第六一話「しまった、口が滑った」
翌朝、私とシャラはリリが世話をしているシュパン村の小さな畑へと繰り出していた。〈刻示〉の魔術は朝七時半を示しており、ちょうど畑仕事が一段落するところだったようで、リリは農具を片付けていた。
「リリ、おはよう」
「あれ? リーファくん? どうしたの、朝早くから……そちらの方は?」
農作業を終えて汗を拭うリリは、シャラの姿を見て怪訝な表情を浮かべた。女神様はと言うと人懐っこい笑みを浮かべている。
「リリ、こちらはシャラ。昨日からうちで一緒に暮らすことになった女神様だよ」
「初めましてなぁ、リリちゃん。よろしゅうに」
「………………」
あれ、何やらリリが頭痛を堪えるように無言で頭を押さえてしまった。どうしたのやら。
「……リーファくん、突っ込みたいところは他にもあるんだけど……また女の子が増えたの? これで何人目?」
「え? えーと……シャムシエル、サマエルさん、アンナ、シャラで……四人目?」
いや、まぁ、「女の子が増えた」という意味で言えば私を入れて五人目なのだけれども、この会話の流れでは数に入れないのだろう。
「そもそもリーファくんのおうちってそんなに広くないよね? 六人も寝泊まり出来るの?」
「あー……、シャムシエルとサマエルさんは元々客間だったところを使ってて、アンナは母さんと一緒に寝てる」
「……シャラさんは?」
「……え、えーと……」
リ、リリの視線が痛い。答えづらい。
「……私の部屋」
「リーファくんの馬鹿ッ!」
「うっ!?」
な、何やら罵倒された!
「なんやー、リーファちゃんも罪な子やなぁ」
後ろでシャラも溜息を吐いていた。な、なんだよう、二人とも……。
気を取り直して、私はリリに何故シャラを畑へ連れてきたのか説明した。
「南方の地母神様……? シャラ様ってお呼びした方が良いですよね……?」
「ええねんええねん、うちのことを様付けなんてせんといて。他の人間やエルフなんかと一緒に扱ってもろてええから」
「さ、流石にそれは……、でも、分かりました、シャラさん。アドバイスをよろしくお願いしますね」
「まかしときー」
うんうん、早速リリもシャラに馴染んでくれたようで、色々と畑を調べながら話している。この様子なら大丈夫だろうか。
「せやから、畑の栄養が足らんねや。このままやと十分に根が張らず失敗するで」
「えぇ……? リーファくんから貰った栄養剤は撒いてるんですけど……」
「土の感じからするとそれは実の栄養剤やろ? 土の栄養には大きく分けて葉、実、根があるんや。それにこの作物は実の栄養だけを与えすぎると実が割れてまう。どんな作物も根の栄養は重要で、この作物の場合はその後葉と実の栄養を適度に与えることが肝心や」
……なるほど、私があげた栄養剤が逆効果になっているのか。根に効く栄養剤も作って持ってこよう。あれは雑草が頑丈になっちゃうから封印してたんだけど、大事な薬だったんだねぇ。
「そうなるといったん栄養が落ち着いてるとこに植え替えした方がええな。ちょい待ち、畑全体の栄養状態を見たるからな」
シャラは何処か嬉しそうに畑をぐるぐると回りながら色々と調べ始めた。……と、リリがこっちにやってきたぞ?
「リーファくん、シャラさんって凄いね。水をあげすぎだとか、栄養が足らないだとか、すぐに改善しないといけない所を教えてくれる。流石神様だねぇ」
リリは興奮気味にそう語る。リリにも混じっているエルフという種族は、元々カナン教が崇めている神様が生み出したのではない。何処の神様が生み出したのかは分かっていないものの、だからだろうか、色々な神様や精霊の力を信じることに抵抗が無いらしい。
「そっか、リリに紹介して良かったよ。……昨晩はシャラも、これからどう生きていけば良いか分からないってベッドの中で悩んでいたし」
「そうなの?」
「うん、理由は言えないんだけど、彼女は三〇〇〇年以上もの間眠っていたから、いきなり現代社会に放り出されて戸惑っているんだ。そんな中でこうやって出来ることを見つけられたっていうのは彼女にとって良いことだと思う」
「そうなんだ……」
嬉しそうに畑を調べているシャラを、リリは複雑な表情で眺めていた。シャラの事情は国家機密でもあるので話すことは出来ないけれど、それでも彼女が楽しく暮らせるようにリリが後押ししてくれたらと思う。
「ところで、リーファくん?」
「……ん? ど、どうしたのリリ、なんか圧を感じるけど」
ニコニコ笑っているけど、どう見てもこれは怒っている。私ってば何かした?
「ベッドの中で、とか言ってたけど? まさか、一緒のベッドで寝ていたの?」
「………………」
マズい、口を滑らせていたらしい。
「よーしリリちゃん、ここら辺に植え替えするでー……って、どないしたんや二人とも?」
シャラが一仕事を終えた時、私は畑の隅でねちねちとリリのお説教を受けていたのであった。
そして二週間も経てばシャラのアドバイスの効果も覿面に現れ、農家の方々からあれやこれやと質問攻めに遭っている女神様の姿があった。
◆ひとこと
うっかりリーファちゃんでした。
ちゃんとこの日、シャラ用のベッドを設置したようです(笑)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!