第六話「早くも自分が男なのか女なのかわからなくなってきた」
「つ、疲れた……」
うぅ、温泉が疲れた身体に染み渡る。
あの後、とっぷりと日が暮れるまでシャムシエルに神術を叩き込まれた。流石に神から授かった聖女の力だけあって僕自身が持つ神気量は莫大らしく、神術を行使することによる肉体的疲労は無かったのだけれども、全く知らない術式を覚えたことによる精神的疲労が身体にも表れていたようだった。
しかしこの身体……うぅ、早く慣れないといけないのかも知れないけど、やっぱり胸にあるはずの無いものが見えるのでドギマギしてしまう。それなりに大きさがあるし。もっと大きなものは昔母さんと一緒にお風呂に入ってた頃に見てたけど、やっぱり思春期の男子には、刺激がねぇ……。
「ほう、聞いてはいたが家の脇に温泉が引かれているとは、見事なものだな。しかも明かりは魔術のものか? 流石という他無いな」
「わぷっ!?」
湯船のお湯で顔を洗ってたので驚きのあまり溺れそうになったよ! え、な、なんでシャムシエルまで入ってきてるの!?
「うん? どうした、リーファ」
「シャ、シャ、シャムシエルさん!? いま僕が入浴中なんだけど!?」
「いや、知っているが。ふむ、これは液状になっているがもしや石鹸か? 流石に一二〇〇年以上も経てば石鹸の形も変わるものだな」
動揺する僕に怪訝そうな一瞥を向けた後、洗い場で身体を洗い始めるシャムシエル。へぇー、翼ってああいう風に洗うんだ……じゃなくて!
「そ、その、僕は男でしょ?」
「今は女だな。重ね重ね申し訳ないことをしてしまった、すまない」
「いや、それはもういいから……ってそういうことじゃなくて! 心は男なんだから、一緒に入るのはマズいっていうか!」
「何を言う。身体が男女別々で一緒に入ることこそマズい。女同士なら構わんだろう?」
あ、そーですね……ってそうじゃない! そうじゃないんだよ!
さっさと身体を洗い終わって湯船に浸かろうとするシャムシエル。が、僕の顔を見てピタリと動きを止めた。
そして何を思ったのか、ズンズンと僕の方へと近寄ってきて、僕の前で膝をつく。うぅ、僕より大きな胸とか健康的なくびれとか色んなものが見えてしまって、思わず目を閉じてしまう。
「いかんぞ、湯船に髪を浸けるのはマナー違反だ。昔とマナーが変わっていなければだが」
僕が頭に載せていたタオルを使って、手早く髪を纏められてしまった。そ、そういうことでしたか。
「ふぅ、いい湯だ。一二〇〇年後でも風呂というのは変わらず気持ちのいいものだな。髪の纏め方は後で教えてやろう」
「ありがとうございます……」
湯に浸かって蕩けるような顔をしているシャムシエルを直視出来ず、そっぽを向くしかない僕。今男の身体だったらきっと色々大変なことになっていたに違いない。色々と。
「して、リーファ。神術の扱い方についてはもう大丈夫か?」
「なんとかね……。僕が魔術師だから扱えてるけど」
神術は神気を扱う術式、魔術は魔力を扱う術式であり、さほど行使の方法に違いは無い。そして神気とは魔力と異なる力ではあるものの、根源となる力は同じだ。術式を展開する時に力を送り込むルートが違う、とでも言ったらいいんだろうか。
というか、根源の力が莫大ってことは僕の魔力自体も同時に上がったってことなのだろう。たぶん神の奇跡を身に受けた僕の魔力量、神気量は、師匠やシャムシエルのそれすら遥かに上回っている筈だ。大きな力を行使できるということは、色々と気を付けないといけない。
「アナスタシアさんがリーファに神術を教えるように言った理由は、恐らく今日出会った魔族とその協力者が悪魔の封印を狙ってくるためだろう。封印を解いて何がしたいのか分からんが、いきなり襲い掛かってくるような輩だ。ロクな目的ではないだろう。私たちは早々にそれを阻止しに行かなければならないのだろうな」
「今は兵隊さんたちに守られているけど、相手によっては意味を成さないって言われたよね。僕に出来ることがあるか分からないけど、この近くのシュパン村にはお世話になってるからトラブルは未然に片付けておきたい。明日の朝にでも現地に先回りしよう」
あの魔族が諦めるとも思えない。もしかしたら僕とシャムシエルの命を狙いに来るかも知れないけど、向こうも第三者に話した可能性を考えるだろう。だったらすぐに遺跡を狙いに来る筈だ。一応母さんも兵隊さんたちに警告はしたみたいだけど、どれだけ効果があるかは分からない。
しかし、相手が小さな女の子だと気が引けるねぇ。そんなことを言っていられないんだろうけどさ。
「そもそもさ、あの魔族の子は何のために悪魔を復活させようとしてるんだろう?」
「うむ……、普通に考えれば、悪魔を調伏する何らかの手段があると考えるが……」
「何の悪魔なのか母さんですら知らないけど、向こうは分かっているんだよね、きっと。何者なんだろう?」
シャムシエルと二人唸るけど、答えが出るものでも無いんだよねぇ。あまりにも情報が少ない。
そんな感じで考え込んでいたらちょっとのぼせてしまった。明日は早いし、もう上がることにしよう。
「む、もう上がるのか? 長い髪を濡らしたままにしないよう気を付けるんだぞ。風邪を引くからな」
「気を付けるよ……」
なんというか、女の子って色々面倒臭いんだねぇ……。
◆ひとこと
「ボディソープがある訳無い!」と思ったアナタ。
魔術師の家だからいいんです。
そういう薬も作っているんです。
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