第五七話「だからそういう大事なことはちゃんと教えてよ!」
「うちを助けてくれたんはあんさんですか? おおきに、ありがとう」
シャラさんは先程までの勢いは何処へやら、特徴的な喋り方で静々と私に頭を下げた。なんとも悪魔さんらしくない悪魔さんである。いや、天使たちが異端だから悪魔として扱っていただけで、正体は地母神なのか。
「いえ、お気になさらないでください。貴女が無事でよかったです、シャラ様。わたくしはリーファ。このエーデルブルート王国にて聖女として認められている者です。どうぞよしなに」
「まぁ……こないに可愛らしい子に助けられて、うち幸せもんやわぁ。うちのことは様付けなんてせんでもええってばぁ」
きゃあきゃあと両頬に手を当てて喜ぶシャラさん。な、なんか女の子に好意的なあたりサタナキアさんの時を思い出すけど、いきなりキスしてくるような方じゃなくてよかったよう。
「シャラ、改めて謝罪させてくれ。あん時ぁお前を封印しちまって済まなかった。俺たちにとっては異端とは言え、今ではお前たちのような優しい地母神を封印したことが間違っていたと思っている」
「メタトロン……。ええねん、昔には昔の価値観があったんやさかい、うちは気にしてへんて」
わー、ホントに温和な地母神様だよ。三〇〇〇年以上も封印されていたというのに当事者のメタトロン様に対してもニコニコ笑ってる。器が大きいというかなんというか。
「せやけど……もうあの頃の町は無ぅなってもうたんやなぁ。最後にお別れ言えんかったんは、えらいさみしいこっちゃなぁ……」
「シャラ……」
聞けば、シャラさんは当時ここに住んでいた人たちのために、荒れ地に畑を作ったり井戸を掘ったりと尽力していた、地域に根付いた地母神様だったらしい。
しかし、次第に近辺の人々までもがシャラさんを崇めるようになってしまい、異端として天使たちに目を付けられ封印されてしまったんだとか。
「ここにおった人たちは、何処に行ってしもたんやろなぁ……」
「……三〇〇〇年以上も経っているんだ。その子孫は何処にだっているだろうさ」
「……そうやな……きっと……、そうやろな……」
町のあった方角を眺めながら、シャラさんが呟く。突然仲良くしていた人間と別れなければならなかった彼女の心の内を思い知ることなど、私には出来ない。
「……さて、辛気臭いのは終わりや! うちを封印から目覚めさせた経緯とか聞かなあかんさかい!」
「そうですね……、サマエルさん、〈知恵の実〉を使って頂けますか?」
「はいはいリーファちゃん、いいよー」
サマエルさん独自の魔術〈知恵の実〉により創り出されたリンゴを食べると、その周辺環境の一般常識や言語を覚えられるというとんでもない力を持っている。
以前この魔術を教わろうとしたのだけれども、術式が複雑すぎることとかなりの魔力を必要とするため、私にも師匠にも習得は出来なかった。魔力量は生来のものとは言え、あの術式を発明し、そして暗記、構築出来るサマエルさんははっきり言ってとんでもない。
「なんやの? この実を食べればええの?」
「そそ、シャラちゃん。それ食べたらあっちの人間たちの言葉も分かるようになるからね」
「はぁー、便利なものがあるんやなぁ」
早速サマエルさんが馴れ馴れしく「シャラちゃん」とか呼んでいる。流石のコミュニケーションスキルである。
シャラさんがリンゴを食べ終わったところで、私たちは「町の跡へ行ってみたい」という彼女の言葉に従い、道すがらに今までの経緯を説明した。
「なるほどなー、うちやサマエルさんが『獣』っちゅう魔王の封印に使われとった、と」
「で、その『獣』を無事神の御許へと送り返したのがリーファちゃんなのさ」
何故か誇らしげに胸を反らすサマエルさん。まぁいいんだけど。
「はい。そして、最早封印自体が意味を成さなくなりましたので、シャラさんの封印も解除してしまいましょう、ということになりました」
「そうなんやぁ……。ちゅうことは、もう一人も?」
「……いや、残る一人のベリアルは封印解除させないつもりだ」
あ、やっぱりメタトロン様はベリアルを封じたままにしておくつもりなのか。
「なんで?」
「シャラは温和な性格だから良いんだがな……、ベリアルはそうもいかん。狡猾で、害しか無い存在だ」
「そうなんや……」
メタトロン様の説明にもシャラさんはあまり納得していない様子だった。自分も封印されていたということもあるけれど、もともと優しい性格だからなんだろう。
「ところで、シャラさん。封印中に何者かから接触を受けた覚えはおありですか?」
「封印中に? どういうこと? リーファちゃん」
「シャラさんを先程まで乱していた魔力片ですが、封印前に仕掛けられたとは思えないのです」
あの魔力片はちょっと調べた限り即効性のものだった。だからもし封印前に仕掛けられていたとしたら、封印時にも先程のように我を忘れていた筈で、メタトロン様が気付かない訳が無い。だから、封印中に接触されたとしか考えられないのだ。
「そやなぁ……、確かに封印中、誰かの声が聞こえたような気ぃするわ」
やっぱりか。
しかし、封印は神の奇跡で行われている。どうやって彼女に接触したというのか。
「……まさか、わたくしの他にも、神の奇跡を行使出来る存在が?」
「もし神の奇跡を悪用している存在が居るとなると厄介ですね。早急に全能天使以上でシャムシエルと同じような勇者化、聖女化の奇跡を行使した者を洗い出させましょう」
「……お願いします、ラグエル様。そこから現代に生存している者を洗い出せば、ある程度は絞れる筈です」
……ん? ということは、私以外にも居るってことか、天使経由で神に力を授けられた存在が。でもかなり私のような存在はレアケースなんだろうなぁ。
「……よく考えましたら、そのような存在が見つかったとしても生存しているとは限りませんね。わたくしのようなケースは稀でしょうし、偶然同じ時代に生きていらっしゃるとはあまり思えません」
「そんなことは無いと思うぞ、リーファ。神の純粋な神気に当てられれば、ある程度寿命が延びるだろうからな」
………………。
え? なんかとんでもないこと言ってるぞ、このポンコツ天使。初耳だよ。
「あ、あの……、シャムシエル? わたくしはもしかすると、奇跡を行使し続ける限りは永遠に生き続けるのでしょうか?」
「不死ではないしゆっくりと老いもするので永遠ということは無いが、今のペースで行使を続ければエルフより長命になるかも知れんな」
………………。
えぇ…………、なんでそんな大事なこと黙ってたんだよう……。
◆ひとことふたこと
作者は生まれも育ちも関東なので大阪弁を調べるのに苦労しております(笑)
この世界のエルフは千年単位で生きます。
リーファちゃんの未来はいずこ。
ちなみにルシファーくんのお妃様もエルフです。
なのでサマエルが後妻になれる可能性は絶望的です。合掌。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!