第七〇話「何処かの誰かに化けた悪魔を探す方法はそこにある」
ベリアルに対する考察を説明しながら、夕方にはシュパン村の入口に到着することが出来た。ちなみに念の為二人は「約束の地におわす主の御名において真実を~」のくだりでベリアルでは無いことを確認しておいた。一々これをしないとあの悪魔が化けていないと分からないのだから疑心暗鬼になってしまいそうだね。
「リーファちゃん!」
と、村の入口にある畑で作業をしていたらしいシャラがこちらに気付き、駆けてきた。アロイスさんが馬を停めてくれたので私も下りる。
シャラは下馬した私に思い切り抱き着いた。体力が落ちているせいか、ちょっとよろめく。
「リーファちゃん……無事で良かった……!」
「シャラ、心配をおかけしてしまい申し訳ございません。それとわたくし、お風呂に入れていないのであまり抱き着くのは……」
「あほう! 何緊張感無いこと言うてんねん!」
はい、すみません。
「……畑、随分酷い有様になってしまいましたね」
「うん……」
休憩小屋に向かう途中にあった畑は容赦なく踏み荒らされたせいで、結構な被害になっているようだ。リリと手塩にかけて育てていた新しい作物であるトマトも、一本しか残っていない。畑はここだけではないとは言え、これでは今年の収量にも影響する。
「……イザーク様?」
「は、はい、何でしょう、聖女様」
私は微笑みながらも、有無を言わせぬ圧を掛けてイザークさんに迫る。彼は顔を引き攣らせて後ずさった。逃がさんぞ。
「イザーク様の隊に踏み荒らされた分は、隊の皆様で補填して頂けるのですよね?」
「な、え、そ、それは……」
「アロイス様の方を見ても駄目です。命令を受けたとは言え、方法はあった筈ですよ? 畑を踏み荒らす必要があったのですか? 畑のお世話をされている方々に申し訳ないとお思いにならないのですか? 貴方がたの普段のお食事が、どのようにして作られているのかお考えになったことは無いのですか?」
「…………はい、申し訳ございません。すぐに検討させて頂きます」
畳みかけた私に何も言い返せずがっくりと項垂れるイザークさん。勝った。
「せ、聖女様……。流石です……!」
……アロイスさんは、ちょっと黙っててくださいね?
再度馬に乗せて貰い、私は森にある自宅へと帰り着くことが出来たのであった。四日ぶりの自宅で早々にお風呂へ入りたいけど、まずはアロイスさんと一緒に国王陛下への報告。通信越しとは言えまさか陛下と会話することになるとは思っていなかった騎士様は終始がちがちに緊張していた。
そしてアロイスさんとイザークさんが去って行った後、私はリビングで全員からお説教を受けていた。アンナまでもが仁王立ちしてぷんすこ怒っている。かわいい。
「リーファちゃん、なんて無茶をするの? もしかしたら処刑されていたかも知れないのよ?」
「う……だって、あの時何とかしないと母さんが連れ去られると思って……」
「お母さんなら捕まりません、全員なぎ倒します」
いや、それも駄目でしょ! 母さんは割とすぐ力で解決しようとするから困るわ!
「まーでもリーファちゃんのお陰でベリアルが暗躍していたことが分かったよねぇ。これからああいうことが度々起こるんだろうなー」
「そうですね。全くもって狡猾な悪魔です。強大な力を持っているとはいえ、まだ正面きって戦ってくれればやりやすいのですが」
今のところ化けているベリアルを看破するには神の御名を出して問いかける他に方法は無い。何か奴の現在の姿や居場所を特定できる何かが有ればいいんだけど。
「……ん?」
「どないしたんや、リーファちゃん」
いや、あるな。現在の姿は兎も角、居場所なら分かるかも知れない。
「これを……こうすれば……たぶん…………」
私は天井を仰ぎ、脳内で術式を構築した。前に少しだけ解析したアレを改良すれば、なんとか……。
「……我が求める者を指し示せ、〈探示〉」
私が術式を展開すると、指先に現れた小さな魔力の矢が、目の前に居るアンナの方を指した。
「……んぅ~?」
「東……うん、たぶん上手くいってるかな」
「リーファちゃん、それって〈探示〉の魔術ね? もしかしてベリアルの位置を?」
「うん、そうだよ、母さん。以前シャラに使われていた魔力片の仕組みから位置を追ったんだ」
魔力の矢はアンナを指したのではない。ベリアルが居る方向を指し示しているのだ。
以前シャラの精神に根差していた魔力片だが、私はアレを少しだけ解析していたのだ。時間が無かったためベリアルに何のメッセージを飛ばしているかなど中身の解読までには至らなかったものの、送信先ははっきりと把握していた。
「はぁ~、大したものやな、リーファちゃん。その魔術って他の人にも教えることは出来るんか?」
「出来るし、たぶん魔道具化すれば手軽に見つけられるようになるけど、どこからベリアルに情報が漏れるか分からない。本当に信頼している相手以外には渡さない方がいいだろうね」
せっかく作った探知道具も、存在を知られてしまっては対策されるかも知れない。ある程度の数を陛下にお渡しして裁量を委ねた方がいいだろう。
さて、そう決まったら急いで魔道具を作らなくては。暫く忙しくなりそうだなぁ。
◆ひとこと
処刑されていたかも知れない、と言っていますが、エーデルブルート王国では悪魔にも裁判を受ける権利があるのでそう簡単に処断はされません。
リーファちゃんだったら間違いなく途中で無罪放免でしょうね。
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