第八五話「事は慎重に進めていた……筈だった」
翌日、私とシャラは大教会に向かうべく城を出発した。
と言っても、あのベリアルが化けているシスターを追及するとかそんなことが目的ではなく、何か細工をされていないか陰ながら目を光らせておくためである。カナフェル大司教猊下にもお伝えしておかねばならないし。
ちなみにサマエルさんはベリアルと鉢合わせたらマズいので、今は遠くから様子を伺うに止めている。高い場所に居るとは聞いているけど、何処かまでは分からない。
「うちらもなるべくベリアルと鉢合わせんよう気ぃ付けんとあかんな」
「そうだね。うっかりボロが出るかも知れないし。慎重にいこう」
ひそひそと小声でそう話しながら、シャラと二人で大教会への道を進む。何しろ相手はプロの詐欺師だ。仮にあのミヒャエラという少女の前で私たちが知らぬ存ぜぬと取り繕っても、中身のベリアルに気づかれてしまうだろう。
大教会に辿り着き、正門から入って中を窺う。ベリアルは……居ないな。
「どうしたのですか、挙動不審ですよ、リーファさんにシャラさん」
「ぴっ!?」
私とシャラの背後からいきなり話しかけられたかと思ったら、いつの間にかカナフェル大司教猊下がいらっしゃった。気配を殺して近づかないでほしい……。
「げ、猊下。ごきげんよう。丁度宜しかったです。猊下にご報告したいことが御座いましたので、お時間を頂けませんでしょうか」
「報告したいこと、ですか」
相変わらず無表情の猊下は、こてんと首を傾げる。私の言葉の意味を図りかねているのだろう。
「……分かりました、ではこちらへ。私も忙しくあまり時間が取れませんので、手短に済ませて頂けると幸いです」
大司教猊下に案内されたのはいつもの応接室ではなく、窓も無い小さな部屋だった。表立って行動できない私たちには都合が良いけれども、何故この部屋?
「そうですか、ベリアルがこの教会に……。あちこちで暗躍しているという話は陛下から伺っておりましたが」
猊下は無表情のまま、ふぅむと何か考え込む仕草をする。我が国を大混乱に陥れている大悪魔が紛れ込んでいるというのにも関わらずいつもの調子である。この冷静さは見習いたい。
「猊下はミヒャエラという少女と会われたことは御座いますか?」
「もちろんです。食事の席などでも一緒ですし。まさかベリアルだとは思いませんでしたが。間違いないのですか?」
「はい。居場所を特定する魔道具がありますし、何よりサマエルさんが与えた傷が癒えていないようですので、間違いないかと」
「傷……ああ、右目の。そうですか、サマエルさんと戦った時の傷だったのですね」
考え込んでいた猊下だったけれども、「ですが」と口を開いた。
「ベリアルだからと言って、ここで戦いを行わせる訳には参りません」
大司教猊下は珍しく毅然とした表情で私を見つめながらそう答えた。まぁ、そりゃね、教会ですからね。私もそんなつもりは無いんですけれども。
「何処か遠い所へ連れ出せればええんやけどな……」
「はい、私もそう考えておりました。……そこで」
ずいっとシャラに対して顔を近づける猊下。あくまで無表情の彼女に、うちの女神様は顔を引きつらせて仰け反る。
「私に良い案があります。それにはシャラさんのご協力が必要になります」
「う……うちの?」
意外な指名で狼狽えるシャラである。女神様の協力が必要って、一体どういうことなんだ?
「シャラさん、ちょっとこちらへ。ああ、リーファさんはそこで待っていてください。邪魔なので」
そう言って、猊下はシャラの手を引っ張って部屋を出て行ってしまった。一体何だと言うんだろう。
五分ほど経ったけれども、猊下とシャラは戻ってこない。何をしているんだろう? 変装とか?
と思ったら扉が開いた。ああ、やっと戻って――
「……え?」
そこに居たのは猊下でもシャラでもなく、顔に薄ら笑いを貼り付けたミヒャエラという少女――。
いや、ベリアルがそこに居た。
◆ひとこと
残念、接触してしまいましたねー。
リーファちゃんとシャラの行く末や如何に。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!