第七二話「大悪魔の毒はじわじわと回っていた」
さて、私、シャムシエル、サマエルさん、シャラの四人は、馬車をお借りして王都へ向かうために、先日まで私が囚われていたベンカーの町へ来た訳なのだけれども。
「……何やら混乱しているな」
シャムシエルが町中に厳しい視線を向けて呟いた。確かに町全体がざわついている。それにあちこちで兵士を見かける。一体何が起きているのだろうか。
仕方ない、近くの屋台で溜息を吐いているおじさんに事情を聴いてみることにするか。
「あの、すみません。近くの村の者なのですが、この町に何かあったのでしょうか?」
「あぁ? 何かあったも何も、いきなり国税が大幅に引き上げられると発表されたんだよ。それも五割もだ」
「ご、五割もですか!?」
それは聞いていない。まだ村まで来ていない情報なのだろう。ケルステン州の税を通達する役目であろう州知事のアルトナー侯爵は、王都までの道中にあるヴァールブルクの町にいらっしゃる筈だ。となれば、三日ほど前に決まった情報が役人を通じてようやくここまで流れてきたと考えるのが妥当か。
「お陰で町は大混乱、いや、他の町も大混乱だろうよ。一体国王陛下は何をお考えなのかねぇ……おっとっと、口が滑った」
屋台のおじさんはばつが悪そうに口を押さえた。いや、しかし……いきなり五割増は酷い。一体どういうことなのか。
「……そうでしたか、ありがとうございます」
私は仲間たちの所へ戻り、町の混乱の原因について話した。
「なるほどね、それはベリアル絡みかもなぁ」
「やっぱり、サマエルさんもそう思う?」
「そりゃね。アタシも現代の税制についてはそんなに詳しくなってないけど、それでもいきなり五割はおかしいでしょ。ベリアルが地方役人に化けてこの町だけにその嘘をばら撒いただけならまだいいけど、恐らくは州知事かその側近に化けて州全体にばら撒いたかしたのかもね」
恐らく後者だろう。私がベリアルならそうする。
で、自分の与り知らぬところで税率を変えられた国王陛下には、さっきのおじさんみたいに反感が溜まっていくんだろうね。
「……はようベリアルを何とかせんとあかんな」
そう呟いたシャラだけでなく、全員が苦々しい表情を浮かべている。こんなことを度々やられたら国が傾くぞ。
私は掌の上に魔道具を取り出し、小さな水晶に映し出された矢印が東北東を指して動かないことを確認する。さっきと変わっていないな。
「たぶん、まだベリアルはブルーメの町に居る。王都が近い、急がないと」
私たちは馬車を借りるべく、町長であるポイス男爵の元へと急いだ。
「馬車は貸せない、ですか?」
「ああ、申し訳ないが今回は貸すことが出来ぬ」
私が少々間抜けな声を上げると、ポイス男爵はその恰幅の良い首を心底残念そうに否定の意味で振った。
「何故ですか? 有事のための馬車が用意してあった筈です。今回は国難ということで使用については陛下からのお許しも出ておりますが、それでもお貸し頂けないと?」
「既に貸してしまい、手元に無いからだ」
畳みかけた私に、男爵は非常にシンプルな答えを返した。は? 貸した? 有事に使う馬車を?
「……どなたにお貸ししたのでしょう?」
「聖女リアだ。貴女同様に『国難時であり、陛下に代わり馬車を徴発する』と言われてな。流石に王国の紋章を出された上に陛下を引き合いに出されては儂も断る訳にはいかなかった」
……あの先輩聖女かぁ…………。
あの年下だけど先輩の聖女、一回だけ会ったことあるけどいかにもな貴族の我儘娘なんだよねぇ……。絶対陛下の名前を使って好き放題してるだけでしょ! 捕まった王弟派の聖女と言い、そんなんばっかりなのか!
王国の紋章を出してきたということはベリアルが化けた姿でも無いだろう。あのアイテムは男爵のように町の管理を任されている人間にだけ見せて通じるものであり、ほいほい人前で出すものではないからだ。流石にそんなことまでしているとは……思いたくは無い。
「どないしたんや、リーファちゃん? 頭押さえて」
「……いえ、少し眩暈が。そうですか……分かりました、ご協力感謝いたします」
絶対陛下にチクってやると思いながら男爵の館を後にした私と仲間たち。しかし、困ったことになったぞ? これでは日程が大幅に狂ってしまう。
「どうするのだ、リーファ? 私とサマエル様は飛んで行けばある程度速度は出せるが……」
「っていうか、アタシなら王都に辿り着くまで一日かからないけどねぇ。代わりに届けてこよっか?」
「うーん…………」
確かになぁ、以前遥か南方の大帝国まで行き来したサマエルさんだったらあっという間に陛下まで届けてくれそうだ。
「……仕方ない、事は急を要する話だし。サマエルさん、お願い」
「ほいほい、りょーかい。何か言伝はある?」
「大丈夫。その辺はあらかじめ通信で伝えてあるから。……あ、壊れ物なのでくれぐれも慎重に」
「わーかってるって」
私は荷物の中から陛下にお渡しする予定の箱を取り出し、サマエルさんに手渡した。まぁああ言ったけど、この頼れるお姉さんならば大丈夫だろう。
サマエルさんは箱を抱え、背中から黒い翼を一二枚生み出し飛び立つと、あっという間に見えなくなってしまった。
「はぁ~、サマエルさんの飛ぶとこ初めて見たけど、はっやいなぁ」
「まぁ、元御前の天使だしねぇ」
サマエルさんの消えた東の空をぽかんと見つめるシャラと私。何とも緊張感の無い会話だったけど、さて……。
「私たちはどうしようかねぇ」
「む? 歩いて行くのではないのか?」
「……女三人で徒歩の長旅は危険すぎるでしょ……」
いくら他国よりは治安の良い国であるとは言え、無茶を言わないでほしいぞこの脳筋天使め。大体、多くないとは言え魔物だって出るんだよ?
「せやなぁ、うちとリーファちゃんは可憐な乙女やさかい」
「……シャラ、何か棘があるのだが」
憮然とするシャムシエルに、思わず噴き出してしまった。あ、ごめんごめん、睨まないで。
仕方ない、あまり気の進まない手段だけど、頼んでみるか……。
◆ひとことふたこと
王が主権を持つ国家であるエーデルブルート王国において貴族の力は絶対的に高くはありませんが決して低くもありません。
爵位を持つ人物はきちんとした教育を受けているため、知事や町長に立候補することが多いのです。
現在エーデルブルート王国にはリーファちゃんの他にもう一人聖女として認定されたリアという人物が居ます。
本当はもう一人居たのですが、『獣』の騒動の際に王弟派として反乱に加わったため、ただいま牢の中なのです。ちーん。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!