第八〇話「渡れるって言ってたし多分大丈夫だよね!」
シャラの提案により、私は有事ということで王国の紋章を使って砦の先に進むことにした。とは言え橋はボロボロの状態らしいので、渡るにはそれなりの覚悟が要るんだけど。
「申し訳御座いません、アロイス様。ここまでお付き合いを頂きましたのに」
「いえ、聖女様! 王都までご一緒出来ずこちらこそ申し訳御座いません!」
馬をそのままにしておく訳にもいかないので、アロイスさんたちとは橋の手前でお別れすることになったのだった。この先五日ほどだけど、女神様と徒歩で二人旅かぁ。王都が近いので治安は良い筈だけど、何も無ければいいなぁ。
「ディルク様、レオン様、ヴィンフリート様もありがとうございました。どうぞお気をつけてお戻り下さいませ」
「なんと勿体無きお言葉! ありがとうございます!」
「聖女様もどうかお気をつけ下さいませ!」
「ふぁ、え&¥びゅ@$#!」
お付きの三人の兵士さんたちにもお別れだ。相変わらずヴィンフリートさんは何を喋っているのか分からないけど……。
四人が去って行った後、私とシャラの二人は壊れた橋の現場へと急ぐことにした。橋へは一キロも無いと聞いている。暗くならないうちに渡らないと。
ちなみに私たちは砦の一室を借りて速やかにいつもの服へと着替えさせて貰った。懐かしい感じにくるりと回ってみる。うん、やっぱりこっちの方がしっくりくる。
……今更だけど、ワンピースに慣れきってるよねぇ、私……。
「ん? どないしたん、リーファちゃん?」
「い、いや、なんでもない……」
いかんいかん、ちょっとショックを受けていたのが顔に出ていたらしい。気を取り直して、と。
「そう言えばサマエルさん、ちゃんと届けてくれたかなぁ……」
「一日で着く言うてたし、もうとっくに陛下にお渡ししてるんやないの?」
「そうなんだけどねぇ……」
シャラの言葉にもなんとなく納得できない私は、もやっとした応えを返すだけだった。
だってねぇ、一日で着くって言ってたんだよね? だったらなんで戻ってこないんだろう? ちょっと嫌な予感がするよ。
「シャムシエルも無事かなぁ……」
「まぁ、そうやな、危険な任務を引き受けたシャムシエルさんの方は心配やな」
いくらシャムシエルが強いとは言え、相手は鬼人だ。戦いになれば剣士のシャムシエルでは苦戦するに違いない。そうならなければいいんだけど。
「それにしてもなぁ、なんで橋が壊れたんやろ?」
「破壊された、って砦の兵士さんははっきり言ってたよね」
「そういう跡があったんやろなぁ」
「……もしかしなくても、ベリアルの仕業だよねぇ」
「やろなぁ」
私たちが王都へ向かうことを見越して、唯一の道を壊したんだろうね。本当に嫌らしいやり方をする悪魔だ。
そんな話をしながら、私たちは橋の補修現場へと辿り着いた。現場監督さんらしき方に紋章を見せて事情を話す。
「正気ですかい、聖女様? 確かに見た感じ通れないことも無いですがねぇ……かなり危険ですぜ?」
「それほどまでにですか?」
「ええ、足を踏み外したら川まで真っ逆さまです。水面に叩き付けられたら命は無いと思ってください」
現場監督さんがそんな脅しをするので、シャラの喉がごくりと鳴った。確かに、高い所から水に落ちると痛いって聞くねぇ。
入り口であれこれ言っていても分からないので、私たちは壊れている現場へと案内して貰ったのだった。
「わぁ…………、これは見事やなぁ…………」
「………………」
シャラと私は、橋の真ん中にぽっかりと空いた直径三メートルほどの穴を前に呆然と佇んでいた。一体何をどうすればこんな穴が空くのか。いや、私が〈神の雷〉あたりを使えばもっと大きな穴が空くんだけどさ。
そして……なるほど、確かに橋の端っこは渡れないことも無い。けれど幅は一メートルも無いぞ。これは歩くのが怖いねぇ。頑丈な石橋とは言え、こんな状態だからいつ崩れるかも分からないし。
「ほら、だから言ったでしょう」
私とシャラが臆していると思ったのか、背後から現場監督さんの呆れたような声が聞こえた。
まぁ、突っ立っていても仕方が無い。行くか。
「シャラ、〈飛行〉の魔術は使えますか?」
「それなら使える。リーファちゃんは?」
うーん流石に大魔術をぽんぽん使っていただけあるね。この女神様は難しいはずの〈飛行〉も使えるのか。
「わたくしはまだ覚えておりません……」
「なんであんだけでっかい奇跡つこうてるのに〈飛行〉はあかんのや……」
う、うるさいな! ちょっと肌に合わないんだよ!
「でしたらシャラは〈飛行〉で先に向かってください。……あぁ、お手数ですが、わたくしの荷物も運んで頂けますか」
「はいはい。――うちに大空を羽ばたく翼を与えよ、〈飛行〉」
短い詠唱とともに、シャラは〈飛行〉の術式を展開し、さっさと私と自分の荷物を引っ提げて穴の向こう側へと飛んでいった。
「はぁー、あんな手があるのですな」
「そうですね……わたくしは出来ませんので、素直に渡ることにいたします」
「へ? ほ、本気ですかい?」
「ええ、では行って参りますね」
現場監督さんへにっこりと笑顔を返して、私は穴の左側へと足を踏み出した。臆していても仕方が無い。少しでも荷物は減らしておいたので、これで渡れないことも無い筈だ。
幅は一メートル弱とは言え、これだけしか幅が無いとなると余計に狭く感じるものだね。
散らばっている石の残骸を踏んで転んだりしないよう、一歩一歩を慎重に歩く。いつの間にか向こう側の人たちも固唾を飲んで私の様子を見守っていた。
「…………ん?」
足下で何か音が?
ミシミシって……ちょっと、嘘でしょ? 渡れるんじゃなかったの?
「リーファちゃん? なんで止まっとるんや?」
「…………いえ、足下で、音が――」
と言った瞬間。
私の歩いていた場所は崩れていた。
向こうでシャラが叫んでいるけど、何を言っているのか分からない。やけに周りの時間の流れが遅くなったような感覚を受けている。
身体の自由は利かない。足が地面を求めるけれども、宙を掻く。
「あ――」
私は、落ちようとしているのか。
このままだと、数秒で川の水面に叩き付けられ――
「おっとっと、ちょっと体重重いんじゃない? リーファちゃん」
やけに懐かしい呑気な声が聞こえたかと思うと、私は誰かに抱き留められて空中に止まっていた。数秒遅れ、さっきまで私を辛うじて支えていた石たちが川に飛び込む音がして、やっと私は正気に戻された。
「サ、サマエル、さん?」
私を抱えていたのは、銀髪と褐色の肌、そして一二枚の黒い翼を持つ、私の家族でもある堕天使だった。彼女はニッと笑ったかと思うと、私に向けて口を開いた。
「ごめんリーファちゃん、任務失敗しちゃったよ」
◆ひとこと
きっちりフラグを回収するリーファちゃんです(笑)
石橋は互いの石が力の均衡のとれた状態で組まれているので、一部が壊れているだけでも渡っちゃいけませんよ!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!