第七四話「今そこにある危機に対処するには」
私は迷わず傷だらけの兵士たちに駆け寄った。詰所では神術の使い手も居るかも知れないけど、〈治癒〉だけではとてもこんな傷は治せない!
「診せてください!」
「うわっ! 誰だ貴様は! こちらは急いでいるのだぞ!」
先導していた兵士が何か言ってきたけど、それどころじゃ無い!
私を止めようとする兵士たちはシャムシエルたちに任せるとして、奇跡の術式を構築する。
「主よ、暗き葦の灯火を今一度輝かせ給え、〈復活〉!」
奇跡が展開されると共に私の周りに光が溢れ、苦痛に歪んでいた怪我人たちの表情が和らいでいく。傷を癒す奇跡は初めてだけれども、流石に強力だねぇ。
「こ、これは……これは神術か!? いや、このような神術は見たことが無い……!」
私を止めようとしていた兵士さんが驚愕し、硬直する。う、しまった、大衆の前で奇跡を使ってしまった。まぁ仕方ないか、緊急事態だったし……。
念の為に皆さんの傷の様子を診ておく。……うん、大丈夫だ。流石に腕の再生などは成らなかったようだけど、裂傷や火傷などは治っているので命の危険は無くなっただろう。
「申し訳御座いません、わたくしの術でも腕の再生には至らなかったようです」
「とんでもない! 貴女様はコイツらの命の恩人です!」
「しかし、一体これはどのような……? まるで戦争でもあったかのような……」
西門から帰ってきたのだろう二〇人程の兵士の内、約半数ほどが怪我を負っていたのである。首を捻らざるを得ない状況だ。
しかし私の問いには答える権限を持っていないのか、先導していた兵士は途端に口をつぐんでしまった。
「そこからは俺がお答えします、聖女様」
「ギルベルト様……?」
兵士の皆さんに状況を聞いて回っていたらしいギルベルトさんが私たちの方へと戻ってきた。どうやらこの人、この兵士を取り纏めている方のようだね。だったらやっぱりギルベルトさんから事情を伺った方がいいか。
しかし、なんだろうねあの怪我人の群れは。嫌な予感しかしないよ。
「鬼人……ですか?」
詰所でギルベルトさんから伺った内容は予想だにしなかったことで、私たちは思わず顔を見合わせてしまった。
「はい、聖女様。州知事であるアルトナー卿のご令嬢が、南の山で鬼人に人質として囚われているんでさぁ」
「……確か、ネーベルベルクの鬼人の集落ですが、王国とは不干渉でしたね?」
「よくご存知で、聖女様。そうです、あの鬼人たちの集落は王国内にあるものの、王国の庇護は受けておりません。ま、その代わり税の徴収もありませんが」
ギルベルトさんの言う通り、ヴァールブルクから南に位置するネーベルベルクという山にある鬼人たちの集落は、対外的には王国の領土として認められてこそいるが、国内的には彼らを国の一部としては扱っていない。
と言っても差別をしている訳では無い。鬼人たちが王国の管理下に入ることを望んではいないからだ。王国としてもその意思を尊重し、彼らとは友好的な関係を続けていた筈なのだが――
「何故ネーベルベルクの鬼人が、侯爵令嬢を人質に? 人質と言うからには、何かしらの取引があるのですよね?」
「その通りでさぁ。彼らの言い分では『王国の役人が訪れ、今年から税を払って貰うと言われた。また有事には兵として運用するとも』……ということで。それを撤回するようにと」
「…………ちなみに、州で税に関する告知を行っていらっしゃるアルトナー卿は、そのことについて?」
「初耳と言ってましたね」
私はシャラたちと再び顔を見合わせ、そして頷く。これは……ベリアルの仕業だろう、間違いなく。
でも、それだけだと腑に落ちない点がある。
「事情は分かったんやけど、なんであないに兵士たちがボロボロになってたんや?」
「それが分からないのでさぁ。使節として兵士を向かわせたのですが……一方的に攻撃を受けたそうで」
絶望的に体格差のある鬼人と人間が普通に戦えば、人間に勝ち目は無い。それも向こうの陣地ともなればああして壊滅的な打撃を受けるのも無理は無いだろう。
「恐らくベリアルに何か吹き込まれたのだろうな。人質を奪還するために人間が攻めてくる、などと煽動すればいいだけのことだ」
「……鬼人に化けて細工をしていた可能性ですか、あり得ますね」
シャムシエルの推測は正しいだろう。そうでなければ、人質のために対話をする人間を問答無用で攻撃したりする筈が無い。
しかし、これは困ったぞ。王都に向かう筈が、この問題を放置する訳にはいかなくなった。鬼人側の誤解を解いて人質を解放しなければ、事はもっと大きくなってしまう。
「リーファ、悩んでいるな?」
「……はい、シャムシエル。ベリアルの事情を知っているわたくしたちが対処をしておかなければ、内乱が発生してしまいます。いえ、既に発生したのですが」
どうしたものかと悩む私に、シャムシエルは「ならば」と言葉を続ける。
「私が鬼人に事情を話し、人質を解放してこよう。流石のベリアルも、天使が一人で訪れることを想定してはいまい。リーファは先を急ぐのだ」
「えっ、し、しかし、一人では危険です」
「そうや、シャムシエルさん。もしかしたら人質が一人増えることになるんやで?」
いくらシャムシエルが『獣』相手にも引かぬほど強いとは言え、相手は鬼人だ。何かあった時に対処しきれるだろうか。
そんな私たちの心配を他所に、太陽の天使は自信満々に自分の胸甲を拳で叩いてみせた。
「なぁに、心配するな。神に誓い、ベリアルの思い通りにはさせないさ」
◆ひとことふたこと
レスレクティオはラテン語です。主に神の「復活」に使われる言葉です。
詠唱の中で「葦」とありますが、これはフランスの思想家パスカルの有名な言葉「人間は考える葦である」から取っています。これも聖書由来とか。
太陽の天使、というのはシャムシエルのことを指しています。
シャムシエルの名前は「神の強き太陽」ですからね。
次回からはそんな彼女のお話です。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!