第六八話「いい加減に私だってぶち切れるんです」
それから更に二週間、虫たちの鳴き声も変わり夏もそろそろ終わりを迎えようという頃のこと。
「凄いです! これなら本当に収穫出来そう!」
「せやろー? あ、この作物の種ってほんまはもうちょい早めの時期に蒔くものやと思うさかい、来年挑む時はもう一月早く蒔いてみるとええかもしれんな」
「なるほどー、まぁ、今年の分が収穫出来てからですけどね」
「それもそうやなー。あ、それと栄養が無くなってるさかい、きちんと土を作ってから蒔くんやで」
リリとシャラはすっかり仲良くなったようで、新しい作物であるトマトを前に談笑していた。小さい緑色の実がついているものの、あれではまだ食べられないらしい。もっと大きく、赤く熟すんだとか。
「シャラ、栄養剤はもう必要ありませんか?」
「安定しとるからな、ここまで来たら逆に害になるわ。ゆっくり実が熟すのを待つとええと思うで」
ふむふむ、そうなのか。だったらもう今年は私の出番は無いみたいだね。
ちなみに一応村人の前なので聖女モードである。森に住んでいた少年リーファは何処に行ってしまったんだろうね。
「と、雨ですね。そろそろですか」
ぽつり、と私の鼻に水滴が当たった。前もって大雨がくるとシャラに聞いていたので、みんなで村の入口付近にある畑の様子を見に来ていたのだ。
「それでは小屋に入って休みま……ん?」
私が畑を弄っていた他の人たちにも声を掛けようとしたところで、遥か東の方に光る何かを見つけ、視線がそちらに釘付けになる。
あれは……なんだ? 兵士? 軍?
「どないしたん、リーファちゃん」
「シャラ。いえ、向こうの方に、何か兵士の隊列が見えまして。あれはまさか、進軍なのでは……」
「し、進軍!?」
私の指さした方向を、シャラも目を凝らして睨む。……と、兵士が一騎だけ馬で駆けてきた。斥候か?
「ここはシュパン村で間違いないか!」
「は、はい。どちら様ですか?」
「我等は王国軍である! こちらの村で手配中の大悪魔ベリアルが潜んでいると聞き、捜索に来た!」
「……なんですって?」
この村に、ベリアルを捜索?
そんなことをするなら、間違いなく城から母さんに一報が入る筈だ。何よりベリアルは普通の兵士が捜索しても意味の無い相手だということは陛下も理解されている筈。
何かがおかしい。いや、何もかもがおかしいぞ。
「……お話は分かりました。ですが、どのようにしてそのベリアルを捜索されるのですか?」
「それを貴様に話す義理は無い!」
む。
「な、なんや! その言い草は!」
「なんだ小娘! 王国に盾突くのか!」
あまりな言い草に噛みついたシャラに向かって、馬上の兵士が剣を抜いた。周りの村人たちから悲鳴が上がる。まったく、ギュンター様のような出来た近衛兵と違ってなんと粗暴なことか。
「皆さん、ここはわたくしたちに任せて村に避難してください!」
聖女を信頼しきっているのだろう。私の一声で、リリを始めとした村人たちは皆、村の中へと入って行った。
そのまま斥候と睨み合いをしていると、程なくして馬に乗った二〇人程の兵士たちが追加で到着した。
兵士たちの隊長らしき者が、「やれ」と命令した途端、彼らは散り、村の捜索を始めた。
「なっ……! は、畑を荒らすんやないっ!」
「黙っていろ!」
あろうことか、兵士たちは畑の捜索をする際に畦道などを通らずに真っ直ぐ踏み荒らしたり、邪魔だからか剣で刈ったりして捜索をしている。折角植えた作物が、あれでは駄目になってしまう。自分たちの食べているものがどうやって作られているのか、理解していないんだろうか。
「……それで、どのようにしてベリアルを捜索するのですか?」
「あぁ? だから話す義理は――」
「答えなさい」
いい加減私も我慢の限界だったので、斥候にプレッシャーをかけた。彼は鼻白むと、舌打ちをして話し始めた。
「ベリアルは強大な魔術を使うらしい。魔術師で軍属でない者が居れば連れてくるようにと言われている」
はぁ?
なんなんだ、その無茶苦茶な論理は。
そうなると、シュパン村近辺では私と師匠が該当する。師匠は名の知れた魔術師なので普通だったら顔パスだろうけど、こんな穴だらけの論理を信じている奴等に見つかれば、容赦なく連れて行かれるだろう。
「……な、なぁ、リーファちゃん」
おろおろと焦るシャラ。うん、分かってる。どうにかしないと。
だったらやってやろう。一芝居打ってやる。
「主よ、迷える子羊に聖なる示しを与え給え――」
「リ、リーファちゃん、何を……?」
いきなり奇跡の術式を組み上げ始めた私を、シャラが止めようとする。でも止めない。
「おい貴様! それは魔術か!」
「〈神の雷〉!」
術式を展開すると同時に、耳をつんざく轟音が響き、近くにあった一本の大木に雷が落ちた。
雷は大木を真っ二つに引き裂き、一瞬で黒焦げにしてしまった。斥候の兵士も、捜索に掛かっていた兵士たちも、皆唖然として大木、そして私を見つめている。
「わたくしがベリアル、それでよろしいですか?」
有無を言わせぬように、私はにっこりと斥候に微笑んでみせた。
◆ひとこと
リーファちゃんはブチ切れていたので〈神の炎〉クラスの最強攻撃系奇跡を使いました。
さてそのラミエルですが、ヘブライ語で名前の意味はまんま「神の雷」、幻視を司る天使の名前です。もちろん雷を統率する天使でもあります。
リーファちゃんの詠唱に「聖なる示し」とありますが、昔は雷を神からの黙示(お告げ)であったと捉えていたようですね。
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