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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第二章「寂しがりやの女神様」
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第七八話「幕間:ある傷ついた少女の話」

※前回に続き三人称視点です。

 エーデルブルート王国の首都ヘルマーに存在するカナン教の大教会では、(わず)かばかりの寄付を対価(たいか)として怪我(けが)人の治療(ちりょう)などを行っている。


 女性の大天使(アークエンジェル)シャロームもその治癒(ちゆ)術師の一人であり、この日も午前の往診(おうしん)から帰った後、軽く休憩(きゅうけい)を取ってから午後の診察(しんさつ)に入るところであったのだが――


「シャロームさん、(よろ)しいですか? 急患(きゅうかん)です」


 さて昼食に手をつけようとしたところで扉をノックされ、シャロームは小さく溜息(ためいき)()いた。昼食が冷めてしまうが急患であれば仕方ないので、彼女は「どうぞ」と(とびら)の向こうに居るであろう天使(エンジェル)ハロムへ声を投げかけた。


「失礼します。……ああ、お昼でしたか、(もう)(わけ)ない。ですが……」

「ええ、分かっています。その様子であれば()ない訳には参りませんわ」


 ハロムが心底(しんそこ)申し訳なさそうにするのを手で(とど)め、シャロームは真剣な表情を浮かべながら急患の少女を見る。少女の年の頃は一三歳(ほど)であろう。(まず)しい育ちであるのか手入れのされていないぼさぼさの長い髪に、粗末(そまつ)な衣服、足に(いた)っては素足(すあし)である。


 そして少女の右目は(まゆ)から(ほお)の上に()けて大きな裂傷(れっしょう)が出来ており、当然瞳は開いておらず、左目から()()なく涙を流していた。


「……これは(ひど)いですわね。治療をいたしますので、何があったのか(くわ)しく教えて頂けますか?」

「で、でも、あたしお金持ってない……」

「今度、余裕(よゆう)が出来た時で構いませんわ。今は気にしないで」


 シャロームは清潔(せいけつ)な水とアルコールで手早く少女の顔半分の消毒(しょうどく)にかかる。神術(しんじゅつ)で傷は治せるものの、処置を間違(まちが)えると化膿(かのう)したりする可能性があるからだ。


「っつぅ!」


 アルコールが()みるのであろう、少女が苦痛に顔を(ゆが)ませたが、背後(はいご)のハロムがしっかりと(かた)を押さえているために逃げ出すことは(かな)わない。


「ごめんなさい、染みるでしょうけれども我慢(がまん)してくださいまし。傷口が()まないように必要な処置ですの。……それで、一体(いったい)何がありましたの?」

「……四番街の裏路地(ろじ)で、強盗(ごうとう)()ったんだ」


 少女はぐすっと(はな)を鳴らし、至極(しごく)単純な理由を語った。


 王都ヘルマーの四番街と言えば、少女のようにあまり裕福(ゆうふく)で無い民が()らしている地域であり、治安(ちあん)も悪く国王も頭を(なや)ませている。


「そうだったのですね、ハロムさん、騎士団には連絡を?」

巡回(じゅんかい)中の騎士団に見つけてくださったそうです。残念ながら犯人の姿は無かったそうですので、処置が終わり次第(しだい)騎士団をお呼びしますよ」

「お願いします。聖霊(せいれい)よ、少女の傷を(いや)しなさい、〈治癒(ヒール)〉」


 消毒が終わったので、シャロームは神術での治療に取り()かる。彼女はカナフェル大司教(だいしきょう)からもお(すみ)付きを(もら)っているほどの優秀な治癒術師であり、少女の傷も問題無く治ると確信しているものの、視力について戻るかは()けだな、と考えていた。


