第八一話「犯人は……この中にいます!」
橋の向こうにあるフィヒターの町で酒場に入り、サマエルさんを加えた私たち三人は、食事をしながら状況の確認をしていた。
「……つまり、橋を壊したんはサマエルさんっちゅうこと?」
「ちょっとちょっとシャラちゃん声デカいから。バレたらアタシ殺されちゃうから」
「サマエルさんは殺しても死なんような気ぃするけどな……」
うん、シャラと同じ意見だ。この悪魔さんは台所で時々見かけるアイツみたいにしぶといイメージがする。
「ちょいとリーファちゃん、今失礼なこと考えてなかった?」
「いえ、考えておりませんよ」
ジト目のサマエルさんに聖女スマイルを返す。ここは周りの目もあるので聖女モードなのである。
「それで、何故そのようなことになったのですか?」
「あー、それが話すと長くなるんだけどねぇー」
「手短にお願いします」
「容赦ねぇなおい」
構っている暇は無いのです。こちらも状況をお話ししないといけないので。
サマエルさんは小さく溜息を吐くと、ぶー垂れながらキュウリのスティックを囓った。
「まぁ、簡単に言うとベリアルが待ち伏せしてたんよ」
「ベリアルが……」
してやられた。アイツはこちらが何かしらの手を打ってくると予想して王都の前で陣取って居たのか。
「不意打ちを受けて魔道具たちは川の底にボチャン。そして橋の上空で元御前の天使二人のガチンコ対決になって、無事橋には穴が空きましたとさ。ちなみに穴を空けたのはアイツのパンチでだかんね?」
「そ、そんな……リーファちゃんが夜なべして作った魔道具が……」
「アタシの心配もしてくれ、シャラちゃん」
そうかー……魔道具が川の底にかー。ま、まぁベリアルの手に渡らなかっただけ幸いだと思おう。
「あっ……と、サマエルさんを本物かどうか確認することを忘れておりました。約束の地に――」
「本物本物。なんならこの前聖女と女神がイチャイチャしてた時の内容を赤裸々に語ってみよっか?」
「…………やめてください」
こ、このサマエルさんは本物だ、間違いない。隙あらば弄ってくるところとか、ベリアルまでそうだとは思いたくない。シャラも頬を染めて縮こまってしまっている。まぁ川に落ちそうな所を助けてくれた時点で本人確定なんだけど。
「んで、シャムシエルが居ないけど、どしたん? 死んだ?」
「亡くなっておりません。途中の町でベリアルが仕掛けたと思われる鬼人族との内乱の種がありまして、そちらの対処に残って頂きました」
「へぇ、あの生真面目天使のシャムシエルがねぇ」
意外そうなサマエルさん。確かに、以前までは亜人に対しても偏見を持っていた筈の彼女が積極的にあの役目を引き受けてくれたのはびっくりだよね。
「ちなみに、サマエルさんはなんですぐにうちらの元へ戻らんかったんや?」
「それはねシャラちゃん。ここでベリアルと戦った後、王都の大教会で傷を癒していたからさ。ま、ベリアルにも手傷は負わせたし、やられっぱなしじゃなかったけどね」
ベリアルが本気を出せば冗談みたいに強いこのお姉さんでも苦戦するのか。いざ戦いになったら勝てるか自信が無いなぁ。それまでに何か使えそうな奇跡を編み出しておかないといけないな。
しかし大教会で傷を癒してる悪魔ってどうなんだ。押しかけてきたサマエルさんに冷たい目で嫌味を放つカナフェル大司教猊下とそれを華麗にスルーするサマエルさんの姿がありありと脳内に思い描けるなぁ。
「では、陛下には事の次第をお伝え出来たのですね?」
「うんうん、その辺は大丈夫。配るための魔道具は川底だけど、アタシの手持ちを王様に譲っておいたよ」
「わ、素晴らしいです。素晴らしいお仕事です、サマエルさん」
「んふー、もっと褒めろー」
陛下自身がお持ちならば、ベリアルが誰かに成りすまして陛下に近づいても騙されることは無い。サマエルさん、やるなぁ。
「それにしても、ベリアルはそれほどまでに強いというのに、何故自ら手を下さず、人々を嘘と欺瞞で陥れるのでしょう?」
「あ、それはうちも気になるわ」
今までのベリアルの行動からして、社会の破壊が目的のように見えるんだよねぇ。だったら自分で手を下せば致命的な破壊をもたらせるんじゃ?
でも、サマエルさんは私とシャラの考えを否定するようにかぶりを振った。
「そーれはちょっと勘違いしてるよ、リーファちゃん。例えば何かを物理的に破壊したとしても、それが破壊されただけで、直せば終わるでしょ。でもね、嘘と欺瞞で社会の構造を破壊するってのは誰かと誰かの信頼関係を壊すってことなんだ。それを修復するってのは簡単なことじゃないんだよ」
「……なるほど、後々まで燻る問題だということですね」
「そういうこと」
サマエルさんの言う通りだ。私たちが途中で立ち寄ったベンカーの町でも税率の引き上げに関して陛下へ文句を言っていたおじさんが居たけれども、その不満は税率を元に戻せば元に戻る訳では無い。一旦起きてしまった混乱を元通りに収拾することは大変難しいことなのだ。
ヴァールブルクの町でのこともそうだろう。恐らくベリアルが煽動したのだろう鬼人族と町の人たちの信頼関係も、大きく損なわれている筈だ。何しろ大きな怪我人まで出ている始末だし。
「それに、嘘と欺瞞で陥れるのはベリアルの美学らしいよ。『こうやって直接手を下すのは僕の美学に反するのだけれどもね』……って橋の上でやりあった時にキザったらしいポーズ決めながら言ってた」
「………………」
そんな美学、捨ててしまえばいいのに。
◆ひとことふたこと
久々のサマエル節です(笑)
大教会では決して浅くない傷を治していたためにカナフェル大司教を弄ることも出来なかったようで。
偽計というのは恐ろしいのです。
一度浮かんだ疑念はいつまでも燻り続けるので、誤解が解けても後々の関係に大きく響くのです。
それが上司などに化けた上でやられてしまっては、疑う余地もなくなるでしょう。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!