第五〇話「遠路はるばる一番偉い天使がやってきた」
天使兵が脇を守る応接室のドアを、ハロムさんがノックする。ちなみに大事なお話なので、アンナはシスターの一人に預けてきた。最近妹はおうたにハマっているので、聖歌とか教えて貰えるかも知れない。
「失礼いたします、聖女リーファ様をお連れいたしました」
「入ってください」
ドアの向こうからカナフェル大司教猊下の声。どうやらずっと御前の天使の二人を応対していたらしい。
ハロムさんが開けたドアの向こうには、いつも通り祭服姿で見た目が一〇歳程度の仏頂面をしている大司教猊下。その隣に座るのは私の姉のような位置に収まっている能天気な悪魔サマエルさん、そして……その正面には鎧を着こんだ二人の天使が応接のソファに座っていた。この多くの翼を持っている二人が御前の天使か。
「おっ、来たな。コイツが聖女リーファか」
「人の子相手とは言え、『コイツ』呼ばわりは失礼ですよ、メタトロン」
もの凄く大柄な男性の天使と、それを窘めるもう一人の女性の天使。ということは、この大柄な方がメタトロン様、普通サイズの方がラグエル様か。
メタトロン様はホライゾンブルーのショーストレートの髪にシルバーグレーの瞳を持っており、全身を纏う青い鎧を身に着けている。野性味溢れるようなやや浅黒い顔には大きな傷痕が付いており、歴戦の猛者ということが窺える。彼の脇には鞘に収まった大剣が置かれているけど、たぶん神剣なんだろうなぁ。それにしても大きいお方だ。二メートルは超えてそう。
ラグエル様の方はというと、赤い髪を頭の後ろで纏めていて、同じく赤い瞳にきりりとした眉が実直そうな印象を与えるお方だ。白を基調とした鎧はこちらも全身をがっちりと守っており、脇には大剣ではなく片手剣。これも神剣なんだろうか。彼女の身長は私よりたぶん一〇センチほど低い。こちらは女性としては少し低い程度だ。
しかし、メタトロン様と大司教猊下が居並ぶと縮尺がおかしいような気分になってくる。というかメタトロン様がデカすぎるんだけど。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。お初にお目に掛かります、エーデルブルート王国の聖女が一人、リーファです」
私が軽く膝を折って淑女らしく挨拶すると、メタトロン様は「おう」と片手を挙げた。
「話は聞いているぜ。そこの隣に居る能天使が聖女の身体に変えちまったそうだな。俺はメタトロン、一応全ての天使を纏めている、ということになっている御前の天使だ、よろしくな。こっちはラグエル、同じく御前の天使だ」
「よろしくお願いいたします、聖女リーファ、能天使シャムシエル」
メタトロン様に紹介され、ラグエル様は腰かけたまま深々とお辞儀をする。隣のシャムシエルも慌てて頭を下げた。自分よりも遥か遥か上に位置する御前の天使という存在の前だからか、普段見ないような緊張をしているな。瞳がぐるぐると渦を巻いている。
母さんも自己紹介をしたところで、私たち三人はサマエルさんの隣に腰かける。魔術師が二人、能天使が一人、大司教の権天使が一人、古代の堕天使が一人、御前の天使が二人。どういう状況だ、これは。
「遅かったねー、リーファちゃん。死罪になってもう会えなくなるかと思ったよー」
「……それはわたくしもだいぶ覚悟をしておりました」
相変わらず本心なのかどうなのか分からない調子でケラケラと笑いながら肩を叩いてくる隣の悪魔サマエルさん。一緒に王都へ来たとは言えなんでこの場に居るのかと思ったけど、そう言えばこのお方も大昔御前の天使の一人だったんだっけ。元同僚なのか。
「死罪……、ですか? 聖女リーファ、何か問題でも起こされたのでしょうか?」
「いえ……、大事なことを国王陛下にお伝え出来ていなかったために問題となりましたのですが、陛下よりご厚情を頂きまして、お咎めも無く解放されました」
「はぁ、なるほど……」
ラグエル様は特にそれ以上突っ込んでこなかった。うん、元男でしたという事情を話すとまたワケの分からない事態になりかねないので有難いんだけどね。
◆ひとことふたこと
先にも触れましたが、メタトロンという天使は聖書ではなく聖典に登場します。
とてもとても大きな体をお持ちで、宇宙サイズです。パネェ。
でも双子の弟のサンダルフォンはもっともっとデカいのです。パネェ。
名前についてヘブライ語に合致するものは無いようなのですが、「見守る者」「玉座に侍る者」などが語源なのではないかと言われています。
ラグエルは天使が堕落しないよう監視を行う天使です。
こちらは旧約聖書の偽典にのみ登場します。なのでウリエル同様悪魔と扱われた過去があります。監視役なのにヒドイ。
名前はヘブライ語で「神の友」という意味です。
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