第七一話「折れそうになる彼女を支えるのが私の役目」
「……ふぁ」
魔道具の明かりを頼りに夜なべをして作業にかかっていた筈が、いつの間にか寝てしまっていたらしい。気が付けば真っ暗な中、デスクに突っ伏していた。三日間も牢の中に居たんだし、身体がついていってないのかも知れない。
「……ん?」
肩にタオルケットが掛かっていたようで、身体を起こした際に落としそうになり慌ててキャッチする。
「すぅ……すぅ……」
私の背後で寝息が聞こえたので振り向くと、椅子に座って船を漕いでいるシャラの姿があった。タオルケットは彼女が掛けてくれたのだろう。
「……ありがと、シャラ」
「んん~……、んぁ、リーファちゃん、起きたんか」
おっと、逆にタオルケットを掛けてあげようと思ったら起こしてしまった。まぁ椅子で船を漕ぐよりベッドで寝て貰った方が良いし、丁度良いか。
「ほら、シャラ、ベッドで寝なよ」
私はシャラの手を引っ張って、彼女のベッドへと誘う。
「リーファちゃんも寝るならそうするわ」
「いや、ほら、私は仕事が……」
「ほーら」
「わっ!」
突き飛ばされ、私はシャラのベッドに倒れこんでしまった。その上から悪戯っぽい笑みを浮かべた女神様が圧し掛かる。
「無理はあかんで、リーファちゃん。体力落ちとんのやろ?」
「う……はい」
そのままシャラは布団を手に横に寝転がり、私に抱き着いて胸に顔を埋める。積極的な女神様に、心臓は早鐘を打つ。
「じゃ、今日のところはお休みや。明日のお昼にがんばろな?」
「……わかった」
仕方ない。今日はもう終わりにして、シャラの言う通り明日の昼に頑張るとするか。
「……なぁ、リーファちゃん」
「うん?」
「畑、壊されてしもたなぁ……」
「………………」
シャラの声は少し上擦っている。胸に顔を埋めているので分からないけれど、たぶん泣いているのだろう。
私が愛おしい女神様の頭を撫でてあげると、彼女は堰を切ったように小さくしゃくり上げ始めた。きっとリリたちの前では気丈に我慢していたけれども、私の前で限界に達したのだろう。せっかく小さなことからトラウマを克服させようと思ったのに、こんなことになってしまうとは。
「なんで、うまく、いかへんの、やろなぁ……」
「……こんなことも、あるよ」
私はシャラが落ち着くまで頭を撫でてあげた。自然災害なら兎も角、人の手で畑を荒らされてしまったのだ。人類に好意的なシャラのことである、心が張り裂けんばかりに痛いのだろう。
「ねえシャラ、確かに畑は一部壊されちゃった。けれど、ちゃんとまだまだ残っている作物はあるし、シャラがみんなに伝えたノウハウだってあるじゃない。みんなシャラに感謝をしているよ」
「ぐすっ……、せやけど……」
「そりゃ、私だって畑を壊されたことは悲しいし怒ってる。でも、着実にシュパン村が良い方向へ進むようにはなっているんだ。シャラのやったことは無駄なんかじゃないんだ」
「無駄なんかじゃ……ない……」
シャラは納得していないように何か言い掛けたようだけど、私が畳みかけると、何か思うところがあったのか、言葉を反芻していた。
そう、駄目になった作物はあるけれども、培った知識は無駄にならない。それに畑だけじゃない。井戸に適した場所の見つけ方とか、村のみんなの生活を向上させる知恵をシャラは教えてくれている。それらは未来に繋がるのだ。
「まだまだ村にはシャラが必要なんだ。女神様の知識で村を豊かにしてあげて欲しいな」
ぎゅっとシャラを抱き締める。一度挫けかけた女神様は濡れた瞳で私を見上げると、小さく笑った。
「……せやな、この程度で取り乱してちゃ、女神の名が廃るわ」
「そうそう、シャラは元気じゃないとね」
二人でくすりと笑う。
「それに、また王都まで行かなあかんしな。収穫の季節に立ち会えへんのは残念やけど、こればっかりはしゃあないしな」
「あれ、シャラも王都まで一緒に行くつもりなの?」
私は王都に魔道具を届ける役目がある。シャムシエルとサマエルさんは一緒に行って貰うとして、シャラも一緒に行くとは聞いていない。
「当たり前や! ベリアルの奴に一言言ってやらな気ぃ済まんのや!」
「あはは、そういうことね」
確かに、間接的に被害者であるシャラにはその権利があるね。
「さあて、そうと決まれば明日は冬の準備について村の人たちに叩き込まんと! 忙しゅうなるわ!」
さっきまでの泣き顔が嘘のように、シャラは未来に向けた嬉しそうな顔を見せてくれたのだった。
◆ひとこと
豊穣の女神であるシャラにとっては、田畑を荒らされることが一番許せないことなのです。
それを人間がやったとなれば、悲しいことですよね。
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