第五一話「その封印解除、ちょっと待った方がいいんですって」
さて、御前の天使のお二人もこの後予定があるかも知れないし、私と話をしたいという事なので、早速本題に入ろうか。
「お二方とも、カナン神国から遠路はるばるエーデルブルート王国までようこそいらっしゃいました。わたくしに話を聞きたいということは伺っておりますが、どのような件かお伺いしてもよろしいでしょうか」
「おう、聖女リーファ。今回はお前と話をするのが目的だったからな、帰っちまう前に会えてホッとしてるぜ」
え……このお二方、神都ハルシオンからわざわざ私に会うためにやってきたの?
しかし……私が陛下から召喚を受けたのが一五日前だし、天使でも一ヶ月はかかる行程を半分の時間でやって来たのか。流石だ。
「そ、それは……恐縮です……」
「まぁ、そんな気張らずにいこうや。ラグエル、頼む」
「分かりました、メタトロン。聖女リーファよ、先の『獣』の一件、我々に代わり解決をして頂きありがとうございました」
「あ、いえ、自分に出来ることをやったまでですので」
その件か、やっぱり。
いや、『獣』の件というより、アレだろうなぁ。
「……それで、その身が人の子でありながらも神の奇跡を行使出来るようになったとは、真ですか?」
「…………はい、間違い御座いません。神より力をお借りして、『獣』にも神炎などで対抗いたしました」
私は能天使のシャムシエルが神の代理として行使した奇跡により、自身も神の力をお借りして奇跡を行使出来るようになった。私が魔術師として研鑚を積んできたということに加え、奇跡を身に受けた時にその術式を一部解析したからなんだけど。
しかもそれは代理としてではなく、意のままに扱える術だ。この目の前にいらっしゃる御前の天使のお二人ですら、神より力を預かった上で、しかも決まった奇跡でないと行使することは出来ない。
つまり私は存在そのものがイレギュラーであり、御前の天使が会いに来るということも納得出来ることなのである。
「……はぁ。話には聞いておりましたが、本当なのですね。こんな可憐でか弱い人間の乙女が、我々よりも遥かに強大な力を持ってしまうなんて……」
溜息を吐いて嘆くラグエル様。うーん、鎧を着ているとはいえ、見た目だけならラグエル様も私くらいか弱そうに見えるけど、そうじゃないんだろうねぇ。何しろ世界が生まれた頃くらいから生きているんだろうし。
「確かに強大な力ではありますが、私はこの力を進んで使うつもりは御座いません。『獣』との戦いでは奇跡を行使し過ぎて身体が聖霊に近づいてしまいましたし、何より強い力を持つ存在はそれを管理する責任も大きい、と昔から母に厳しく教わっておりますので」
ふぅむ、と唸りながらメタトロン様はソファに背中を預ける。そして何処か嬉しそうな表情で天を仰いだ。
「なるほどな、リーファは母親に恵まれているようだ」
「はい、自慢の母で御座います」
ちらりと母さんを見る。ちょっと誇らしげな表情をしていた。
「とは言え、全く行使することが無い訳でも無いんだろう? 王都への召喚のついでに、俺たちが封印した残り二人の悪魔を復活させると聞いている」
「……ご存知でしたか。そうです、古代悪魔シャラと、古代悪魔ベリアル。この二体の悪魔は封印されている理由も無くなったので、封印解除を検討していると陛下は仰っていました」
かつて御前の天使が『獣』を封印するための力を得るため封印した五体の悪魔のうち、既にサマエルさんとサタナキアさんは復活済み、アバドンは消滅している。
しかし『獣』は既に神の御許へと送られてしまったため、残る二体の悪魔も封印しておく理由が無いのである。
「んー、やっぱり、そうなのか。しかしシャラはむしろ人類に好意的なので良いが、ベリアルはなぁ……」
「そうですね、ベリアルは……」
「そうだねぇ、アイツはちょっと、アタシも復活させるのは反対だなー」
メタトロン様は天を仰いだまま顔を覆っており、ラグエル様も渋い表情を作っている。更に同類の悪魔であるサマエルさんまでもが反対するって……ベリアルってそんな嫌われてるの?
「古代悪魔ベリアルには、何か問題があるのですか?」
「問題しか無いな。奴はかつてのサタン以上に厄介な存在とも言える。元同僚とは言え、奴ほど狡猾な悪魔は居ないだろうからな」
え、えぇ……、かつて魔王の中の魔王と呼ばれたサタンより厄介な悪魔ってメタトロン様に言わしめるなんて……って、ベリアルも元御前の天使だったの?
そう聞いてみたら、メタトロン様から「神が創造した二番目の天使だった」と言われた。知らなかったよ。ちなみに一番目が南の大帝国を治めている魔帝ルシファー、つまりかつてサタンとも呼ばれていた悪魔だというのは知っている。どっちも悪魔に堕ちちゃったんだねぇ。
「そういう事ならば、シャラは良いですが、ベリアルの封印解除は待って頂くようエーデルブルートの王に申し上げなければなりませんね。下手をすれば、『獣』以上の混乱を招く恐れがあります」
「それほどまでにですか……」
「ベリアルは嘘や不正をもって人類や天使を堕落させる狡猾な悪魔です。天使を監視する役目を神から与えられている私は、随分と彼に煮え湯を飲まされました」
ラグエル様は天使が堕落しないように監視する役割を担っているのだそう。だとすると、一〇〇人単位で女性の天使を堕落させたサタナキアさんとか、そうとう目の敵にしていそうだ。
「それでいこう、ラグエル。それとリーファ、シャラの封印を解除する時は俺たちもついていって構わないか? 奇跡の行使をこの目で見たい」
「は、はい、勿論です。陛下のお許しが有れば、ですが」
うむ、相手が御前の天使とは言え、そのあたりは私の一存で決める訳にはいかないからね。
「ああ、その辺は王に直接話させて貰うさ。という訳でカナフェル大司教、謁見許可を頂くために一筆頼む」
「承知しました」
相変わらず半目で何を考えているか分からない大司教猊下が短く答え、ハロムさんに指示を出している。猊下が大司教の仕事をしているところを初めて見たかも知れない。
◆ひとこと
ベリアルはサタン(=ルシファー)、ベルゼブブに次いで有名な悪魔かと思います。
御前の天使たちが話す通り嘘と不正で人々を堕落させます。
この悪魔、ソロモン王の魔神でも序列68位の王として君臨しており、召喚されてもやっぱり嘘ばっかり吐きます。
ですがこの悪魔に嘘を吐かせない方法があります。……それは後述しますね。
名前はヘブライ語でずばり「悪」。尖ってますね!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!