第四三話「如何な奇跡であろうとも魂は呼び戻せないから」
しばらくクライマックスまでシリアス展開が続きます。
どうぞお付き合いくださいますようお願いいたします。
最早追い込む手が使えなくなり、北の陣地は意味を成さなくなったため、私たち北班はすぐに南進を始めた。私が『獣』と接触出来なければ意味が無いのだ。
「………………」
私は騎兵のお兄さんの背中をしっかり抱きしめながら、馬で『獣』の下へと向かっている。上空のシャムシエルとサマエルさんも皆より先に南進中だ。
やはり、北へ追い込む手は悪手だったか。いや、アバドン以外の力も得ていた『獣』が予想よりも早く目覚めたからということもあるのかも知れない。それが無ければ、先制攻撃である程度のダメージを与えられていたかも知れない。ダメージこそ与えられれば、脅威と感じ北へ逃げ出したかも知れない。
……かも知れない、を考えても意味が無いんだよね。今の状況は実際に起きてしまったことだ。これからどう動くかが大事になってくるんだ。
「見えました、『獣』です!」
騎兵のお兄さんが声を上げ、そちらに視線を向ける。『獣』は西班を蹂躙中のようだ。東班は――
「……うっ……」
壊滅状態とは聞いていたが、遠目で見てもそれはあまりにも凄惨な光景だった。血の海、と言うのが実に正しい表現だろうか。まだ距離はあるというのに、ここまで血の臭いが漂ってきている。
どの程度近づけばいいだろうか? あの化け物はどれだけ近づくと攻撃される? そもそも気取られぬよう近づけるのだろうか?
「やれやれまったく、こういう荒事はおねーさん好きじゃないんだけどなー」
戦場には似つかわしくない怠そうな声に空を仰ぐと、一二枚の黒い翼を広げたサマエルさんが、もの凄い速度で『獣』へと向かっていく姿が見えた。
そしてそのまま『獣』を跳び越すと、南側の沼地の上で反転し、弓を構える。
「ほらほら、アタシの本気を見せてやる!」
爆音と共に矢が発射されたと思ったら、『獣』の一番右の首が仰け反った。……と、爆音はまるで何かの音楽のように次々と鳴らされ、首も右端から順番に続けて仰け反っていく。……もしかして、全部当ててるのか。流石としか言い様が無い。
傷を負った『獣』はサマエルさんを脅威と捉えたのか、南側の方を向いた。これはチャンスだ。私が背後から――
「おっ、おいっ! そっちじゃない!」
私を背中に乗せた騎兵のお兄さんが、慌てたように手綱を右へ動かしている。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、聖女様。馬が言うことを聞かず、真っ直ぐ進もうとしないのです」
「ああ……」
そりゃね、馬も怖いんでしょう。無理も無いですよ。仕方ない、ここで降りて向かおうか。
と思った矢先だった。
「わっ!? えっ……?」
突然突き飛ばされ、私の身体は宙に浮いていた。
誰に? いや、一人しか居ない。騎兵のお兄さんだ。
訳も分からないままに左肩から着地する感覚。そして草の上をゴロゴロと転がり、止まる。
「ぐっ……、いっ、たたたた…………」
どうやらまだ私は生きているらしい。ただ、左の鎖骨が折れているような感覚がある。骨折したためか、気持ちが悪い。
それにしても、なんで突き飛ばされた?
そうだ、騎兵のお兄さんと、馬はどうなって――
「…………え?」
見回した私の視界に、遥か東の草むらに横たわっている馬の姿があった。あれは、どう見ても死んでいる。一体何があった?
考えていたのは一瞬だったが、もう一度周りを見回したところで答えは出た。
『獣』の七つの頭が、馬の方向を見ながら唸っている。
「……そうか、『獣』が馬の接近に気付いて……」
きっと『獣』の肢が振るわれ、騎兵のお兄さんは馬ごと吹き飛ばされたのだろう。攻撃範囲へ入る直前に、咄嗟に私を馬から突き飛ばして助けてくれたのだ。
背後の脅威を感じなくなったのか『獣』が再びサマエルさんの方を向いたので、痛む身体を引き摺りながら騎兵のお兄さんの姿を探す。
果たして、馬の近くに彼の姿を見つけることは出来た。でも――
「……そんな…………」
彼は、馬の近くで変わり果てた姿となっていた。
天に召された命は、奇跡でも地上へ戻すことは出来ない。
私は色々な感情が混ぜこぜになり、涙を流していた。
◆ひとこと
たとえリーファちゃんの奇跡でも神の御許へ送られてしまった人の命は救うことが出来ません。
リーファちゃんは神の力を借りている存在なので、当然神より立ち位置が低いのです。
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!