第五九話「とうといって何?」
うちのお風呂は無駄に広い。なんでも母さんはお風呂には拘っているようで、一〇年前にこの家を建てた時もドワーフの建築士さんたちにあれこれ細かい注文を出していた。お陰でこうやって四人が湯船に浸かっても余裕の広さな訳なんだけれども。
「はぁ~、生き返るねぇ。やっぱりこのお風呂が一番だ」
「全くですね。アナスタシアさんはわざわざ温泉を引けるこの場所に家を建てることにしたということですが、この心地良さを知ればその気持ちも分かります」
サマエルさんとシャムシエルが肩まで浸かって蕩けている。かく言う私も久しぶりのこのお風呂で身体のあちこちが解れて天にも昇る気持ちである。
「ん? シャラちゃんはなんでそんな隅っこにいるん? もっとこっち来てお喋りしよーよ」
おや、サマエルさんの言葉に視線を向けてみれば、私たちから離れた場所で背中を向けて湯船に浸かっているシャラの姿があった。
「え、えぇ~、うちはその、ええかなって……」
「まぁまぁそんなこと言わず、こっち来なってば」
「うひゃぁ!?」
サマエルさんがシャラの腕を引っ張って、強引に私の隣に座らせた。彼女の顔が真っ赤なのは湯あたりしているからではあるまい。
「リ、リーファちゃんは、こない女の子に囲まれて平気なん?」
「あー……、最初は戸惑ったけど、自分の身体も女性になってるしね……」
私は自虐的に口をひくひくさせながら、中空を見つめてそうのたまった。初めてシャムシエルとお風呂に入った時は色々どぎまぎさせられたものの、自分の身体にも付いているものだし、男性と一緒にお風呂に入れる訳でも無いのだから慣れるしか無いのである。
「そうそう、だからシャラもさっさと慣れてしまうのだな」
「シャムシエルさん、それは無理やわぁ……、それに、リーファちゃんが元男っちゅうだけちゃうんや」
もじもじと落ち着かなそうに身じろぎするシャラ。初々しくて可愛い。私も女の子になりたての頃とかこうだったんだろうか。
「シャムシエルさんはスタイルええし、サマエルさんは綺麗やし、リーファちゃんは可愛くて可憐やし……正直、うちが見劣りしてまうって……」
え、そうかな。シャラってとっても魅力的な女の子だと思うけど。スタイルもシャムシエルほどじゃないけど私より良いし、何より整った顔立ちをしている美人……いや美女神様だ。自分に対する評価が低いのかも知れない。あと私のことを可愛いとか可憐とか言うのは複雑な気持ちになるからちょっとやめて欲しい。
「……ん?」
なんかシャラの背後でサマエルさんがハンドサインを出してる。えーっと……フォローしろってことかな? これは。
うん、私もシャラの自己評価が低いままだというのは正直勿体ないと思うから、頑張らせて貰おう。
「そんなこと無いって、シャラはとっても可愛いよ」
「ふぁっ!?」
私に手を握られたシャラが変な声を出した。あ、瞳がぐるぐる渦を巻いている。ちなみに彼女の背後のサマエルさんは「そのまま押せー!」と無言で囃し立てている。ええい、鬱陶しい。
「シャラは可愛い。私が断言する。スタイルだって私よりも良いし、正直女の子たちが憧れちゃうような女神様だと思う」
「そ……そ…………」
シャラは魚のように口をパクパクさせながら耳まで真っ赤になっている。最早私から身体を隠すことも忘れているようだった。
「そんなんや、あらへんーーーーっ!」
水しぶきを上げて湯船から飛び出すと、シャラは叫びながら風呂場を出て行ってしまった。うーん、やり過ぎたか。
「ありゃ、逃げた。でもリーファちゃんグッジョブ」
「と、尊い……」
親指を立てるサマエルさんと両手で顔を覆って何かぶつぶつ言ってるシャムシエルが居た。とうといって何?
◆ひとこと
腐天使シャムシエル。
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