「……どうしました? 痛みますか?」


 神術を展開(てんかい)したところで、少女の顔が苦痛に(ゆが)んでいることに気づき、シャロームは術を続けながら問う。


「いえ、……ちょっと、気持ち悪くて」

「ああ、その傷ですと骨まで達していますからね。気分が悪くなるのも仕方ありませんわ。もう少ししたら楽になりますわ」

「はい……」


 少女は(くちびる)()みながら、何かに必死で()えているような、そんな表情を見せたのだった。




「ふぅ、処置はこれで一旦(いったん)終了ですね」

「お疲れ様でした、シャロームさん。では、私は騎士団を呼びに行ってきます」

「はい、お願いします」


 少女の右目を(おお)うように包帯(ほうたい)でぐるぐる()きにした後、シャロームはようやく安堵(あんど)の溜息を吐いた。


「ありがとう……ございます……」

「泣かないでくださいまし、包帯が()れてしまいます。……神の愛はいつだって貴女(あなた)たちに平等ですわよ」


 左目から涙を流しながらシャロームに深々と頭を下げた少女の頭を、大天使はにっこりと微笑(ほほえ)みながら()でた。


 処置も終わったところで別室に案内しようと立ち上がりかけたシャロームに、何やら思い()めた表情の少女が「あの」と声を掛ける。


「お願いがあるんです」

「はい?」


 濡れた左の瞳で、少女はシャロームを()()ぐ見つめる。


「あたしをこの教会で働かせて貰えませんか?」

「……それはシスターになりたいということですの?」


 シャロームの質問に、左側だけの真剣な表情で少女は(うなず)いた。すでに覚悟(かくご)は出来ている、という意思(いし)を感じ、大天使は脳内(のうない)で人員配置などに熟考(じゅっこう)する。


「貴女、ご両親は?」

「両親も居ないし、家もありません、だいぶ前から……」

「……そうなんですの、ごめんなさい」


 物価(ぶっか)がそれなりに高い王都で、それはかなり大変な思いをしていたのだろう、とシャロームは考える。いよいよお金も()きそうなところで強盗に遭うとは、泣きっ(つら)(はち)もいいところである。


「貴女、お名前は?」

「ミヒャエラです」

「あら、いい名前ですわね。ご両親はうちのミカエル様から名前を取ったのかしら」


 カナン神国(しんこく)の天使で、御前(ごぜん)の天使を(のぞ)階級(かいきゅう)では最も上位に位置する熾天使(セラフィム)、その筆頭(ひっとう)であるミカエルを思い浮かべ、シャロームは少し顔を(ほころ)ばせる。


 ということは、この少女の両親はそれなりに敬虔(けいけん)なカナン教徒(きょうと)であり、その教育を受けた少女もシスターになれる素質(そしつ)は十分にあるということである。


「分かりました、(みと)めましょう。担当の者と話して参りますので、その間にそこにある食事を取っていて良いですわ。冷めていて申し訳御座(ござ)いませんけれども」

「え、そんな、悪いです……」

「これからは一緒(いっしょ)に食べるのですもの。気にしないで。では」


 シャロームがさっさと扉を閉めて出て行き、ミヒャエラだけが部屋に残される。


 少女は、ふぅ、と溜息を吐き、食事を取ることもなく包帯で(おお)われた右目にそっと()れた。


「サマエルめ……、この右目の借りは必ず返すぞ……」


 少女らしき何者かはその表情に憤怒(ふんぬ)を浮かべ、傷をつけた悪魔を思い歯軋(はぎし)りをしたのだった。


◆ひとことふたこと


大天使シャロームはリーファちゃんの骨折やら『獣』にやられた傷やらを治した方です。

骨折もあっという間に治せるくらいに優秀なんですよ。

シャロームはヘブライ語で「平和」とか「平安」ですが、普通に「こんにちは」「さようなら」という意味でも使われます。

「あなたに平和がありますように」という形で使われているのですね。


最も有名な天使であろう、ミカエルの名前が出てきましたね。

旧約聖書にも登場し、階級は熾天使で、彼自身を崇める人たちも多かったとか。スゴイ。

ミヒャエラだけでなく、マイケルやミッシェル、ミカエラなど、世界各地で彼の名前を持つ人物は多くいらっしゃるくらいですからね。

ミカエルの意味はヘブライ語で「誰が神のようであろうか」「神に似たる者は誰か」とかそんな意味です。

ちなみに旧約聖書の外典ではミカエルとサマエルが戦っています。


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次回からリーファちゃんの視点に戻ります。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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