第九話「彼女の意図が何なのか分からない」
僕たちが古代遺跡へたどり着くと、そこは以前見た景色とは異なっていた。
「くっ……、流石に……古代悪魔の力は一筋縄ではいかないか……」
古代遺物に手をかざし封印を破ろうとしているルピアの声が苦悶に震えている。それを囲む岩々は魔力の共鳴により震え、今にも砕けそうだ。
「リーファ、どうする?」
「……止めたい所だけれど、周囲に魔術のトラップが仕掛けられてる。まずはそれを破壊しないとだね」
「神術で破壊を?」
「うん、僕は攻撃魔術があまり得意じゃないから、神術で。でも万が一にでも封印に影響するのはまずいから、広域神術じゃなくてトラップを一つずつ狙っていこう。そっちは僕がやるから、シャムシエルはルピアの方を警戒しておいて」
「了解した」
小声での作戦会議を終えると、すぐさま僕は魔術による広域探知を行う。たぶんルピアに気付かれるだろうけどこればかりは仕方ない。見つけたトラップを〈光槍〉の神術で次々破壊していく。
「……またオマエたちか」
封印を解く手を止めたルピアが振り返る。その金色の瞳は獲物を見つけた獣のように、煌々と輝いていた。
しかし、なんだろう、魔力の流れ方に違和感があった。
もしかすると、あれは封印を解いていたのではなくて――
「神の御名の下に、古代悪魔の封印は解かせません! 何故にその身体へ憑いているのかは分かりませんが、すぐに出ていきなさい!」
剣を抜いたシャムシエルが高らかに吠える。僕は一刻も早くルピアを止めに入れるように、トラップを破壊していく。残り一〇個だ。どれだけ設置したんだよ、もう。
ところが、シャムシエルの言葉を聞いたルピアは一瞬ぽかんと口を開けていたものの、ぷっと噴き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「な、何が可笑しい!」
「は、はっはっは! そうかそうか、古代悪魔の封印を解くことを止めるのか! 好きにするがいいぞ! この身体から出ていくのは拒否するがな!」
次の瞬間、ルピアの身体から猛烈な魔力の風が襲い掛かった。咄嗟にシャムシエルが〈聖壁〉を展開してくれたお陰でこちらに影響は無かった。
でも、神術防壁を展開されるとこちらの〈光槍〉も放つことが出来ない。トラップも残り三つなんだけどな。
「ほらほらどうした!? 私を止めるんじゃなかったのか!?」
「ぐっ……」
強まる魔力風を受け、シャムシエルの頬に一筋の汗が流れるのが見えた。昨日も思ったことではあるけど、展開している神術防壁の術式を見ると少し造りが粗い。彼女は神術があまり得意ではないんだろう。
このままではトラップの破壊も出来ないし、そっちは諦めた方がいいのかも知れないな。
「聖霊よ、異端なる力の行使を止めよ、〈神域〉!」
ギリギリ古代遺物に届かない範囲で〈神域〉の神術を展開し、この区域内では魔力を使った術式を展開することは出来なくなった。
ただし、トラップは範囲外に設置されている。そこから放たれた魔術はこの区域でも有効となってしまうため、それによる攻撃を覚悟しなければならない。
「シャムシエル、トラップは残り三つだけど諦めよう!」
「……承知した!」
「ふん、魔術禁止の結界か、小賢しいことを。神術の外へ移動すればいいんだろう?」
「させるかっ!」
シャムシエルが剣で威嚇してルピアの移動を阻止する。殺しはしなくても、多少傷つけるのは止むを得ない所があるだろう。
剣を振るった瞬間に三つのトラップから魔術の光がシャムシエルへと放たれた。でもそれは彼女へと届く前に消滅する。
「……神官、貴様の仕業か」
「神官じゃないけどね」
忌々しげに舌打ちしたルピアに、ニヤリと笑って見せる僕。トラップの方向から砲撃を予測し、小さな〈聖壁〉を展開してシャムシエルを守ったのだ。
しかし攻撃を予測しながら術式を無詠唱複数展開するのは頭が疲れる。残ってたのが三つでまだ良かった。これ以上あったら対応出来なかったな。
「観念することだな。槍を捨てて憑依しているその身体から出ろ、でなければ……」
ちらり、と僕を見るシャムシエル。うん、分かってる。神術を使って無理矢理追い出す方法は昨日教えて貰った。
しかし、剣を突きつけられている状況にも関わらず、ルピアは鼻で笑って見せた。
「……ふん、勝ったつもりか? 甘すぎだな。まぁ計画が少し狂ったが、構うまい」
「えっ……?」
思わず目を疑った。ルピアが短槍を古代遺物の埋まっているあたりの地面へと突き刺し、膨大な魔力により〈神域〉を一部だけこじ開け、そこから封印へ魔力を送り込み始めたのだ。
相手は神の奇跡による封印だ。普通の人間の魔力ならばビクともしないだろうけど、今彼女の身体には村で吸収した魔力がある。膨大な魔力を注ぎ込めばその封印も弾け飛ぶ可能性があるだろう。
「こっ、こいつ、封印を力技で爆破するつもりか! そんなことをしたらその身体まで巻き込まれるぞ! シャムシエル、止めて!」
「ぐっ……ダメだ、押されるっ!」
シャムシエルがルピアに近づこうとするも、強すぎる魔力の風圧に飛ばされそうになっていた。
「はっはっは! この身体が巻き込まれようが知ったことか! また行き倒れなどの弱った憑依先を見つければいいだけだからなぁ!」
「外道があああ!」
高らかに笑うルピアにシャムシエルがやっと近づき槍を奪うも、一度パスが通ってしまったために魔力の奔流は止まらない。強すぎる魔力の放出に対する拒絶反応が起こっており、ルピアの肉体から煙が上がっている。こ、このままじゃあの身体もタダじゃ済まないのに! こいつの目的は悪魔の調伏じゃないのか!?
最早ここまで来たら〈神域〉を展開している意味も無い。僕は別の一手に集中することにした。
「聖霊よ、何人たりとも通さぬ守りをここに、〈聖壁〉!」
ルピアと古代遺物との間に〈聖壁〉を生み出す。封印へ魔力を送り込んでいる場所に穴が開いているけど、これで少しでも封印が弾け飛んだ時の被害を減らせるだろう。
「来るよシャムシエル! その子をお願い!」
「承知した!」
〈聖壁〉を維持したままシャムシエルに告げると、彼女はルピアの身体を押し倒す。
その直後、封印が抱えられる魔力は限界を突破し、轟音が山に鳴り響いた。
◆ひとこと
はい、詠唱が出てきました。
詠唱が無くても術式展開は出来ますが基本的に綻びが出ます。
シャムシエルのように技術的に未熟でも造りが粗いこともあるようで。
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次回は本日22時半頃に更新予定です!