第四二話「得てして決戦と共に悪報はやって来るもの」
私、シャムシエル、サマエルさん、師匠、サタナキアさんの五人は、輸送用の馬車に揺られながら目的地へと向かっていた。アンナはお城のメイドさんに預かって貰ったものの、旅立つ前にぎゃんぎゃん泣かれてしまった。「おねえちゃんきらい」って言われてしまい、立ち直るのに時間がかかったよ……。
「目的地へは一日半だから、あともう少しってトコ?」
「はい、あと二時間といったところでしょうか。配置が完了しましたら、魔術で連絡を取り合い攻撃開始となります」
「りょーかい。やー、流石にあんな怪物は相手にしたことないから、アタシも震えてきたわー」
……いつものノリで兵士さんと話している姿を見る限り、全然そんな風に見えないんですけど。
でもこの間励ましてくれた時のことを考えると、いつもあんな調子で本心を隠しているのかも知れない、この優しい悪魔のお姉さんは。
「サタナキアの話によれば、妨害魔術は使ってこないのよね。思う存分大魔術が撃てるわねぇ」
「はい、お姉さま。とは言え、メインはリーファちゃんですので、わたくしたちは予備戦力ですけれども」
……相変わらずサタナキアさんは母さんのことを「お姉さま」と呼んでいる。一〇〇人の天使を堕天させるような悪魔をどうやって手懐けたんだろう、母さんは……。
「と言いますか、お母様が大魔術を使っているところを見たことがありませんが……?」
「これでも故郷では随一の大魔術使いって言われていたのよ? リーファちゃんの前では使う機会が無かっただけ」
そうだったの? てっきり剣を使った近接攻撃ばかりが得意だと思っていたら、そうじゃなかったんだ。私はまだ魔術師見習いを卒業したばかりだから大魔術には縁が無いし、教わる機会もそりゃ無かったか。
「私は上空から様子をお伝えすれば宜しいのですよね?」
「ええ、その通信用魔道具があれば陣地で待機している兵士さんとお話出来るからねぇ。高価なものだから落とさないでね?」
「気を付けます……」
シャムシエルは貴重な空の戦力ということで、上空から俯瞰した様子を伝えてくれるらしい。『獣』の東西に陣取っている戦力についても把握出来るので有難い。
サマエルさんも飛べるけど、こちらは伝達役ではなく空から弓での攻撃をメインとする予定だ。実際に彼女の弓の威力を目の当たりにしているため、正直、「神の炎」を除けば全戦力の中で最も高い攻撃力ではないだろうかとも思う。
「ああ、あとこれも、シャムシエルちゃん。いざと言う時には使って頂戴。いざと言う時が無ければいいけどねぇ」
母さんは自分の荷物から、布にくるまれた長い物体をシャムシエルに手渡した。あれは、もしかして……。
「これは……? 開けてみても?」
「どうぞ~」
シャムシエルが布を丁寧に外していくと、装飾が施された一振りの長剣が現れた。やっぱり、あれは母さんの魔剣の一振りだ。名前は確か――
「それはね、私の魔剣よ。名前は〈隠された剣〉。魔力を与えれば自動で戦ってもくれる便利な剣よ。シャムシエルちゃんの剣は一二〇〇年前の量産品のようだし、あげるわ。これからはそれを使って頂戴」
「そ、そんな!? こんな貴重なものを頂く訳には参りません!」
「いいのよ~、どうせ家に帰ったら他の魔剣もあるからねぇ。それに、命に係わる状況で出し惜しみはいけないわ」
母さんが〈魔剣のアナスタシア〉と呼ばれる所以である。相手に応じて魔剣を使い分ける、剣術にも長けた魔女ということからそう呼ばれている。
「……有難く、頂戴いたします」
「はいはい~。今回はそれが使われないことを祈っているわ~」
シャムシエルは鞘に収まったそれを腰の剣と入れ替えた。元の剣は大昔のものだもんね、そりゃ現代の武器かそれ以上のものに替えた方がいいだろう。
やがて馬車は陣地へと到着する。小高い丘になっており見晴らしが良く、奇跡を使う私にとっても有難い。
「では、行ってくる。リーファ、あまり気負い過ぎんようにな」
「はい、ありがとうございます、シャムシエル」
早速、シャムシエルが状況を確認するため飛び立って行った。私たちも配置に就くために準備をする。
長杖を両手に深呼吸する。大役だけど、大丈夫。私なら出来る。
やがてサマエルさんも飛び立ち、私と母さん、サタナキアさん、兵士の方々も準備が整い、戦場は攻撃開始の合図を待つだけとなった。
「……ん?」
何やら陣地の方が慌ただしい。……伝令の方がテントから出てきた。何かあったんだろうか。
「上空の天使シャムシエル様より連絡です! 予定より早く対象が活動を開始! 東班は既に壊滅状態、西班が応戦中とのことです!」
それはあまりにも、悪い報せだった。
◆ひとこと
クォデネンツはロシア地方に伝わる魔剣です。
勝手に動いて斬り刻んでくれるのですが、果たして剣技に優れたシャムシエルが使う必要があるのでしょうか。
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