第四九話「厄介事のあとは厄介事の予感」
これより第二章になります!
本章もよろしくお願いいたします!
エーデルブルート王国中央地方にあるシュパン村から王都までは、馬車で一〇日間もの距離がある。そうそうは行き来出来ないのだけれども、私は諸事情により前に滞在していた時から二ヶ月と少しという短期間で王都を再訪問しなければならなくなっていた。
何のために訪れていたのかと言うと……国王陛下を謀っていた、という、普通ならば死罪も考えられるような大事が理由だったんだけど。
背後の謁見の間に通ずる重厚な扉が閉じられ、私は大きく溜息を吐きながら肩を落とした。
「うぅ……、自業自得とはいえ、酷い目に遭いました……」
落ち込んでいるとは言え近衛兵の方が見ているので、あくまで聖女モードとしての振る舞いは崩さない。
少し前の話だけれど、魔術師であるという以外は普通の少年であった私は、いま隣で同じように溜息を吐いている能天使シャムシエルの勘違いにより聖女の身体へと変えられてしまったのである。
しかし、あれよあれよと王国の聖女として持ち上げられていく中で、シャムシエルの他に事情を話せていたのは師匠、サマエルさん、カナフェル大司教猊下と幼馴染リリの四人しか居らず、とある事情で「〈魔剣のアナスタシア〉には息子しか居ない」という事実が陛下の耳に入ってしまったため、こうして謁見の間に召喚されてしまったワケだ。
「よかったわねぇ、リーファちゃん。お咎め無しで」
「はい……、陛下にはさんざん弄られてしまいましたが……」
死罪も覚悟していたのだけれど、護衛である近衛兵のお二人以外にお人払いをした中で、事情を詳らかに告白した私に対して陛下はニヤニヤと底意地の悪い笑顔を浮かべながら弄り倒しただけで、それ以外はお咎めも無く解放されたのである。
「しかし、リーファが聖女になった経緯は誰にも話してはならないと念を押されてしまったな」
「それはそうでしょうねぇ。リーファちゃんは既に王国の聖女として認められてしまった存在ですもの。真実が知られてしまっては王国の権威に関わるわ」
「……胃が痛いです……。村の人たちには私の正体、既にバレていそうな気がするのですが……」
なにせリリには既に話してしまっているし、狭い村のことだ、少年リーファの代わりに少女リーファが魔女の家に居ついているのである。うん、この状況でバレないワケが無いね。
母さんたちとそんな話をしながら、通路を歩いていくと……おや? 突き当たりでぶんぶん手を振っている妹のアンナともう一人、男性の天使が静かに佇んで居る。あれは大教会でカナフェル大司教猊下のお付きをしている天使のハロムさんだな。
「おかあさん、おねえちゃん、シャムシエルおねえちゃん、おかえりなさい!」
死霊に操られ膨大な魔力を扱った結果、後遺症により記憶喪失になってしまったためうちで引き取っている私の妹のアンナは、嬉しそうに私の腰に飛びついた。紅魔族の特徴であるやや赤い蝙蝠の羽と尻尾も、彼女の感情を表現するようにぱたぱたと動いている。うーん可愛い。
「ただいま、アンナ。ええと、ハロムさん、ごきげんよう。ハロムさんも謁見ですか?」
「おねえちゃんをまってたんだって!」
「わたくしを……?」
私が首を傾げると、ハロムさんは「はい」と真剣な表情を作る。いつもポーカーフェイスの大司教猊下と違って、この天使さんはよくニコニコと笑っていらっしゃる温厚な方だけれど、今日は何やら顔色が悪い。わざわざここまで私を呼びに来たことといい、緊急の用事があったんだろうか。
「謁見でお疲れとは思いますが、至急大教会までご一緒しては頂けませんでしょうか。我々にとっても、貴女にとっても、とても重要なことなのです」
「もともと大教会には顔を出すつもりではおりましたので、それはよろしいのですが……、重要なこと、ですか?」
えー、なんだろう。大司教猊下に無茶ぶりでもされるんだろうか、嫌だなぁ。
そんな思いはおくびにも顔へ出さずにハロムさんの言葉を待っていると、彼は一度大きく息を吐いた。
「御前の天使メタトロン様と、同じく御前の天使ラグエル様が、大教会にいらしております。聖女リーファに話を伺いたいと」
「……えっ」
御前の天使、それは名前の通り神の御前に位置する最高位の天使である。
更にメタトロンと言えば、その中でも筆頭と呼ばれる天使の中の天使、最強の天使だ。そんなお方が、わざわざ遥か遠い神都ハルシオンから遠路はるばるエーデルブルート王国まで来たということ?
「……リーファちゃん、どうやらまた厄介ごとが舞い込んできそうねぇ」
「…………取り敢えず、参りましょうか」
私は母さんと同意見だったけれども、表向きは特に答えを返さないままに城門の方へと歩き始めたのであった。
◆ひとことふたこと
普通は死罪ですよね(笑)
流石に器が広いと評判の陛下です。
男性の天使さんが出てきました。
階級は一番下の「天使」ですね。
ハロムはヘブライ語で「夢」という意味です。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!