第四四話「絶望が足音と共にやって来る」
鬱陶しそうにサマエルさんの矢を払いながら、『獣』が彼女へ飛び掛かろうと姿勢を低くしている。
「サマエル様に近づくな! 貴様の相手はこちらだ!」
シャムシエルが上空から急降下して頭の一つを斬り裂く。手には母さんが渡した魔剣が握られていた。いざという時が来てしまったか。
だけど、彼女たちが注意を引いてくれている今が好機だ。『獣』まではまだまだ距離がある。身体は痛いけれども、なんとかして近づき、「神の炎」の射程範囲に納めなければいけない。
サマエルさんに狙いをつけていた『獣』はシャムシエルを見据えようと首をもたげる。が、視界に収まるよりも速い動きで彼女は『獣』の身体を斬り刻んでいく。こんな状況でなければ見惚れるような、見事な剣技だった。
「ほれほれー、こっちも忘れるなよー?」
サマエルさんがそう煽りながら、見事な弓捌きで『獣』の頭へ矢を射かけていく。矢も何処から取り出しているのか、謎だ。
私は落ちていた長杖を拾い、『獣』へと近づく。足もひどく捻挫しているので辛いけれど、急がなければシャムシエルたちも危ない。
そして五分ほど歩いただろうか。ようやっと「神の炎」を繰り出せる位置まで辿り着いた。
――ここからは、私の出番だ。好き勝手している『獣』を葬り去ってやらなければ。
「主よ、冒涜せし――」
術式を組み上げ始めた瞬間。
金切り声とも言えるような雄叫びを、『獣』はその七つの首から上げた。耳をつんざくその音に、思わず術式の構築を中断して耳を塞いでしまう。
「ぐっ……、一体、何が……?」
『獣』を仰ぎ見る。奴の姿には特段変化は無い。
だけど、気付いてしまった。
「シャムシエル、サマエルさん……?」
二人の姿が無くなっている。つい先程まで『獣』を攻撃していたというのに。
いつの間にか西班も壊滅しており、東班と同じく血の海が広がっている。
つまり、この戦場で残されている者は――
「あ……」
七つの首がこちらを向く。
そして、ゆっくりと重厚な足音を響かせながら、こちらへと近づいてくる。
私の視界に、巨大な体躯。そして私を射抜く一四の豹の瞳。
「あ……あぁ……」
がちがちと自分の歯が躍っているのが分かる。
私の目の前には、『獣』の七つの頭があり、絶望で頭の中が白く染まってしまったのだった。
◆ひとこと
気が付けば一人。リーファちゃん絶体絶命です。