第四〇話「こんな時に何やってんだろう私」
王都はまるで戦時のように慌ただしく動いている。『獣』に対抗するための兵器や魔術師を移動させているのだ。大量の大砲が馬によって引かれていく音が町中に鳴り響いている。
それに相手は『獣』だけではない。混乱に乗じて侵略を考える可能性のある諸国のために各地へ兵を移動させている。同盟国にもそういった国へ睨みを利かせて貰えるように、魔術を使い緊急の文書を送っているらしい。
そしてそんな中、私は何をしているかというと――
「はい、あーん」
「……あ、あーん」
サタナキアさんの手にしたフォークが、私の口の中へ運ばれ、仕方なく雛鳥のように口を開けて待つ。ジューシーなお肉だけど、正直こんな状況なので味が分からない。
「ふふ、美味しいですか?」
「は、はい。でも、わたくしに食べさせるだけではなくて、サタナキアさんも召し上がったら如何でしょうか?」
「ん、では、食べさせてくださいまし?」
「…………はい」
私は皿のお肉をフォークで突き刺し、サタナキアさんの口元へ運ぶ。うぅ、なんでこんなことになっているんだろう。他のお客さんの視線が痛いよう。誰か助けて。
「うふふ、わたくし、このように可愛い女の子とお互いに食べさせ合う事が大好きなのです。封印を解いた方が貴女のような可憐な乙女で良かったですわ」
「そうなのですね、まぁ、封印を解いたのはわたくしではございませんが……」
きちんと訂正しておく。でもたぶん、サタナキアさんにとってはどうでもいいことなんだろうなぁ。起きた目の前に私が居たことが重要なんだろう。擦り込みみたいに。
「封印される前はわたくし、女性の、女性による、女性のための国を造ろうと尽力しておりましたの。でも、頭の固い天使たちに阻止され、『貴様は危険だー』なんて言われ問答無用で封印されてしまったのですわ。非道いと思いませんこと?」
「そ、そうなのですか、確かにそれは非道いと思います」
こういう女性の愚痴には解決方法などを呈示せず、無難に共感の答えを返しておきなさい、というのは淑女の特訓の時に学んだ。リーフェンシュタール邸でのお茶会でも通用したテクニックなのである。
「ええ、ええ、そうなのです! ちょっと一〇〇人ほど女性の天使を堕天させただけですのに、大人気も無くわたくしを封印するために御前の天使まで出てきたのですから!」
いや、そりゃ間違いなくアンタが悪いわ! 一〇〇人単位で引き抜きしたんかい!
本音を飲み込みながら、平静を装いつつ無難な言葉を返していく。うぅ、早く終わんないかなこのめんどくさいデート……。
そんな感じで、私はサタナキアさんとの約束通り、一日彼女にお付き合いしているのである。今日は日が昇る前から一緒なので、もう息切れしてきた。っていうかこの悪魔、今朝起きた時に隣ですよすよ寝ているのに気付き思わず悲鳴を上げてしまったよ。今泊まっているのはお城の中だったし、普通に警備中の兵士さんが部屋に飛び込んでくる騒ぎになってしまった。兵士さんゴメンナサイ。
その後は『獣』との決戦の準備があるというのに引きずり出され、色々お店などに連れ回された。そしてとっぷり日が暮れるまで付き合わされ、今の夕食に至るというわけである。
「……そう言えばですが、サタナキアさんにお伺いしたいことがあるのです」
「あら、なんですの?」
テーブルに身を乗り出すサタナキアさん。母さんよりも破壊力のある兵器を胸に保有している上に露出が高い服装のため店内の男性の視線が集中しているけど、彼女は意に介していないようだ。
「サマエルさんも同じ封印に利用されていたというのに、何故サタナキアさんは『獣』のことをよくご存知なのですか?」
「……なぁんだ、わたくしの趣味嗜好などを聞いてくださると思っていたのですけれど」
……うん、それはもうよく分かったので、いいです。
「まぁ、よろしいですわ、お答えいたします。恐らくサマちゃんは五名のうち早くに封印され、『獣』が君臨していた時代をほとんど知らないのですわ。わたくしはあの『獣』が少なくとも三年以上存在していたことを知っております」
