第八九話「彼女の望みを叶えるために」
「シャラ……シャラ!」
私は全身が痛むのも構わず、シャラの名前を呼びながら駆け寄った。槍はシャラの胸を貫通しているものの、抜けきれずにそこで留まっている。
「あぁ……リーファちゃん……。無事やったんやな……」
「うん……うん、シャラのお陰で、無事だよ……!」
「あかんで……、人前やし、言葉遣いに気ぃ付けんと……」
こんな状況にも関わらず、聖女モードも忘れて声をかける私になんとも緊張感の無いことを言うシャラだったが、その身体からみるみるうちに魔力が霧散していくのが見て取れた。心臓を貫かれても生きているのは流石女神ではあるけれども、神格である彼女が魔力を失うということは、即ち死を意味する。
「待ってて! 今槍を抜いて、神気を分け与えるから!」
「ええんや……、それが無駄なことくらい、うちにもわかっとるさかい……」
シャラの言う通りなんだろう。ベリアルの呪いの槍は、貫いた者の生命力と魔力を根こそぎ奪っていくものであるのは私にも分かる。
「なあ、リーファちゃん……。あん時の返事、やっぱり答えてくれんでも、ええわ」
あの時の返事。
シャラをベリアルから解放した翌朝、私を好きだと言ってくれたことだ。
「その代わり……」
シャラの血に濡れた手が、私の頬に触れる。シャラの瞳からも、私の瞳からも涙が落ちる。シャラの顔をはっきりと見ていたいのに、視界がぼやけて見える。
「うちを、村が見渡せる場所に、埋めて欲しいんや……。うちによくしてくれたみんなを、見守っていたいんや……せやから…………」
「そんな……、まだ私にも、村にもシャラが必要なのに……、教えて貰っていないことがたくさんあるのに……」
「せやなぁ……まだ心残りがいっぱいや……。でも、残念やけど、ここで終いや」
シャラは眉尻を下げて苦笑する。私だって、村のみんなだって、心残りしか無いよ。
もう目も見えていないのだろうか、私を見るシャラの視線はおぼつかない。そして段々と彼女の身体は透けていく。女神としての身体が終わりを迎えようとしているのだ。
「リーファちゃん、みんな、短い間やったけど……」
握っているシャラの手から、力が抜けた。
「うちは……幸せ…………」
最後にそれだけを言い残し、跡形も無く女神の身体は消滅した。
「………………」
夢でも見ているのだろうか。なんとも呆気なく、シャラは逝ってしまった。
「……あ…………」
コロン、と音がしたかと思うと、彼女の身体があった場所に落ちている何かがあることに気づいた。迷わず拾うと、それは親指ほどの大きさのある種だった。
――うちを、村が見渡せる場所に、埋めて欲しいんや……。
そうだ、シャラはそう言っていた。
ならば彼女の望み通り、村に帰ってから植えよう。
「シャラの、仇を討ってから」
私はそう呟き、シャラの残した種を仕舞うと、全身の矢を抜き終えたベリアルを睨み付けた。
◆ひとこと
というわけで、二章のヒロインのシャラが退場です(T_T)
お疲れ様でした……。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!