は近づいてくる。衝撃自体は有効と気づいたのだろう、近接戦で圧倒(あっとう)するつもりか。だけど、そうはさせるか!


「主よ、(ゆる)しを()う者に慈悲(じひ)(あた)え給え、〈(ハコテル)〉!」

「げぶっ!?」


 私に向かって渾身(こんしん)(こぶし)を叩き込もうとしたベリアルの顔が、見えない(かべ)にぶつかってなんとも無様(ぶざま)な声を上げた。奇跡で(つく)られた〈壁〉は、いかな大悪魔と言えど(やぶ)ることは出来ないだろう。


「このッ! ならばこうだッ! 煙に(まみ)れて窒息(ちっそく)しろ! (うら)みの炎よ、この聖堂ごと燃やしてしまえ!」


 何の魔術を展開(てんかい)するのかは分からないけど、火事を起こして私を無力化するつもりか!


 でもその程度(ていど)も予想済みだ!


「〈神域(パーミッション)〉!」

「〈地獄の業炎(インフェルノ)〉――なに!?」


 私は丁度(ちょうど)ベリアルの魔術が展開されるタイミングで、魔力の術式(じゅつしき)を許さない結界(けっかい)を造る〈神域〉の神術(しんじゅつ)を展開した。大魔術が単純な方法で(ふせ)がれてしまったベリアルの表情が驚愕(きょうがく)に歪む。こんな神術はベリアルの膨大(ぼうだい)な魔力で容易(たやす)く破られるかも知れないけど、一度だけ防げればいいのだ。


 そして近づいて(すき)を見せてくれたこの機会(きかい)こそ、私が(のぞ)んでいたものだ。


「主よ、私に悪を()(ほろ)ぼす聖者の槍を与え給え! 〈竜殺しの槍(アスカロン)〉!」


 先程シャラを(つらぬ)いたものとは(くら)べものにもならないほど太い光の槍が、眼前(がんぜん)(かざ)した私の手から生まれ、隙だらけのベリアルの(むね)を貫いた。槍は(いきお)いを殺さず、大悪魔は胸に槍を生やしたまま吹き飛ばされる。


「ぐぅ……っ!?」


 でも、これで終わりではない。この悪魔は、徹底的(てっていてき)に滅ぼさねばならない。


 何しろ私は怒っているのだ!


「主よ、どうかそのお力で、正しき怒りを(しめ)し給え! 〈怒り(アフ)〉!」

「ぐふっ!?」


 神の怒りを、放物線(ほうぶつせん)(えが)いていたベリアルの頭上から()ち付ける。見えない衝撃は彼の身体を床へと強く叩きつけた。派手(はで)な音を立て、大悪魔は床にめり込む。


「く……そ、貴様、いつか必ず滅ぼしてやる! それまで待っていろ!」


 ベリアルは(にせ)の天使の(つばさ)から魔力を放出(ほうしゅつ)させると、先程サマエルさんが()けたステンドグラスの穴に向かって一直線に飛び立った、逃げる気か!


 が、穴から出たところで何かに()ね返されたかのように、再び聖堂内へと飛び込んできた。そしていつもは信徒(しんと)の方々が(すわ)っている席の中に突っ込む。(すで)に全員カナフェル大司教(だいしきょう)猊下(げいか)(とも)避難(ひなん)しているので、人的(じんてき)被害(ひがい)は無い。


「おいおい、何処(どこ)へ行こうってんだ? 貴様はここで滅びるんだよ、ベリアル」


 そう言って穴から入ってきたのは、一二枚の光り(かがや)く翼を持つ、私もよく知っている褐色(かっしょく)(はだ)巨漢(きょかん)の天使。……だけでなくもう一人、もう一回り大きな体躯(たいく)を持つ男性の天使も居た。巨漢の天使が二人とか(すご)絵面(えづら)だ。


「メタトロン様!」

「おう、リーファ、(おそ)くなって済まない。あ、こっちは弟のサンダルフォンだ。よろしくな」

「………………」


 メタトロン様とよく似た顔のサンダルフォン様は何を言うこともなく私に対して軽く頭を下げて見せただけで、再び油断(ゆだん)なくベリアルの方を(にら)み付けた。私も(あわ)ててそちらを向く。


「く……くくく…………、奇跡を使う女に御前(ごぜん)の天使の筆頭(ひっとう)が二人? 何の冗談(じょうだん)だ、おい」


 ()い上がったベリアルは、その表情にようやく絶望(ぜつぼう)の色を見せた。


「ベリアル、貴様の悪行(あくぎょう)もここまでだ。大人しくしていれば楽に死なせてやるぞ」

「冗談を言え、成り上がりのメタトロン。僕は逃げ()び、いつか貴様等への復讐(ふくしゅう)を成し()げて見せる。だから――」


 と、ベリアルの言葉が終わらないうちに聖堂の玄関(げんかん)が開け放たれ、一人の天使が入ってくる。


 マズい、よく見えないけれど、もしかして(あやつ)られている天使か? だとしたら逃亡に手を貸してしまう恐れがある!


「おい! そこの天使! ベリアルの名において命ずる! 僕が逃げるまで時間(かせ)ぎをしろ!」

「…………ベリアル。そうか、貴様が」


 ん? この声は……?


 天使は(さや)から剣を()き、ゆっくりとベリアルに向かって(あゆ)みを進め始める。


「おい、何をしている? おい――」


 ベリアルはようやくその天使が自分の傀儡(くぐつ)でないことに気づいたのか、へたり()んだまま後ずさる。


「貴様には世話になったからな、ベリアルよ。ここで〈隠された剣(クォデネンツ)〉の(さび)にしてくれよう」


 ようやく見えたシャムシエルの顔には、凄味(すごみ)のある笑みが()かんでいた。


◆ひとことふたことみこと


リーファちゃんガチギレです、無理もありませんが。


アスカロンは聖ゲオルギウスという聖人が、悪しき毒竜を倒す為に振るった槍です(槍ではなく剣となっているお話もあります)。

聖ゲオルギウスは毒竜に困っていた国に「俺が倒しに行く」と言って向かったのですが、毒竜に首輪を付けて戻ってきました。

そして彼は「キリスト教に改宗するなら竜を殺してやるぞ」とその国の王様を脅したのです。聖人とは……(笑)


サンダルフォンはメタトロンの弟で、御前の天使です。

メタトロンと同じく、聖書ではなく聖典、タルムードに登場します。

メタトロンもとんでもない大きさを持つ天使なのですが、サンダルフォンは人間が500年歩いてもまだ到達出来ないほどにデカい天使らしいです。マジパネェ。

名前の意味は「兄弟」。赤ちゃんの性別を決める役目を持った天使なのですよ。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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