「……あ、同時ではなかったのですね」
「それはそうですわ、サマちゃんもわたくしもそれなりに強い力を持った悪魔でおりますもの。相手が御前の天使とは言え片手間に封印されるような存在では御座いません」
サマエルさんも強力な弓の力を持ってるもんね。それに、彼女の持っている弓は〈魔弾の射手〉という魔弓だ。狙った対象に対して魔術を行使することで、七射目はどんな防御も意味を成さない魔弾と化す。彼女と勝負した時にシャムシエルを襲ったのがそれだ。私の奇跡で防御出来たけど、普通だったら七射目を撃たれた瞬間に死を覚悟しなければならない。
そして、目の前のお姉さんもたぶん、そんなサマエルさんと肩を並べるような力を持っているんだよね……。そう考えると怖い。どんな力を持っているのやら。
「……あら、わたくしが怖いのかしら?」
「う……」
顔に出ていたらしい。サタナキアお姉さまはニコニコ笑っていらっしゃるけど、心の内では何を思っておられるのだろう。
でも、サタナキアお姉さまが気になって仕方ないのはその通りだ。お姉さまの唇に触れたいとか、お姉さまに滅茶苦茶にされたいとか。
お姉さまを思うと、切なくなる。
ああ、お姉さまのことを思うと呼吸が荒くなる。
「はぁ、はぁ……」
「うふふ、そろそろかしらね。それでは、部屋へ参りましょうか。このお店は上が宿になっているそうですのよ」
お姉さまの声も、何処か遠くに聞こえる。ああ、もっとその蜜のような甘い声を聴かせて欲しいのに。身体が言うことを聞かない。
「はいはい、そこまでですよ~」
「きゃっ! 何をなさいますの!?」
「……え?」
誰か邪魔者の声が聴こえたかと思ったら、お姉さま……いや、お姉さまって誰だ。サタナキアさんが魔力の縄で縛られている。その縄の元へ視線を向けると、ニコニコ笑いながらも青筋を立てている母さんと、いつも通りジト目のカナフェル大司教猊下が居た。
「あ、あれ? お母様に、猊下……?」
「カナちゃん、ありがとうね~。このお姉さんの能力を教えておいてくれて助かったわ~」
「いえ、礼には及びません、ナーシャ。このお方はかつての時代もたいそうな問題児だったそうですので、絶対に何かしてくるだろうと思っておりましたし」
え、え、一体何が起きてるんだろう。状況が理解出来ない。
「リーファちゃん、危なかったわね~。危うくサタナキアさんに食べられちゃうところだったわよ~」
「たっ、食べられ!?」
「いえ、食事的な意味じゃないです。性的な意味です」
大司教猊下が訂正してくれた。いやそれでも大問題だよ!
「この悪魔は『女性を意のままに操る』という能力を有しています。リーファさんもお気をつけください」
「そういうの早く教えといてくださいよ……」
「だって約束は約束じゃないですか」
いやまぁそうなんですけど……っていうか、女性を意のままに、って私にも効いちゃうんですか。複雑な気分だ。
「ちょっと! わたくしがその仔猫ちゃんと甘い時間を過ごすのを邪魔なさる気ですの!?」
「はいはい、サタナキアさんは上で私と大事なお話がありますからね~。リーファちゃん、デートは終わりで構わないわよ~」
「ちょ、そんな、勝手に!」
文句を言うサタナキアさんを、母さんがずるずると引き摺って行った。何が何やら分からない。……あ、いつの間にか大司教猊下も居なくなってる。早いな。
翌日の朝食時、猫のように「お姉さまぁ」と母さんへじゃれついているサタナキアさんの姿があった。
昨晩何があったのかは、怖くて聞けていない。
◆ひとこと
本当に何やってんでしょうね(笑)
サタナキアという悪魔はカナフェルの言う通り女性を意のままに操る能力を持っています。
アナスタシアはどうやって彼女を手懐けたんでしょうね?
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!