第五六話「いったいどこでその毒を浴びたのか」
さて、三人の天使に囲まれ、光の環で縛られているシャラさんは相変わらず憤怒の表情を浮かべながら歯軋りをしている。目が覚めたら何か状態が変わってるんじゃないかと思ったけど、ダメだったよ。
「貴様等、許さん……許さん! 貴様等の首を削ぎ落とし、大地にその血を注いでやる!」
「いやお前いい加減にしろよ。そんな事言う奴じゃなかっただろ」
「そうですね……。もっとおっとりした話し方で、自分のことも『うち』と呼んでいたような気がしますが」
「許さん……許さん!」
ダメだ、メタトロン様とラグエル様が話しかけているけど、会話になっていない。二人とも困っているようだった。
と、同じく困惑の表情を浮かべたシャムシエルが私に手を振る、なんだろう。
「なあ、リーファ」
「はい、なんでしょうか、シャムシエル」
「この古代悪魔シャラは何かしらの術に掛かっているのではないか?」
「術……ですか」
まあ、温和だった地母神があれほどに牙を剥いているのだ。そりゃ、そういう話にもなるか。
だけど、誰が? 彼女は今の今まで封印されていたんだぞ?
「私も少し気になるのです、歪んだ魔力と言いますか……そういったものが感じられます」
「ラグエル様? 歪んだ魔力……ですか?」
「はい、ほんの僅かなのですが、彼女とは違う魔力がこびり付いています。それによって操られているのではないか、と思いました」
ラグエル様がこう仰るということならば、その可能性が大いに考えられるのだろう。
となると、彼女は封印される前から操られていたという事になるのだけれど――
「なるほど……ときにメタトロン様。このお方はメタトロン様が封印をされたのですよね?」
「ああ、そうだぜ」
「彼女は封印される直前もこのような様子でしたか?」
「……いいや、それまで通りだったな。『うちが仲良ぅした人間たちだけは傷つけんといてや』と最後まで町のことを心配していたな」
「そうですか……」
なら、一体何処で彼女は暴走するようになったんだ?
まさか……封印されている間に? どうやって?
「リーファ?」
「……あ、すみません、シャムシエル。操られているのだとすると、どのようにして彼女に接触したのかを考えておりました」
「そうか。でも、もし彼女を元に戻せるのならば、その後に聴いてみるのが良いのではないか?」
「そうですね……、その通りです。――その流れを我に映せ、〈魔力探知〉」
相変わらず恨み言を呟いているシャラさんに近づき、精密な術式を意識してから魔力の存在を探ってみる。
「……これは……なるほど……」
確かに、妙な魔力の欠片が彼女の頭にこびり付いている。それは集中しないと見つからないように高度な隠蔽が成されており、私が〈魔剣のアナスタシア〉の弟子として魔力の扱いに長けていなかったら見つからなかったかも知れない。これを仕込んだ術者の腕にも戦慄する。仕掛けたのはかなりの手練れだろう。
「解けますか?」
「はい、ラグエル様。奇跡を使えばこの魔力片も問題無く消し去ることが出来ます。それで元に戻るかどうかは、賭けでしか御座いませんが……」
「ならばやるしか無いでしょう。このまま手をこまねいていても事態は悪化しかしません」
そうですねぇ。最初はメタトロン様だけに敵意を見せていたのに、対象が天使、悪魔、人間と増えていった。そのうち世界になってしまいそうだし。
「主よ、憐れな贖罪の羊を救い給え、――〈祝福があるように〉」
丁寧に構築した術式により、奇跡が放たれる。ちょうど魔力片のある場所から煙が上がり始め、それと同時にシャラさんが苦しみ始めた。
「がっ、がぁぁぁぁぁ!」
「堪えろ、シャラ!」
苦しみのたうつシャラさんを、メタトロン様が押さえつける。彼女の頭から上がっていた煙はやがて勢いを失っていき、それと共に彼女の表情は穏やかなものになる。
「……あれ? うち……どないしたんや?」
「シャラ! 気が付いたか!」
「メタトロン……? あれ? うち、あれ……?」
先程まで憤怒の表情を見せていた少女は、封印の〈制約〉を受けた光の環で縛られている状況の意味が分からず、困惑した表情でおろおろと周りを見回し始めた。
◆ひとこと
ベネディクトゥスはラテン語です。
さて、彼女はどこでこの毒を浴びたのでしょうね?
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次回は明日21時半頃に更新予定です!