第四七話「彼方は神の御許へ送られる」
シャムシエルとサマエルさんに、先程私が馬から転げ落ちた場所へと向かってもらい、私はそこで下ろしてもらった。
「……ごめんなさい、後で必ず弔います。あの時助けて頂き、ありがとうございました」
事切れている騎兵さんと馬を弔ってあげたいけれど、今すべきことはそれじゃない。
私はほど近くに居る『獣』を見る。未だ燃え盛る炎に、彼は躰を横たえ、息も絶え絶えとなっていた。
「……『獣』、か……。そうか、コイツは『獣』なんだ。理性の無い生き物で――」
瀕死の『獣』は、私の声が聴こえたのかその七つの顔に憤怒を浮かべて起き上がり、足を引き摺りながらも最後の力を振り絞り、近づいてきた。
でも、もう怖くは無い。目の前に居るのは善悪の区別も付かない、憐れな仔羊だと気付いたからだ。
「わたくしが憎いですか。ですが、貴方だって多くの者たちを食らい、憎しみを生んできたのです。今更そのような顔をされても、困ります」
私は聖女モードでそう『獣』へ語り掛けると、落ちていた長杖を拾い上げ、燃え盛る彼から身を護るべく次の術式の構築を始めた。
「主よ、罪深き者に永久の戒めを与え給え、〈天使の鎖〉!」
第二の奇跡の術式が展開され、私の左手から眩い光の鎖が迸る。罪の重さに比例して太くなる鎖はみるみるうちに『獣』の躰へと巻き付き、身動きが取れなくなった彼は苦悶の叫びを上げた。
「……貴方は魔王と呼ばれてこそいましたが、理性を持たぬ獣に過ぎませんでした。貴方に殺された多くの命があります。ですが、貴方はただ生きていただけで、罪の意識など無かったのでしょう」
一つ、大きく息を吐く。
「ですが、わたくしが貴方を赦す訳には参りません。其れはわたくしの役目ではない。だから――神の御許へ送ります」
そして、藻掻く『獣』に向かい、最後の奇跡を放つために術式を構築する。
「主よ、永遠の安らぎを彼らに与え、絶えざる光で照らし給え、――〈安息を〉」
丁寧に構築した奇跡の術式が展開され、天よりの光が『獣』を包んだ。
私を目指そうと『獣』は足掻くも、鎖は解けない。悔しそうに咆哮を上げるだけだった。
徐々に七つの頭が微睡みに落ちていく。一分も経たぬうちに、すべての頭が眠りについてしまった。
「……何故、貴方のような存在が生まれたのかは、わたくしには分かりません」
私の声が聴こえているかは分からない。けれど、私は彼に語り掛け続ける。
「わたくしも貴方を苦しめるような資格など無い。貴方は、ただ生きていただけなのですから」
『獣』の姿が薄れていく。神の御許へと送られてゆくのだ。
獣であった彼の罪が許されるのか、私には分からない。でも――
「せめて今ひと時だけ、貴方に安らぎがあらんことを願います」
私がそう呟いた時には、完全に『獣』の姿も、光の柱も消え去っていた。
これで、すべて終わったんだ。長きに亘り暴虐の魔王として封印されていた『獣』は、この世界から消滅したんだ。
彼に殺された全ての者も、神の御許へ送られていると信じたい。
「……はぁ、本当に、やり遂げた、よ……」
終わったと思ったら、身体のあちこちが痛くなり、思わずへたり込んだ。そう言えば私、鎖骨も骨折してたんだっけ。忘れてたよ。
「……終わったな。よくやった、リーファ」
「うん、ありがとう、シャムシエル」
左足を骨折しているからか、低空飛行でやってきたシャムシエルが背中を叩いた。左の鎖骨や打撲しているあちこちに響いて痛い。でも、文句を言うつもりは無かった。
彼女には勘違いで聖女にされてしまったけど、結果としてこの国を救える力となれてよかった。
まぁ、私が元の身体に戻る手段については、のんびりこの天使と探していくこととしよう。
「ホントにあんな化け物倒しちゃったんだねぇ、リーファちゃん」
「いえ、倒したんじゃないです。神の御許へと送ってあげたんですよ」
「その考えがもはや聖女だなー……」
え、そうですか?
まぁ、しばらくは聖女としてやっていくのもいいのかも知れない。正式に王国の聖女と認定されてしまうだろうしね。
サマエルさんにもお世話になった。自由人なお方だけど、やる時には必ずやってくれるし、迷った時に道を示してくれる、頼れるお姉さんだ。
今回は他にもお世話になった方々が大勢居る。たとえこの身が聖女であろうが、聖女でなかろうが、その人たちに恥じぬよう生きてゆかねば。
さて、騒がしい毎日が待っている筈だ。亡くなられた方々を弔うにしても、一先ず王都に戻るとしますか。
「……ん? リーファちゃん……?」
「え、どうしました、サマエルさん?」
「身体、光ってない?」
え。
慌てて自分の掌を見てみる。ホントだ、ぼうっと光ってる。これって……?
「これは……一部、聖霊化しているのかも知れんな」
「も、もう!? 早くない!?」
「あれだけ強力な奇跡を何度も使ったのだ、その代償はあるだろう」
ちょ、ちょっと! 聖女としてやっていこうと思った途端にコレだよ! まだ人間辞めるには早すぎるってば!
「わ、私はまだ、人間で居たいんだよぉぉぉぉぉ!」
私の嘆きは、風の中へと溶けて行ったのだった。
◆ひとこと
黙示録の獣は天使に鎖で縛りつけられ、1000年もの間幽閉されるというお話があります。
「天使の鎖」はそれがモデルです。
--
これで物語はいったん終了。
次話は本章のエピローグになります!
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!