第四八話「大ピンチはすべてが終わった後にやってきた」
「じゃあアンナ、この術式は何だったかな?」
「うーん、と……、みず、の……せいれいさんを、よぶ?」
「当たり! よく覚えてたねぇ~」
「えへへー」
一問正解するたびに可愛い妹をかいぐりかいぐりと撫で回す。姉馬鹿と呼ばれても良いのだ。
あの騒動が終わった後、身体の回復を待ってから、私は正式に王国の聖女として認定された。
とは言え、国難級の出来事が起こらない限りは任務に召喚されないため、私たちはシュパン村近くの森にある自宅へと帰ったのだった。そして私はこうして、妹を立派な魔術師にするべく勉強を教えているという訳だ。
まだまだ未熟な私だけれど、母さんが自分にしてくれたように、アンナへ愛情を注いであげられたらと思う。
「たっだいまー」
「あっ! サマエルおねえちゃんがかえってきた!」
「そうみたいだねー、休憩がてらお迎えしてあげよっか」
「うん!」
アンナが嬉しそうに立ち上がり、玄関へと駆け出して行った。あの子を引き取った最初の頃と違い、随分と元気で可愛い笑顔を見せるようになってくれた。たくさんご飯も食べるようになり、体つきもリリが同じ年の頃と遜色ないくらいになっていると思う。
「サマエルおねえちゃん、おかえりなさい!」
「おー、ただいま、アンナ。勉強してたのー?」
「うん!」
「そかー、偉い偉い」
「えへー」
アンナを追って玄関に向かうと、妹がサマエルさんにわしゃわしゃと撫でられていた。妹の頭を撫でてあげられるのは姉特権だけど、サマエルさんも私の姉みたいなものなので特に嫉妬したりはしないぞう。
「サマエルさん、おかえり。今日はどうだった?」
「ただいま、リーファちゃん。うん、でっかいの仕留めた。まぁアタシにかかりゃらくしょーだけどね」
そう言ってピースサインを決めるサマエルさん。そりゃね、このお姉さんに掛かれば猪狩りなんて児戯に等しいでしょうよ。
この悪魔のお姉さんは、家に戻ってからシュパン村の狩人の一人として働くようになった。でもこの人、いや悪魔さんが自分の魔弓を使って本気を出すと獲物の身体が爆散してしまうような威力になってしまうので、狩りでは普通の短弓を使っているらしい。それでも必殺必中の矢を繰り出すため、他の狩人は仕事にならないとかなんとか。
ちなみにこの間までサマエルさんはお友達である魔帝ルシファーへ会いに遥か南方にあるヴィニエーラ帝国まで行っていたのだけれども、皇帝陛下にお妃様がいらっしゃったことにショックを受けて失意のまま帰ってきたのだった。ここへ帰った夜は泥酔してクダを巻いていたため大変だった。オマケに母さんまで「男なんてそんなものよ」とお酌に付き合っていたし。母さん、過去に何があったのやら。怖いので聞くつもりないけど。
「あ、シャムシエルももう帰ってるよ。今は外で鍛錬してる。相変わらずマジメちゃんだよねー」
「そっか、ありがと。帰ったんなら一度顔を見せればいいのに」
まったく、真面目なのはいいことなのかどうなのか、シャムシエルを見てると分からなくなるねぇ。
私とアンナは裏庭に出て天使の姿を探す。……あ、いたいた。剣を振っている。
「シャムシエル、帰ったらちゃんと顔を出してって言ったでしょ」
「む、リーファ、すまない。身体が温まっているうちにと思ってな」
「そんな鍛えてどうするのさ……」
「また『獣』のような災厄があるやも知れんだろう。ならば一日も鍛錬を欠かしてはならん。……どうだ、アンナもやるか?」
うーわ、またアンナを誘ってるよこのポンコツ天使。やめろって言ってるのに。
「アンナ、まじゅつしだよ?」
「魔術師が鍛えてはならん道理は無いだろう。さあ一緒に――」
「こらこらこら、アンナを筋肉の塊にするなって言ってるでしょうが! 何度言ったら分かるの!」
「むぅ……、残念だ」
むくれる天使。まったく、油断も隙もありゃしない。二度とアンナを誘えないように呪詛で縛ってやろうか。
