第六六話「セクハラはやめて頂きたい(再)」
「おかえり二人ともー、お風呂長かったねぇ」
リビングへ戻ると母さんとアンナも起きてきていて、既に朝食の準備が整っていた。
「う、うん」
「そ、そやな」
私たちはサマエルさんへの返事もそこそこに、そそくさと食卓へ着いた。
「……どしたの二人とも? なんか初夜のカップルみたいな反応だけど」
ぶっ!
私とシャラは同時に噴き出してしまった。な、なんてこと言うんだこの悪魔は!
「しょやってなあに?」
う、純粋な瞳でアンナに見つめられた。「さ、さぁ?」と取り敢えず返しておいた。教えられる訳が無い。
「……サマエルさん? アンナの教育に悪いですからね?」
「はいッ! 申し訳ありませんッ!」
母さんがニコニコ笑いながらも背中に黒いオーラを立ち上げると、悪魔のお姉さんは椅子を蹴飛ばし直立不動で謝罪した。三〇〇〇年以上前に御前の天使だった存在でもうちの母さんは怖いらしい。
皆が朝食を摂り始めたところで、私は昨晩起きたことを話した。
「そうかー、ベリアルが復活しちゃったかー」
サマエルさんは苦々しい表情を浮かべている。この悪魔のお姉さんが嫌がるほどに厄介な相手なのだろう。
「そういうことだったのだな、リーファ。起こしてくれても良かったのだぞ」
「うん、そうすれば良かったと思ってるよ、失敗した」
シャムシエルたちを連れていけば、ベリアルの復活までは至らなかったかも知れない。……いや、どのみち時間的に間に合わなかったかな。それにあの狡猾な悪魔のことだ、二手、三手と用意していたことだろう。
「それでリーファちゃん、シャラさんの精神操作なんだけど、解けそう?」
「あ、それはもう解いておいたよ、母さん」
「あら、我が娘ながら優秀で嬉しいわ」
両手を合わせて顔を綻ばせる母さん。だから娘じゃないっての。
「シャラおねえちゃん、おかおまっかだよ?」
「へ!? そ、そうかな? 気のせいやないかアンナちゃん?」
う、正面に座るシャラはさっきのことを思い出してしまったらしく、耳まで真っ赤になっている。彼女の隣に座るシャムシエルが不思議そうに瞳を瞬かせているけど、その隣のサマエルさんは「何かあったな」とばかりにニマニマと私とシャラの顔を交互に眺めている。やめてくれない?
私はいったん咳払いをして、話を戻すことにした。
「それでサマエルさん、ベリアルなんだけど、今後どういうことをしてくるか想像つく?」
「んー、ベリアルなぁ。ラグエルから聞いてると思うけど、アイツ自身は何もしてこないんだよ」
ベリアル自身も強大な力を持っているものの、彼自身が災害を引き起こしたり、誰かを傷つけたりなどはしないと言う。
ただ、彼は人々や天使等を嘘で煽動する。それは只管に社会の混乱を生み、だんだんと各地を冒していく毒のようなものだ。毒はやがて国家間の戦争の原因などに移行してしまう。
「でも、嘘や欺瞞など人間でもすることでしょう。サマエル様、何故にそこまでベリアルは危険な存在なのですか?」
うん、シャムシエルの言うことも納得出来る。嘘や欺瞞を語るのは何もあの悪魔に限ったことではないだろう。
「リーファちゃん、ベリアルはどんな姿をしてた?」
「え? えーと、見目麗しい男性の天使といったところかな」
「それはベリアルの姿の一つでしか無いのさ。あの悪魔はその場その場で姿さえも虚飾を見せる。だから人々や天使たちはヤツの言うことを信じてしまうんだよ。例えば自分が信奉する相手とか、上司とかの姿で出て来られたらどうする?」
なるほど、確かに悪魔なのに天使の姿をしていた時点でもうおかしいもんなぁ。あの時天使の姿をしていたのは、私がちょうど奇跡を行使していたからかも知れない。そうでなければどんな姿を採っていたのだろうか。
「状況に応じて姿を変えるベリアルが居る、というだけで人々は警戒をして疑心暗鬼になってしまう。あれは悪魔すら欺き、それを見て嗤うような存在からね。厄介なことこの上ない。だからアタシはアイツの復活には反対だったのさー」
しかしベリアルは復活してしまった。これからは人々がベリアルの悪徳に怯えながら暮らさないといけないわけか。
「そういうことであれば場合によっては大捜索のために天使の軍団が来るかも知れませんね。だいぶ先になるとは思いますが」
「それは近隣諸国の説得もあるでしょうし、シャムシエルさんの言う通りだいぶ先ね~」
カナン神国の神都ハルシオンからはかなりの距離があるからねぇ。それに軍隊を動かすとなると、ってことか。
ベリアルは封印を解除して貰えなかったことを根に持っていた。であれば、恨み辛みの標的はこのエーデルブルート王国とカナン神国になるのだろうか。
「ふぁぁ~」
「おねえちゃん、おっきなあくび」
「あらリーファちゃん、みっともないわよ」
「う、ごめん。寝不足だからさぁ。朝食を食べ終わったら眠くなっちゃった」
妹と母さんに笑われてしまった。仕方ないでしょ、ゆうべはほとんど寝てないんだから。
「リーファちゃんも、シャラさんも、少し寝てきた方がいいんじゃない~?」
うーん、母さんの言う通りだな。急ぎで作らないといけない薬とかも無いし、今日はゆっくりさせて貰うとしよう。
「そうするよ。シャラも寝る?」
そう尋ねるも、おや、シャラは眠そうにしながらもぺちぺちとほっぺたを叩いている。
「う~、そうしたいのは山々なんやけど、今日も仕事が……」
「今日は色々あったんだし、お休みを貰った方がいいわよ~? という訳で、サマエルさん?」
「ほいほい、アタシが村に行くついでに伝えておくから、誰と約束したか教えてちょーだい」
「え、ええって、そんな――」
遠慮するシャラに、サマエルさんがぐいぐいと迫る。こういう時にこのお姉さんは頼りになるというものだ。
◆ひとこと
ベリアルというのはとても美しい天使の姿で現れるそうです。
しかし、やはりそれは虚飾の一つであるそうな。
ちなみにソロモン王の魔神伝説では、何故か戦車に乗った双子の天使として現れます。
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