シャムシエルは狩人が狩れないような魔物が村周辺に居ないか毎日空から見回りをしてくれており、必要とあらばその退治を行っている。本来ならば能天使の一人である彼女はカナン神国で部隊長として他の天使を導く立場にあるのだけれど、彼女の居た時代からは既に一二〇〇年以上も経っているので部隊などある筈も無く、今はエーデルブルート王国の聖女である私を見守る立場にある。
それに彼女には、私の身体を元に戻すという使命もある。最近忘れてる節があるので、今度きちんと徹底しておかねば。
「そう言えばリーファの身体も、もうすっかり人間に戻っているようだな。神気が漏れているような様子も無い」
「ホントにねー……、あの時はどうなるかと思ったよ……」
私の身体は『獣』との戦いで一部聖霊化してしまったけど、時間が経つにつれて元に戻ってくれた。男に戻る前に人間辞めなくてよかったよ。
「残り二人の古代悪魔も奇跡の力で封印解除をしに行く予定だったか。サマエル様のような話の分かる方だと良いがな」
「そうだね、いきなり襲いかかられたりしなければいいんだけど。サタナキアさんみたいに違う意味で襲われても困るけどさ……」
出会い頭に私の心へ深い深い傷を残してくれたサタナキアさんは、今は王都で魔道具屋を開いているらしい。距離がある筈なのに、母さんに会うためだけにしょっちゅうここに足を運んでいる。相変わらず母さんに手懐けられているのに離れていていいの? とか思ったら、「会えない時間が愛を深めるのですわ」って言ってた。うん、残念ながら私には意味が分からない。
「さてと……それじゃアンナ、そろそろお勉強に戻ろうか。終わったら夕食を作るから、お姉ちゃんを手伝って頂戴」
「うん! おねえちゃんのおてつだいするの、すき!」
うーん天使がここに居た。いや天使は他にちゃんと居るけどそういう意味じゃなくて。
「ああ、リーファちゃん、ここに居たのねぇ」
玄関から上がろうとしたら、慌てた様子の母さんがやって来た。なんだろう?
「母さん、息切らせてどうしたの」
「通信魔術で陛下から連絡があってねぇ、その、私とリーファちゃんを急ぎ城へ召喚するって……」
えぇ? 召喚?
早いなぁ、『獣』の騒動からまだ二ヶ月ちょっとしか経ってないぞ。
「……また急だね。国難レベルの何かがあったとか? それともこの間言ってた残る二つの封印解除?」
「いえ、その……それがねぇ……」
え、なに? 母さんが言いづらそうにしている。何があったの?
「ええっと、とある私の知り合いさんが陛下とお話をされた時に、『〈魔剣のアナスタシア〉には息子しか居なかった筈だが』って話しちゃったみたいで……」
………………。
ヤバい、それはヤバい。
冷や汗がだらだらと流れてきたのが分かる。
「おねえちゃん、ふるえてるよ? もうすぐなつなのに、さむいの?」
うん、アンナ。お姉ちゃんある意味とっても寒いのです。季節とか関係無いのです。
「陛下からは『説明を求める』って言われてるから、覚悟してねぇ?」
「……ど、どうしよう……」
母さんの言葉も、何処か遠くに聞こえる。今私の頭の中には、どうすれば陛下を誤魔化せるか、それだけしかなかった。でも全く良い案が思いつかない。
……私の聖女生活は、まだまだ前途多難のようだった。
◆ひとこと
ヴィニエーラはロシア語で金星です。
ルシファーは「明けの明星」と呼ばれているのでこの名前にしました。
(「宵の方もあるよね?」というツッコミは無しで)
ちなみにアナスタシアもこの国の出身です。
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ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
まだリーファちゃんの物語は続きます!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!